第21話 主人公のお前と脇役な俺

 長生 内斗の所為でバイト中の空気は最悪だった。もう一度言う。長生 内斗の所為で!

 ホントあいつは何なんだ。他の人間には気を遣うことが出来るのに、俺に対しては全くそれが出来ていない。あれか? 俺が普通じゃないからか?

 確かに俺はある部分で他の人たちとは違うだろう。だが普通という言葉は、ほとんどの人間の平均値でしかないのだ。しかもこの普通という言葉は使う人間の立場によって意味が変わる。例えば教師が生徒に説く普通は、社会での常識。例えば親が子に願う普通は、手間を掛けさせないでくれという自己中心的な考え。こんな風に普通という言葉はすごく曖昧な言葉なのだ。

 だから俺もその曖昧な普通に入っていてもおかしくない。きっと俺と長生 内斗の相性が良くないだけだ。


「松瀬川君」


 長生 内斗の声で、俺の思考は現実に引き戻される。


「なんだ?」

「もうすぐ交代の時間だけど、二人がどこに居るか知らないかい?」

「ん? 宿毛と亀水か? 確かに言われてみれば姿が見えないな」


 店内を見渡しても二人の姿は見えない。心配になった俺は一度、手を止めて店先に出て二人を探した。すると少し離れた場所で件の二人を見つけた。しかしその二人の傍に見知らぬ男たちが立っている。二人の表情と男たちの動きから察するに、どうやらナンパに遭っているみたいだった。

 困った……。俺が行っても上手く助けれる自身が無い。かと言ってこのまま放っておくのも危険だ。

 どうしようかと悩んでいた矢先、店から長生 内斗が顔を出す。


「どう。二人は見つかったかい?」

「ああ。だかすぐそこでナンパに遭ってる」

「え? ホントだ……」


 ナンパに困っている当の本人たちが、店先で佇んでいる俺たちに気が付いて助けて欲しいと目で訴える。


「助けに行かないのかい?」

「お前が行ってくれ。俺が行くより上手く助けれるし、二人も喜ぶだろ」

「何を言ってるんだ。君が行きなよ」

「嫌だね。あんなチャラい奴らに絡むのは御免だ」


 そう言って俺は店内に戻る。


「君という奴は……」


 長生 内斗がぶつぶつと何かを言うが、知った事じゃない。聞こえないふりをして仕事を再開した。

 主人公が女の子をナンパから救う。ラノベではよくある展開だ。だからこれで亀水 咫夜と長生 内斗の仲は深まるだろう。ナンパ族もたまには良い仕事するもんだ。

 長生 内斗が二人を助けに行って少し、不機嫌な顔をした宿毛と亀水が帰って来た。ナンパに遭って嫌な気分になったのだろう。女の人は大変だ。

 そう彼女たちに同情をしていた俺だったが、亀水による横腹への打撃で同情は間違いだったと気付く。


「痛い……。なんだよ」

「何で助けに来てくれなかったの?」

「それはあいつが適任だったからだ。あの長生 内斗に助けて貰ったんだ。嬉しいだろ? 良かったじゃねぇか」

「馬鹿……」

「え? あ! おい!」


 亀水は顔を伏せてどこかへ行ってしまった。

 一連の流れを見ていた宿毛は、これまた不機嫌な顔で俺に彼女を連れ戻してくるよう言う。


「なんで俺なんだよ」

「当たり前でしょ? あなたが余計な事を言ったからよ」

「いや、でも結果あれはあれで助かったんだから良いじゃねぇか」

「私一人じゃ手が足りないの。彼女が戻ってこないと困るのは私なの。グズグズ言わずに責任を取りなさい!」


 怒気を孕んだ宿毛の言葉に気圧された俺は、渋々ながら亀水を追いかけることにした。

 人混みで亀水の姿は見えなかったが、意外に速く見つけられた。場所は店から遠い、小さな川の河口のすぐ傍に亀水は立っていた。ここは人が全く来ない場所。だから人混みを抜ければ一目で気が付いた。

 川の対岸で背を向ける亀水にぎこちなく話しかける。


「その……。悪かったよ」


 こういうとき、なんて言葉を掛ければ良いんだろう……。今まで関係を元に戻す為に謝罪する事なんてほとんど無かった。そこまで距離が縮まった人間が居なかったから。


「安全を取って、気付いてた俺も一緒に行くべきだった」

「……それだけ?」


 だから俺は今まで以上に慎重に言葉を選んだ。彼女を連れ戻す使命の為、彼女との関係を終わらせない為、そして何より俺への戒めの為に、慎重に彼女に近づく。


「昨日の水着の事もすまん。恥ずかしくてあの場では言えなかったんだ……」

「……なんて?」

「似合ってるって……」


 亀水は口元を抑えた。

 キモいよな……。俺にこんな事を言われると、気持ち悪くて吐き気がするよな。でももう少し我慢してくれ。俺は伝えなくちゃいけないんだ。今の俺には敵意も悪意も無いって事を。じゃないと俺はきっと許して貰えない。


「気持ち悪いよな……。でも聞いてくれ。あれは俺の性格が捻くれてるから出るんだ。発作みたいなものなんだ。だから決してお前の事が嫌いな訳じゃ無い」

「嫌いじゃないなら……何?」


 難しい。超一流大学の生徒なら、この難問に完璧な答えを出せるのか?

 俺は頭の中で頭を抱えた。

 亀水との関係を一度、整理しよう。彼女は俺と同じ委員会のメンバーで必要な仲間だ。それと同時に委員会に助けを求めている相談者でもある。過去に彼女とは大きないざこざがあったが、今のところ表立って敵意を向けられてはいない。悪くない関係ではある。

 そうだ! 悪くないんだ!


「悪くは無いなぁ……と思って……ます」

「はぁ……。悪くないって何よ……」


 亀水は振り向く。ため息をついていた彼女だが、振り向いたその表情には怒りの感情は無かった。寧ろどこか嬉しそうに感じられた。


「あたしのこと嫌いじゃないんだよね?」

「ああ」


 そう返してやると、足元の小さな川を軽やかに飛び越して俺の目の前までやって来る。


「あたしから行くのは今回だけだよ?」

「ああ。助かる」

「ホントに意味、分かって言ってる?」

「ああ。謝るのが下手な俺に譲歩してくれたんだろ?」

「それは……そうだけど……。鈍感……」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもなーい」


 先を往く彼女は笑顔で、それは俺には眩しすぎた。

 何はともあれ、亀水はすっかり機嫌が直ったようだし、彼女との関係を上手く修復できて良かった。



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