第20話 主人公のお前と脇役な俺

 バイト二日目。俺は朝から嫌な気分に陥っていた。


「松瀬川君は兄弟とか居るのかい?」


 理由はこいつ、長生 内斗が今日のシフトの相方だからだ。こいつは鬱陶しいことに、暇さえあれば俺に質問を投げかけてくる。やれ好きな食べ物はだの、やれ好みの芸能人は誰だだの。そんなことをずっと聞いてくる。


「うるせぇなぁ。口より手を動かせ手を!」

「やってるよ」


 知ってるわ! 俺よりも良く働いてるの知ってるわ! 俺が言いたいのはそう言う事じゃねぇ!


「で、どうなの?」

「うぜぇなぁ! 居るよ。妹が一人」

「やっと答えてくれた」

「そんなにしつこく来られたら耐えれんわ」

「妹さんはどんな子なんだい?」

「お前なんかに教えてやるか。妹に毒だわ」

「酷いなぁ。じゃあ名前だけでも教えてくれないかい?」

「なんでだよ」

「だって君の下の名前、ちょっと珍しいだろ? だから気になってさ」

「お前が言うか?」


 嫌でぇーす。お前なんかに妹の名前を教えたくないでぇーす。

 心の中で精一杯の抵抗をしている俺に、長生 内斗はしっかりと俺の顔を見据えて返事を待っている。

 分かったよ! 教えてやるよ! だからそんなに見つめて来るな! 気持ち悪い。


「薫」


 渋々教えてやったが、まあ……こいつは不気味な程に良い奴だから、俺の妹に変な事はしないだろうから大丈夫だろう。だが注意すべきは妹の方だ。長生 内斗という外も内もイケメンなこいつに、妹の純情がなびく可能性が高い。

 嫌だぞ? 数年後に妹が俺に、私の彼氏を紹介するね、とか言って連れて来たのがこいつとか。許さんぞ? お兄ちゃんはお前たちの恋愛を許さんからな?

 妹への愛が溢れ出している俺に、想定外にも返事が返って来た。それは長生 内斗とは俺を挟んで反対側、客が居るであろう場所から聞こえて来た。


「はい。兄者の愛する妹ですよ?」

「え?」


 聞き馴染みのある声に反応して咄嗟に振り向くと、俺の妹である松瀬川 薫が何食わぬ顔で立っていた。


「何故ここに!?」

「フッフッフ。兄者が海の家にバイトしに行くと聞いて―――」

「労いに来てくれたのか? お兄ちゃん嬉しいぞ」

「違う」


 妹の慈悲の無い早急な返答に心が抉られる。

 そうか……。違うのか……。


「冷やかしに来た」

「最悪じゃねぇか。冷やかしなら帰れよ」

「嘘だよ。友達と遊びに来たら、たまたま兄者が働いてたから顔を出しに来ただけだよ」

「そうか」

「君が松瀬川君の妹さん?」


 俺が妹と普段通りの会話を楽しんでいると、横から長生 内斗が首を突っ込んで来やがった。

 来んな。俺の大切な妹に、その汚らわしい笑顔を向けるな。


「はい。松瀬川 重信の妹の松瀬川 薫です」

「僕の名前は長生 内斗。よろしくね、薫ちゃん」


 おい、てめぇ。俺の妹に気安く話しかけるんじゃあねぇ。あと下の名前で呼ぶな。ちゃん付けをするな。握手を求めるな!


「あ、どうも。いつも兄がお世話になってます。兄者、かき氷二つくれる?」

「あいよ」

「あ、あれ?」


 握手を求めて手を差し出した長生 内斗だったが、薫は何故かその手を無視してかき氷を買って去って行った。


「僕、妹さんに何かしたかな?」

「さあな」


 恐らく薫はこいつのことが直感的に嫌いと判断したのだろう。良い奴だと感じるのと同時に気持ち悪さも感じたらしい。

 流石は俺の妹だ。俺が心配する必要は無かったみたいだ。良かった良かった……。


「仲良いんだね」

「まあ、妹とは仲良いよ」

「そうなんだ。羨ましい……」


 長生 内斗はそう言ってしんみりとした表情を見せる。

 そう言えば、こいつの親は再婚したんだっけ? こいつがこんな表情を見せるとは……。やはり再婚して出来た片親と上手くいっていないのだろうか。

 いやいやいや、何心配してやってるんだ。確かにこいつは良い奴かもしれないが、同情心で好きになる訳が無い。そもそも本当に上手くいっていないとは限らないだろ。そういう風な考えに至らせるために、敢えて表情を作っているだけかもしれない。ああそうだ。そうに違いない!


「妹は貸さねぇぞ?」

「いやいや、人の家族に手を出したりはしないよ。そんなことしたら君が僕を追放するだろ?」

「何それ。いじりで言ってるのか?」

「気を悪くさせたらごめんよ。僕と話しているとき、全然笑ってくれないから、こう言えば笑ってくれるかなって思って言ったんだ」

「ハハ……。俺のことを良く分かってるじゃないか。褒めて遣わす」

「どうも」


 こいつが俺の過去をいじるとは意外だった。常人にとっては不謹慎でクソみたいないじりだが、俺にとっては寧ろ好印象だ。他人の悪しき過去を笑える、とても人間らしいではないか。

 初めての人間同士が会話をするとき、手っ取り早く仲を深めるには誰かの悪口を言うのが良いらしい。それは何度も言うが人間とは群れで生きるもので、その群れの秩序を保つには共通の目標が必要になるからだ。群れとその中での共通の目標という構図を作ってやれば、自ずと初対面でも話しやすくなる。人間とはそういうものだ。

 こいつも聖人、超人では無く、一人の人間だと親近感が湧く。まあ、だからと言ってこいつを好きになることは絶対に無いんですけどね!


「でも……君がわざと悪者になる必要は無いよ。君が無理することは無いんだ」

「前言撤回だ。お前はやっぱり分かってない。お前の目には、俺が自己犠牲の塊のようなスーパーヒーローに見えているかもしれないが、それは違う。俺は他人を助けたいから悪役をしてるんじゃない。ただの自己紹介だ」

「自分が嫌いだから……自分が悪だからそうしていると。そういうことか……?」

「そうだ。だからお前のそれは見当違いだ」

「すまない。僕がもっと上手くやれていれば、君が君をここまで追い込む事は無かったろう」

「勝手にありもしない責任を背負うな。お前は何もしていない。出来なかったんだ。だから被害妄想はやめろ。鬱陶しい」

「すまない……」


 何故、海まで来てこんな事をこいつと話さなくちゃいけないんだ。今日は嫌な一日だなぁ……。



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