第36話 スローモーション
和彦は賢者の杖を投げ捨てた。
何をするつもりだ?
しかし、和彦はもうMPも残りわずかだろうし、いかなる魔法道具を使っても肉弾戦で俺に勝てるわけはない。
司教が、鬼の子孫である俺に、勝てるわけがないのだ。
俺はずんずんと和彦に近寄っていく。
攻撃力2280。
はっきりいって武器などなにもいらない。
俺はこぶしを振り上げた。
「なにかいうことがあるか、和彦?」
「あるさ。俺たち、ダンジョンでたくさんの魔法道具を手に入れたな?」
最後の会話か、つきあってやってもいい。
「ああ、そうだな」
「いらないものは売って、必要なものは身に着けた。だけどな、俺が装備している武器は、ダンジョン内で手に入れたものだけでは、ないんだぜ?」
「あ? なにをいって――」
パン! と大きな音が響いた。
言いかけた俺の腹に、どでかい穴が開いた。
「は?」
俺は自分の腹を見た。
胴体の半分以上がなくなっていた。
内臓が吹き飛び、骨が見える。
この状態で自分が立っていられているのが不思議なくらいだ。
俺が鬼の子孫でなかったら完全な即死だっただろう。
「な、なんだこれ……」
おいおい、これはやられる悪役のムーブじゃねえか、おい、どうなってる?
「ははは、俺の実家はな、お前も知っている通り、反社会的な組織のトップをやっていて――こういうものも、手に入るんだよ」
和彦はどでかい拳銃を手に持っていた。
「デザートイーグルだ。ダンジョン内の魔物相手に銃器があまり効果ないのは、初期の自衛隊による探索で皆が知っている通りだが――だがな、こうして人間相手に使う分には、殺傷能力が高いからな。パーティメンバーの裏切りに備えて――または俺自身が裏切るときのために――隠し持ってたのさ」
デザートイーグルってあれか、ヒグマを殺せるとかいう、規格外のバカでかい拳銃か、それを俺に向けて撃ったのか。
「対人用としてはオーバースペックだが、かっこいいからな、これにしたんだ。ふん、これで即死しないってことは、慎太郎、お前、完全な人間じゃないな。は、肉片を持って帰って調査してもらうさ、それでお前が魔物の一族だと証明できれば、俺の冤罪も晴れる」
そして和彦は銃口を魔法の効力でいまだ昏睡している桜子に向けた。
「待て、桜子は……」
「殺せるうちに殺しとかないとな」
そういって、和彦は躊躇なく引き金を引いた。
バァンッ! と激しい音が響く。
「よせっ!」
俺は桜子をかばうために手を出す。
弾丸は俺の腕に直撃した。
そのおかげで弾丸は桜子に当たらなかったが、俺の右手は肘から下が木っ端みじんになった。
すげえな、デザートイーグル。
いやあ、すげえよ和彦。
こんなもんをダンジョン内に持ち込んでいるとは。
「右手を失ったな。つぎは左手でかばうか、ふふふ」
そして二発目を桜子に向かって撃った。
「やめっ……」
反応が遅れた。
というか、腹に穴が開き、右手を失った俺に、どんな反応がとれるというのか。
すべてがスローモーションに見えた。
銃から薬莢が排莢される。。
ライフリングによって回転する弾丸が桜子に向かっていく。
あと数十センチで弾丸が桜子の顔面に届く。
マグナム弾は簡単に桜子の頭部を貫くだろう。
貫くどころじゃない、桜子は首から上がはじけ飛ぶようにして死ぬだろう。
心が冷えた。
どうしようない――。
あと五十センチ……。
三十センチ……。
凶弾が俺の幼馴染の頭を吹き飛ばす、その直前。
「
空気の刃が、横から弾丸に直撃した。
44口径の弾丸はそれだけでは破壊されず、しかし確実に弾道をそらされて、桜子の顔のわずか数センチ横の床にぶち当たった。
鉛の塊は跳弾して壁に当たり、そこにめり込んだ。砕けた床の破片が桜子の頬を傷つける。
「……和彦君。いっておくけど、君を一番憎んでいるのは、……私だからね」
長いスカートの、学校の制服姿の少女。
ほのかさんが、和彦を睨みつけていた。
「危なかった。ぎりぎり覚醒できて助かった……ね、慎太郎君」
そして、俺に向けて回復魔法を打つ。
「愛よ、わが全身に満ちる愛よ、巡れ、巡れ、巡ってわが宝物の生命をつなぎ留め
よ……
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