第31話 フェイント【※※※和彦視点】

「くそ、もう一回行くぞ、春樹!」


 和彦が怒りの表情で賢者の杖をふるう。


「もう一回? これ以上は……無駄じゃないか……?」

「誰の魔力でゾンビを呼び出してるか知らんが、無限ってことはないだろう、いくぞ! 見ろ、あいつを!」


 向こうで女の胸を揉みまくっている慎太郎。

 バカにするにもほどがあるだろう。

 絶対に殺す。


「わかった、でも考えがある」


 春樹は、和彦の耳元でなにかをささやいた。

 そして二人で頷きあう。


「暗黒の翼よ、空を裂け! 次元の彼方で源と源を戦わせよ、その火花をこちらへ呼びよせよ! さあ火花よ、我が意のままに舞い踊れ! すべてを爆発の向こう側へと!」

「神よ! 聖なる言葉を我に教えたまえ! その言霊は悪なる存在を貫き通す! 神聖なる言葉よ、わが敵の魂に響け!」


 そして、二人、目を合わせ、最後の一言を口にしようとした瞬間。

 またも天井からドサァッと落ちてくるゾンビ。

 だが、二人は口をつぐむ。

 詠唱を途中でやめ、ぐっとこらえると、体内から放出されようとしていた魔力が逆流してきた。


「おえええええっ」


 脳みそが揺さぶられる感覚、思わず嘔吐してしまう。

 だが、その直後また詠唱を始める。


「闇の力よ、消え失せよ。悪夢の力を解き放て。聖なる神よ、我が声に応えたまえ、――解呪!!」


 攻撃魔法を使うフリをしてそれを無理やり中断し、すぐに解呪に移行したのである。

 つまり、フェイントをかけたのだ。

 魔力の逆流で体にそれ相応のダメージはくるが、死ぬほどではない。

 目の前のゾンビ二千体が、土に還って山となる。

 さっきと同じだが、だがしかし、ここはさっきとは違い、通路ではない。

 象のゾンビが自由に動き回れるほどの広さを持つ、ラスボスの玄室だ。

 大きな土の山ができたが、目の前すべてをふさぐほどではない。

 二千体のゾンビ。

 解呪は97%の確率でアンデッドを土に還す。

 二人で同時に解呪を行えば、二千体いるとしても、期待値としては残るゾンビは一体だけだろう。

 まあ実際は二体残ってしまった。が、確率とはそんなもんだ。ゾンビ二体程度なら春樹のメイス攻撃で十分倒せる。

 その春樹は早速メイスをふるってゾンビに殴りかかっていく。

 春樹はなんということもなく一体のゾンビを打ち倒すと、もう一体の方へと向かう。

 和彦はそれを横目で見ながら、攻撃呪文の詠唱を始めた。

 このタイミングならもうゾンビの群れを落として邪魔はできまい、今度こそ死ね、慎太郎!


「暗黒の翼よ、空を裂け! 次元の彼方で源と源を戦わせよ、――ああっ!?」


 詠唱途中、いきなり春樹の身体が吹っ飛んできて和彦に激突した。

 二人でぶざまに床に叩きつけられる。


「ざけんな、なんだこれ!?」


 なにが起こった!?

 なんとかふらふらとたちあがったところに。

 ゾンビは腰を落とした状態でさらにこちらへと前進してきて――数秒の間に、強烈な掌底――いや、張り手を百連発、二人に叩きこんだ。


「へへー、それ、ゾンビじゃないよ、フレッシュゴーレム! 似てるから油断したでしょー? フレッシュゴーレムは解呪無効だからね! あん、ちょっと慎太郎、じょうずぅ……」


 慎太郎に胸を揉まれたまま、桜子がプレステのコントローラーを持っていた。


「油断しているところだったら、アケコンいらないね」


 慎太郎がため息交じりに和彦にいった。


「お前らのパーティには物理攻撃に強い固いタンク役、いないの? いたらこんなに苦戦しないですんだのにな。……あ、追放しちゃったんだっけ? ははは、それは残念だったな。……うっわ、桜子、お前のここ、すっげえ固くなってるな」

「……慎太郎、固くなってるってそれ、固くなってるのは私だけじゃないでしょ、えへへ……」

「ばれたか。あ、和彦、お前らはもう終わりだ、固いタンク役もなしでMPもそんなに使っちゃって、どうやって勝つつもりだ?」


 フレッシュゴーレムは自らはなった百連発張り手の衝撃で全身が崩壊し、地べたに這っている。

 和彦はその頭部をかかとで踏み潰し、歯噛みして慎太郎をにらみつけた。

 くっそがあ! 

 ぜっっっったいに殺す!




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