弱虫な僕とサイキョー爺ちゃんの異世界冒険記

久我拓人

弱虫な僕とサイキョー爺ちゃんの異世界冒険記

 僕は断崖絶壁にいた!

 巨大な岩の上に立つ僕は、足元から見下ろす。きらきらと輝くおだやかな流れの川の中に、子ども達が泳いでいた。

「次はタイガくんの番だよ」

 そう言われても、僕は返事もできずに後ろへと下がってしまう。

「飛ばないの? 五年生なのに勇気ないんだ」

 あはは、と笑われて。

 僕より年下の女の子が、岩の上からジャンプした。真夏の真っ青な空に、一瞬だけ女の子の長い髪がなびくように見えたあと、一瞬で僕の視界から消えていった。

「あっ」

 大丈夫かな、と僕は岩にしがみ付くようにして川を覗き込むと――女の子が水面に顔を出して楽しそうに息を吐き出した。

「タイガくんもおいでよ~」

 先に飛び込んだ子ども達が僕を誘う。それに応えることができなくて、僕は岩の上で膝を抱えた。

 怖い。

 勇気が出ない。

 爺ちゃんの住む田舎に遊びに来て、仲良くなったみんな。今日は川遊びをするからと連れてこられたんだけど、みんなが飛び込む岩の上は想像以上に高くて……僕は動けなくなってしまった。

「タイガくん、あっちから降りられるよ。先に泳いで行ってるね」

 勇気が出なくて飛び込めなかった僕をみんなは笑わなかった。

 それは、優しいんだけど。

 でも。

 なんだかちょっと、悔しかった。

「――タイ」

 後ろから呼ばれて膝から顔をあげる。

 そこには、僕の爺ちゃんがいた。山で仕事してたみたいで、鉈を持ってる。ご近所さんからは『サイキョーさん』と呼ばれてる僕の爺ちゃんは……ちょっと強面で厳しい岩みたいな顔をしている。

「爺ちゃん。僕の名前はタイガだよ。タイだと魚みたいだからイヤだ」

「何を言っとる。鯛も立派な魚だ。それに、水の中に飛び込めないのでは鯛ですら無いな」

「うっ……」

 勇気が出なくて飛び込めなかったところを見られてた!

「ひどいよ爺ちゃ――うわぁ!?」

 立ち上がった途端、岩がグラグラと揺れた。

 地震!?

 倒れそうになって思わずしゃがむ。川に落ちないように岩を掴もうかと思ったけど、その岩がパックリと真っ二つに割れた。

「え?」

 岩の中は真っ暗な空間が広がっていて、僕はそこへ落ちていく。

「タイ!」

 そんな僕を爺ちゃんが慌てて追いかけて、飛び込んできた。真っ暗な空間で、爺ちゃんが僕に追いつくとぎゅっと抱きしめてくれる。

 どこまでも落ちていく気がして、とても怖くて僕はギュッと目を閉じた。

 怖い。

 怖い怖い怖い!

 このまま地面に落ちて爺ちゃんといっしょに死んじゃうんじゃないか。そう思って涙が出てきたけど、目を開ける勇気なんて僕には無かった。

 だから――いつの間にか落下してなくて、体が地面に触れていても、僕はしばらく爺ちゃんにしがみついたままだった。

「タイ。大丈夫か」

 そう声をかけられて、僕はようやく目を開ける。

「え?」

 そこは――今までいた岩の上とはぜんぜん違う……巨大なお城の中だった。


 ~☆~


「良く来てくれた、勇者よ」

 そう言ったのは王様みたいな格好をした、なんだか丸い顔の優しそうな人だった。

 人?

 人じゃないかも。だって背中に羽があるし……身長も僕の半分しかない。

「私は妖精王。そなたに頼みがある。って、その後ろにいる怖い顔の人は何者じゃ?」

「え? ……僕のお爺ちゃんだけど」

「勇者の祖父殿であったか。びっくりした……」

 爺ちゃんは周囲を見渡している。僕もつられてお城の中を見渡すと、ドラゴンが口を開けて牙を見せているような旗が飾ってあるのが目についた。

 なんだかホワホワした優しい雰囲気なのに、あの旗だけが妙に目立つ気がする。

 龍が牙で噛みつくようなデザインだった。

「勇者よ、頼みがある!」

「へ?」

 王様はそう言って、僕に語り始めた。

「ここは妖精国。妖精たちがしあわせに暮らす国。しかし、最近になって玩具王と名乗る者が妖精国に攻めてきた。妖精はこのとおり非力で、自分たちでは戦えない。そこで、昔からの言い伝えで勇者召喚を行い、我が国を助けてもらうことにした。勇者よ、どうか妖精国を救って欲しい」

 丸い顔の王様は僕の顔をジッと見つめてくる。

「うぅ……」

 僕にはそんなの無理だ。

 できっこない。

 そう言いたかったけど……頼られている真剣な瞳を前にして、僕は断ることができなかった。

「わ、分かりました」

 断る勇気。

 僕には、それすら無かったんだ。

「はぁ……孫が心配だからな。ワシも付いていく」

 そんな僕の心を読んだみたいに、爺ちゃんは呆れつつ付いてきてくれることになった。

「では勇者よ、これを持って玩具王を倒しておくれ」

 王様から渡されたのは魔法の弓。

 勇者だけが扱えると言われている、勇者の弓だった。


 ~☆~


 王様から受け取った弓と、勇者の服。爺ちゃんも戦士の服をもらって着替える。

「馬子にも衣装だな、タイ」

「孫にも衣装?」

「カカカッ」

 良く分からないけど爺ちゃんが楽しそうだったので別にいいや。サイキョーさんって呼ばれてるし、クマを倒したこともあるって噂されてる僕の爺ちゃん。戦士の服が似合ってるし、受け取った武器である剣が爺ちゃんをとびっきりカッコ良く見せてくれた。

「爺ちゃんカッコいい!」

「ありがとよ」

 グシグシと頭を撫でられて、ちょっぴり恥ずかしかったけど嬉しかった。

 まるでゲームの中の主人公になった気分。背負った勇者の弓がなんだか温かくて、自信が出てきた気がする。

 お城から出ると、妖精の女の子が待っていた。絵本に出てきた妖精そのままで空に浮かんでいる。

「初めまして勇者くん。あたしはニコ・ミィ。勇者くんを案内します」

「あ、ハイッ。よろしくおねがいします、ニコさん」

「かたいなぁ~、勇者くん。あたしのことはニコって呼んでよ」

「あ、はは。うん、よろしくニコ」

「よろしくな煮込み」

「ちょっとちょっとお爺ちゃん。あたしは煮込みじゃなくてニコ・ミィ。食べ物じゃな~い」

 お爺ちゃんは手をヒラヒラとさせてニコの言葉をさえぎった。

 僕の名前もそうだけど、爺ちゃんってなかなか名前を呼んでくれないんだよね。

「勇者くん。まずはゼーロットの街に行こ。そこには玩具王が砦を作っちゃって、みんなが困ってる。そこから反撃しよう」

「わ、わかった」

 やっぱり断ることができず、僕はニコの言うとおりにうなずいた。爺ちゃんがジロリと見下ろしてくるけど、その視線さえも避けてしまう。

「……怖かったら無理はするな、タイ。爺ちゃんの後ろに隠れとけ」

「う、うん」

 僕たちは城下街の妖精たちに見送られて街の外へ出た。

 妖精国の世界は、ちょっと不思議で。なんだか現実じゃなくて夢の世界みたいなふわふわした丸っこい感じ。なんだか絵本の中にでも入った気分だった。

 温かい空気に柔らかい地面。夏の空みたいに青くて高い空を見上げながら歩いていると、何かがやってくるのが見えた。

「玩具兵だわ!」

 ニコが叫ぶように言って僕の後ろに隠れる。

 玩具兵。

 その言葉通り、オモチャのような姿をした兵隊だった。怪獣の人形やロボット、女の子の人形やプラモデルの姿をしていて、剣や槍といった武器を持って、こちらに向かってきている。

「わ、わわ」

 オモチャなだけにそこまで大きくない。ニコと同じくらいだ。でも、武器を持って襲ってくるという姿は恐ろしくて、僕は体が硬直したように止まってしまう。

「勇者くん、弓を使って!」

「あっ、そ、そうか。近づいてくる前に倒しちゃえば……!」

 僕は背中から弓を取り、王様から教えられた通りに弦を引く。

 勇者の弓には三種類の魔法の矢があり、玩具王を倒すためには『炎の矢』が必要らしい。

 頭の中に燃え上がる炎を思い描いて、僕は弦を大きく引いた。

 でも――

「あ、あれ?」

 現れた魔法の矢に炎は灯っていない。ただの棒でしかなく、放ったところで玩具兵に届きもしなかった。

「ど、どうして――」

「下がってろ、タイ」

 炎の矢が使えなくて混乱する僕の肩をポンと叩いて、爺ちゃんが前へ出る。ニコが危ないと叫ぶ前に、爺ちゃんは迫る玩具兵を剣で薙ぎ払った。

「え、えぇ!?」

 一撃で三体の玩具兵がバラバラになる。爺ちゃんが剣を振るたびに、まるで爆発したみたいに玩具兵がバラバラになって、弾け飛んだ!

「つ、強ぉ~い!」

 ニコがきらきらと目を輝かせて叫んだ。僕も同じ気分だった。サイキョーって呼ばれてる爺ちゃんだけど、それって実は『斎京』という苗字なだけで。斎京さんって呼ばれてるのを子ども達がサイキョーって言ってるだけと思ってたんだけど……

「ホントにサイキョーだったんだ」

 爺ちゃんは次々に玩具兵を倒していく。

 なんだ、勇者は僕じゃなくて爺ちゃんのことだったんじゃないか。なんて、思った矢先に爺ちゃんの剣が止まった。

「はぁ、はぁ、ふぅ~……やはり年には勝てんか」

 体力切れだ!

「ど、どうしよう勇者くん! お爺ちゃんがやられちゃう!」

「そんなこと言われたって……!」

 炎の矢は使えない。

 で、でも魔法の矢は三本あって――炎じゃなくて、風の矢なら!

「爺ちゃん、助けるから!」

 弓の弦を引いて、僕は敵を吹き飛ばす豪風をイメージした。すると、引かれた弦の先に風をまとった矢が現れる!

「飛んでけぇ!」

 爺ちゃんに迫る玩具兵に向かって風の矢を放つ。

 それは、風をまとって真っ直ぐに飛んでいき、まるで竜巻のように玩具兵を巻き込んで吹き飛ばしていった。

「うわぁ! 大丈夫、爺ちゃん!?」

 想像以上に強かった威力に、僕はびっくりしてしまう。

 爺ちゃんを巻き込んでしまったのかと思ったけど、風の影響をひとつも受けないで、爺ちゃんは無事だった。

「ハハ、助かったぞタイ」

 肩に剣を担いで、爺ちゃんは僕の頭をグシグシと強く撫でた。

「ワシには優しい風だった。タイの優しさが、風の矢を強くしたんだろうな」

 勇気は無いけど、優しさならある。

 立派じゃないか。

 そう言って爺ちゃんは褒めてくれた。

「良かったね、勇者くん!」

「う、うん!」

 僕は嬉しくなって、ちょっとだけ自信が付いた気がした。


 ~☆~


 優しい力はある。

 でも、玩具王を倒す炎の矢は使えない。

 不安を残しつつも、僕たちはゼーロットの街に到着した。

 街の雰囲気は薄暗くて、妖精たちの姿は見当たらない。みんな家の中に隠れてしまっているようで、なんだかちょっと不気味だった。

「玩具兵が来るよ。隠れて」

 ニコが慌てて僕を引っ張る。爺ちゃんといっしょに家の陰に隠れると、ガッシャガッシャとオモチャのロボットが隊列を組んで歩いて行った。ヒーロー物の、僕の良く知ってるロボットもその中にいて……正義のヒーローがこんなことをするなんて、と思ってしまう。

「あれが砦か」

 僕とニコが玩具兵の行く先を見てると爺ちゃんは目的である砦を発見した。お城とは違うけど、ブロックを積み上げたようなカラフルな建物が壁のように建っている。僕たちは見つからないように砦へと移動した。

「ふむ。正面から突破は難しそうだな」

 爺ちゃんが厄介そうに口を歪めた。ちょっぴり怖い顔だけど、でもそれが頼もしくも思える。

「どこか別の入口は無いの?」

 大きな砦なんだから、他にも入口はありそう。戦国時代からあるお城だって、お堀の周囲にはいくつか入口があった。

「上手くそっちから侵入して、ボスを倒せばいいと思う」

「よし。ではその役目をタイに任せた」

「えぇ!?」

「ワシは正面で陽動する。手薄になったところをタイ、おまえが仕留めろ」

「そんな! 危ないよ爺ちゃん」

「なぁに、この程度ならば体力は尽きんわい。畑仕事のほうがよっぽど腰が痛いぞ」

 カカカカ、と爺ちゃんは豪快に笑う。

 ぐるん、と剣を廻して肩にかついだ。かっこいい。

「タイを頼むぞ、筑前煮」

「……え、それもしかしてあたしのこと!? ニコ・ミィだってば! ちゃんとニコって呼んでよね!」

 ぷりぷりと怒るニコをなだめつつ、僕たちは爺ちゃんと別れて別の入口を探した。砦は道をふさぐように建っていて、大きな壁で向こう側には行けなくなってる。右側は大きな山になっていて崖になってた。反対側は川になってる。

「ニコ、僕を持って空を飛べない?」

「途中で落っことしてもいいのなら、飛べるわ」

「や、やめとく」

 そうなると崖を降りるのは無理だから、川を渡るしかない。川の流れはそこまで激しくないけど、監視されてるだろうし、泳いでいたら普通にバレちゃいそう。

「そうだ!」

 僕は勇者の弓を取り出し、弦を引っ張った。

「どうするの、勇者くん?」

「風の矢で空気の膜を作ればいいんだ。川の底を歩いて移動しよう。ニコは僕につかまって」

「分かった!」

 ニコを守るという思いをイメージして、弦を強く引っ張ると魔法の矢が僕たちの体を包むように風の膜を作ってくれた。

 そのまま川の中に飛び込むと、思ったとおり水の中でも息ができる!

 僕とニコは見つからないようにゆっくりと川の底を移動していき、砦の反対側に出た。そのまま川から上がると、木に隠れながら空に向かって風の矢を放つ。

 爺ちゃんへの合図だ。

 それから少しして、玩具兵たちの慌ただしく動いていった。

 爺ちゃんの陽動が始まったんだ!

 僕とニコはそのまま砦の裏から中へ入る。

 爺ちゃんの作戦通り、中はほとんど玩具兵がいなくなっていた。中に残っている玩具兵に見つからないように砦を移動し、最上階の大きな部屋に到着する。

 部屋の入口からそっと中を覗くと……そこにはヒーローとブタが混ざったような姿の大きな兵士が椅子に座っていた。

「老人ひとりに何をやっているんだ、おまえたちは! さっさと片付けろ!」

 ブゥブゥと鼻を鳴らしながら、なにやら空中に浮かぶ映像に命令をしている。その映像の中には爺ちゃんが戦っていて、剣を振っては少し逃げたり、上手く時間を稼いだりしながら戦っている様子が見えた。

「今だよ、勇者くん」

 耳元でこっそりニコが言ってくる。

「え、攻撃していいの?」

「チャンスちゃんす。部下にばっかり任せて自分は何にもしていないブタなんて、いきなり攻撃しちゃえばいいのよ! それに今なら水の矢が使えるかも」

「水の矢……」

 魔法の矢は三本あって、火と風と水。火は使えないけど、水の矢はまだ試していないので僕は勇者の弓を使って弦を引っ張った。

 出現する矢に水のイメージを伝える。それは、どこかス~っと頭の中に染み込んでくるみたいで、なんだか頭がスッキリする感じがした。

 今なら分かる。

 水の矢は『賢さの矢』だ。

 真正面から戦うことだけが、戦いじゃない。

 被害を抑えて、最大限の効果を発揮させるのは卑怯とかズルじゃない。

 賢いってことだ!

「いっけええ!」

「なっ!? ぶひいいいいいいいい!?」

 ブタ隊長が僕に気付いた時には、すでに水の矢が迫るとき。渦巻く水流に流されるかのように、ブタ隊長はオモチャの体をバラバラにしながら流されていった。

「ブヒイイィィィ……ありがとう~……」

 なぜか、そんな声が聞こえた気がする。

 玩具兵は、倒されて喜んでるってこと?

「やったね勇者くん! すご~い!」

 僕の顔にニコが飛び込んでくる。

 女の子に抱き付かれるなんて初めてで、僕は体の大きさなんて関係ないくらいに、ちょっと恥ずかしくなってしまった。


 ~☆~


 玩具王の手先から街を解放した僕と爺ちゃん、そしてニコは妖精たちにお礼のパーティを開いてもらって、美味しい物をたくさん食べた。

「あたしまでいいのかなぁ~」

「芋煮も頑張ったじゃねーか」

「ニコ・ミィだってば!」

 爺ちゃんとニコが仲良く話してるのを笑いながら聞いてると、妖精のお爺ちゃんが話しかけてきた。

「ありがとうございます、勇者さま」

 お爺ちゃん妖精が言うには、この砦の先には玩具王が支配するお城があるらしい。妖精国第二の城と言われてたんだけど、今では玩具王の支配する地になっていて、妖精たちが逃げることもできずにいるらしい。

「分かりました。僕と爺ちゃんが何とかします」

 炎の矢はまだ使えないけど。

 でも、風の矢と水の矢は使えるし爺ちゃんが付いててくれる。僕ひとりでは無理だけど、爺ちゃんとニコがいたら、なんとかなる!

「他人頼りだな、タイ」

「うっ……ダメだった、爺ちゃん?」

「いいや。ワシは頼もしく思うぞ」

 そう言って、わしゃわしゃと頭を撫でてもらえて、僕は嬉しかった。

 次の日。

 ゼーロットの街の妖精たちに見送られて僕たちは玩具王の城へ向かって旅立った。途中で玩具兵が襲ってきたりしたけど、へっちゃらだ。爺ちゃんの剣と魔法の矢があれば恐れることなく玩具兵を倒すことができた。

「勇者くん強くなってるね、すごいすごい!」

「えへへ。爺ちゃんとニコのおかげだよ。僕ひとりじゃ何にもできなかったもん」

 そんなことないよ、とニコは言ってくれるけど。

 でも、やっぱり自信はまだまだ付かなかった。

「う~ん。どうしたら勇者くんが自信を付けてくれるかなぁ~」

「それは分かんないけど……でも、僕は勇者って呼ばれるよりタイガって呼ばれるほうがいいよ」

「じゃぁこれからタイガくんって呼ぶね」

「ありがと、ニコ」

 爺ちゃんにはまだ呼んでもらえないけど。

 ニコには普通に呼んでもらえたのが少し嬉しかった。タイガは、大きな牙と書く。爺ちゃんから一文字もらった、僕の名前。

 でも、爺ちゃんは自分のくれた一文字をまだ呼んでくれない。

 まだまだ僕は認めてもらってないってことだ。

「見えたぞ、タイ。煮付け」

「ニツケって何? ニコ・ミィだってば、お爺ちゃん」

「あれが玩具王の城……」

 空は雲が覆い尽くしていて、薄暗い。今まで空気は春の陽気みたいに温かったけど、まるで冬の寒い日みたいに冷たく痛かった。

 砦のあった街と同じように妖精たちはみんな家の中に閉じこもっていて、その姿が見えない。

 廃墟になってしまったような雰囲気があって、今にも朽ち果てそうな気がした。

「行くぞ、タイ。これで終わりにして、さっさと帰ろう」

「う、うん」

 痛いほど静まり返った城下街へ。

 僕たちは足を踏み入れた。


 ~☆~


 城下街は、お城を中心にしてウズを巻くようにして作られていた。ガシャガシャと音を立てながら警備している玩具ロボット兵に見つからないように移動し、僕たちはお城の入口に到着する。

「もっと厳重な警備かと思ったけど……」

「そんなこと無かったね」

 お城の入口は開いてて、誰もいなかった。

「ふむ。罠か」

 爺ちゃんはそう言いながら口の端を釣り上げる。なんだかやる気まんまんで楽しそう。

「どうする、タイ。真正面から切り込むか、それとも敵の裏を掻くか。ワシはお前の考えに従うぞ」

「そ、そんなこと急に言われても」

 僕は爺ちゃんの豪快で敵知らずの表情を見て、ニコを見た。ニコも同じような表情を浮かべている。

 つまり、罠だと分かっていても怖くない。そう思ってるってことだ。

 僕には使えない炎の矢。

 勇者が使えるはずなのに、僕に使えないのは勇気が無いから。

 だったら――!

「ま、真正面から戦うよ」

 勇気を出して、僕はそう答えた。

「良く言った。それでこそワシの孫だ」

「頑張ろうねタイガくん!」

 うん、とうなずいて僕たちはお城の中へと入る。

 でもそれはやっぱり罠で。

「タイ!」

「爺ちゃん!?」

 突然天井から落ちてきた壁によって。

 僕と爺ちゃんは、離れ離れになってしまったんだ。

 きっと玩具王は知っていた。

 僕は、ひとりじゃなんにもできない『意気地なし』ってことを。


 ~☆~


 爺ちゃんと離れ離れになって、僕は玩具兵から逃げていた。

「タイガくん、こっち!」

「う、うん……!」

 ニコのおかげで、なんとか体は動くけど。さっきから胸の中がまるで凍ってしまったように冷たい。運動会で走る前とか、大事なテストの前とか、そんなのとは比べ物にならないくらいに冷たくなってる。

 それは手も足も同じで、走っているのにフワフワしていて、勇者の弓を持つ手にもぜんぜん力が入らなかった。

「が、がんばらなきゃ」

 そう思って矢をかまえるけど――炎の矢どころか風の矢も水の矢も使えない。手の中に現れるのは、なんの力も無い棒だけで、そこに魔法の力は何も宿らなかった。

「逃げてタイガくん!」

 ニコに引っ張られて、玩具兵の振り下ろす剣を避けた。

 ギリギリ当たらなかった。

 もしも剣に当たっていたら――

「う、うわああああ!」

 怖い。

 怖い怖い怖い!

 僕はニコを追い越すように夢我夢中でお城の中を走った。玩具兵から逃げるように廊下を走り、いくつもの部屋を抜けて、どこをどう走ったのかも分からないまま逃げ回った。

 マラソン大会でもこんなに速く走れなかったのに。心臓が張り裂けそうなほど、痛いほどに動いていて。

 もうこれ以上は動けそうにないってほどに疲れたまま、僕は部屋の片隅に隠れた。

 広く大きなサイズのベッドがあって、その物陰に潜むように僕は身を屈めた。ぜぇぜぇ、はぁはぁ、と息を吐き、汗がポタポタと床に落ちるのを見る。

「大丈夫、タイガくん……」

「僕は、僕は――」

 ニコに何かを言おうとするけど、それは言葉にならなかった。

 あきらめてしまいたい。こんな恐ろしい目に合うのなら、勇者になんて成りたくなかった。

 そんな言葉が胸から出てこようとしたけど。

 なぜかは分からないけど、僕はその言葉を飲み込んだ。

 勇者をやめる。

 そんな『責任』のないこと、『無責任』なことを、言えなかった。勇者になることを断れなかった僕が、いまさら勇者であることを放棄するなんて――そんな情けないことを言えるわけがない。

 だってそれは。

 勇気が無く情けない人間じゃなくて。

 上手く言葉にできないけれど、それはきっと――たぶん一番やっちゃいけないことなんだと思う。

 引き受けたことを、途中で放り投げるのはダメだ。それをやるには、誰かに理解してもらわないといけない。僕では無理だった、ということをちゃんと言わないといけない。

「ぐぅ」

 爺ちゃんなら。

 爺ちゃんならきっと――

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 その時、声が聞こえてきた。

 まるでドラゴンが吼えたみたいな大きな声。ビリビリと空気が震えて、お城全体が揺れてしまうかのような、物凄い声。

 僕は顔をあげる。

 この声を知っている。

 僕は知っている。

 この力強い咆哮は――

「爺ちゃん」

 僕の爺ちゃんの声なのだから。


 ~☆~


 ビリビリと空気を震わせる声。

 その声は僕の爺ちゃんの声で、その力強い雄叫びは爺ちゃんが戦っていることを思わせた。

「近い……」

「タイガくん!」

 ニコが呼び止めるのも聞かずに僕はベッドの影から飛び出し、部屋から廊下へと出た。途端に聞こえてくるガチンガチンという音。まるで金属同士をぶつけるような音は、きっと爺ちゃんが剣を振っている音だ。

「た、助けないと」

 今まで、爺ちゃんの剣が受け止められたことなんて無かった。一振りすれば、玩具兵が弾けるようにバラバラになり、二振りすれば、その威力に玩具兵の足が止まる。

 そう。

 まるでドラゴンのように、爺ちゃんの攻撃は無敵だった。

 でも、そんな爺ちゃんの攻撃が受け止められている。爺ちゃんひとりでは、きっと勝てない相手……!

「玩具王がいる」

 僕は自然と早足になって、その凄まじい音が聞こえる場所へと移動した。近づくにつれて、まるで雷が落ちたかのような衝撃音に身がすくんでしまう。

「ひぃ!」

 僕だけでなく、ニコもおっかなびっくりと僕の背中に隠れた。

 怖い。

 恐ろしい。

 逃げたい。

 帰りたい。

「でも――!」

 爺ちゃんをひとり残して、帰れない。逃げられない。

 そんなことをしたら。

 もう二度と、爺ちゃんに会えなくなりそうで……いや、もう二度と爺ちゃんに会えなくなっちゃう。

「そんなのイヤだ!」

 だから僕は、凄まじい音に体を震わせながら、勇者の弓を手に持ち、その部屋へと辿り着いた。

 大きな部屋だった。

 黄金に輝く壁と、大きな玉座。豪華な宝石がちりばめられたその椅子を前にして、巨大なワニの形をしたオモチャのツギハギだらけの玩具王が巨大な剣を振り下ろす。

「ふん!」

 それを受け止めるように爺ちゃんが剣を振り上げる。

 ぶつかりあった衝撃は部屋の空気をまるごろ吹き飛ばしそうな勢いだった。音も凄いし衝撃も凄い。その恐ろしい迫力に、怖くて目を閉じて、涙を流しながらうずくまりたくなってくる。

 見たくない。

 怖い。

 でも――

 でも、爺ちゃんを助けないと!

 震える足で立ち、震える手で弓をかまえる。力なんてまるで入らない。自分が立っているのも良く分からないし、歯がカチカチと鳴っている。

 僕の姿は情けなくて弱虫で、とてもじゃないけど『勇者』にはみえない。

 それでも。

 僕は爺ちゃんを助けたい一心で、矢をかまえた。

「風の矢でもいい。水の矢でもいい。なんでもいいから、爺ちゃんを助けて!」

 祈るように、僕は弦を引いた。

「ぐわっ!?」

 その時、爺ちゃんの剣が弾かれるように宙を待った。ぐるぐると空中を飛んで、遠くに落ちてしまう。

「くぅ……!」

 爺ちゃんは片膝を付いて玩具王を見上げた。対して玩具王はそのワニのような口を突き出してゲラゲラと笑う。

「残念だったな、リューガよ。全盛期をとっくに過ぎた老いぼれに、この俺は倒せないな。ガハハハハハハハハハ!」

 高笑いするワニの王。その姿はいろいろなオモチャが重なり合ったような姿をしていて、ひとつひとつに恨みがこもっているような姿に思えた。

「ふん。老いを受け入れられんほど、勇気を失くした覚えはないわ」

「つまらん最期の言葉だ。笑ったまま死ね」

「それはどうかな」

 爺ちゃんがニヤリと笑ったのが分かった。そこで初めて玩具王が僕の姿に気付いたらしい。嘲笑と共に僕をあざけった。

「意気地なしの勇者の成り損ないではないか。こんな子どもに何ができる」

「なぁに。誰かを助ける心があれば充分だ。誰かを助けるために知恵を絞れるのなら十二分だ。そのふたつを持って戦場に立てるのであれば、それはもう誰が見ても『勇者』だろう」

 爺ちゃんの言葉が僕の胸を突く。

 優しさと賢さがあればいい。

 そのふたつを持って、戦うことができるのなら。

 その者はすでに『勇者』である――と。

「タイ!」

 爺ちゃんの言葉に僕はうなずき、大きく弦を引いた。風が集まるように吹き、水のようにそれは渦巻く。

 炎の矢。

 勇気を持つ者が使えるという勇者の弓に、炎の光が灯った!

「な、なにぃ!?」

 驚く玩具王が慌てて僕に向かってくるけど――遅い!

「いっけええええええええええ!」

 ありったけの勇気を込めて。

 僕は炎の矢を玩具王へ向かって放った。

 その威力はすさまじく、爺ちゃんと玩具王が打ち合った剣の音なんて比べ物にならない轟音を立てて、炎の矢は玩具王の体を吹き飛ばすように貫いた。

「ぐ、ああ、ああああああ!」

 断末魔をあげるワニの王。その体はバラバラになり、ひとつひとつがオモチャだったのを思わせた。でも、それも光になって消えていく。その様子は、どこか悲壮的なものじゃなくて、なんだか満足して消えていくような感じに見えた。

「……やった」

 玩具王が消えていくのを見届けて、僕は力が抜けるように座り込んだ。

「やったやった! すごいよタイガくん!」

 頭の上でニコが喜んでくれる。わしゃわしゃと髪の毛をつかむので止めてよ、と思ったら爺ちゃんの大きな手だった。

「良くやった、タイ」

「えへへ」

 爺ちゃんに褒められて、嬉しかった。

 でもやっぱり、『タイガ』って呼んでくれないんだなぁ。


 ~☆~


 玩具王を倒した。

 これで何もかもが解決して、妖精国は平和になる。

 そう思ったんだけど――

「え?」

 ガシャガシャと音がして次々に玩具兵たちが武器を持ち玉座に集まってきた。その手には武器があり、襲ってくる雰囲気がある。降参しに来たとは思えなかった。

「爺ちゃん……」

「これは想定外だったな」

 剣を構えながら爺ちゃんは大きく息を吐いた。その間にも僕たちは周囲を取り囲まれていく。

「ど、どど、どうしよう!?」

 ニコが僕の頭にしがみつく。

「タイ。おまえは逃げろ」

「え?」

「おおおおおお!」

 爺ちゃんは入口の扉に集まっている玩具兵を吹き飛ばした。そのついでとばかりに僕とニコを入口に向かって投げ飛ばす。

 空中で、爺ちゃんが笑いながら部屋の中央に戻っていくのが見えた。

「爺ちゃん!」

 ワッと集まってくる玩具兵。

 玩具兵たちは爺ちゃんを最大の敵だと思っているみたいで、爺ちゃんにしか襲い掛からない。

 まるで僕を無視するように、部屋の中へと集まっていく。

「……ニコは逃げて」

「え?」

「僕は――僕は勇者だ。だから、爺ちゃんひとり助けられない勇者になんて、なれるはずがないだろ!」

 勇者の弓をかまえ、弦を引く。

 炎の矢が出現し、僕はそれを放った。

 吹き飛ぶ玩具兵の中、僕は爺ちゃんの元まで走り、その背中にぴったりと自分の背中を合わせた。

「爺ちゃんの背中は僕が守る!」

「タイ……カカカ、それでこそ俺の孫よ! 行くぞ、タイガ!」

「うん!」

 そして僕たちは、迫りくる玩具兵を相手に戦ったのだった――

「……ん? あ、あれ?」

 気が付けば青い空が見えた。

 体に伝わってくるゴツゴツとした岩肌に体を起こすと……そこは川にある大きな岩場。みんなが飛び込み台にしている大岩だった。

「元の世界……?」

 大岩が割れて、その下にあった大穴に僕と爺ちゃんは落ちていった。でも、大岩は元通りになっていて、穴なんて見当たらない。

「……夢、だったのかな」

 勇者と言われて、爺ちゃんとニコといっしょに大冒険をした。

 その全てをハッキリと覚えてる。

 でも、夢だったのか。勇者の服も勇者の弓も、全部なくなっていた。

「おーい、なにやってる。帰るぞ」

「あ、爺ちゃん」

 僕を心配したのか、爺ちゃんが迎えに来たみたい。さっきまでいっしょに戦ってたのに、なんか変な気分。

 それに、せっかく爺ちゃんに名前を――

「忘れ物はないか、『タイガ』」

「……うん。大丈夫だよ、爺ちゃん!」

 僕はうなずく。

 ニヤリと笑った爺ちゃんといっしょに、僕はその隣を歩くために爺ちゃんへ向かって走るのだった。

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弱虫な僕とサイキョー爺ちゃんの異世界冒険記 久我拓人 @kuga_takuto

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