安かろう悪かろう

香坂 壱霧

☂ ☂ ☂

 これは一体──?

 学校へ向かう俺の行く手を阻むかのようにはあった。

 水たまりが、道路の両端に等間隔で露店のように並んでいる。


 水たまりの前には小人がいて、

「この水たまりはかつて聖徳太子がはまった水たまり! 値段は高いがにはまると知力が超人的にあがります! そこのおにーさん、いかがです?」

 と言いながら、小さな算盤をはじいている。


「おいおい、だめだだめだ。いまどき、知力だけじゃあだめだよ。お兄さん、この水たまり、かの有名な徳川家康がはまった水たまりだ。大器晩成将来安泰、どうだね、お兄さん!」


「いやいや大器晩成だなんて長生きできなきゃただの狸だ。お兄さん、この水たまりはかの有名な松尾芭蕉が──」


 小人たちは、水たまりの店主らしい。

 それぞれが歴史に名を馳せる偉人の名前を言い、水たまりにはまったときの素晴らしい特典を売りにして商いをしているようだった。


 はあ。

 水たまりにはまっていいことが起きるはずないだろう。靴の中までびしょ濡れになって不快なだけじゃないか。

 聖徳太子や徳川家康、松尾芭蕉はどうでもいい。

 通学の邪魔すんなよ、小人のくせに。

 遅刻寸前で急いでいるんだ、構っていられない。別の道から行こう。

 そう思いながら、それらから目をそらそうとしたそのとき――

 等間隔に並んでいる水たまりから離れた場所にある、小さめの水たまりが目についた。

 そこには、か弱そうな小人の女の子がいる。そして、うっかり目があってしまう。

「お兄さん、この水たまりはたったの十円。安いでしょう? 誰もはまったことがないんです。ここを通ればお兄さんの行きたいところに行けますよ」


 安さに惹かれたわけではない。

 遅刻したくない、それだけだ。

 俺は小人の女の子に十円を渡す。


 恐る恐るそっと足を踏み入れると、ずぶっと中に吸い込まれて行く。

「ちょっと待てよ。吸い込まれるなんて聞いてないぞ」

 吸い込まれながら、お嬢ちゃんを見ると申し訳なさそうな顔をしている。

「すみません。誰もはまったことがないから、どうなるのかわからないんです。どこに繋がってるかも」


 安かろう悪かろう。

 ――そんな言葉がよぎった。


 俺は底なし沼にはまったかのように、それに吸い込まれていく。

 たどり着いたのは、別の水たまりの群生だった。

 そこにはまた、小人が水たまりで商いをしているようで、声をかけてくる。


「勘弁してくれよ」

 水たまりの群生露店は、梅雨になるとこの地域にあらわれる風景らしい。信じられない話だが……


 俺は、どの水たまりを選べば、無事に学校にたどり着けるのだろう──。

 選ばないという選択肢はなさそうだ。


〈了〉 



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安かろう悪かろう 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu

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