夢のはざまで会いましょう③
──鋭い覚醒だった。
思わず飛び起きるも、あたりはまだ暗い。スマートフォンを手探りで探せば、現在午前一時。さっき寝たばかりでこんなにも濃い夢を見るとは。
背中を突き刺す氷のような感触が生々しく残っている。僕は深夜だろうとホラー映画を見るくらい怖いものに耐性があるはずなのに、情けないな、こんな──柚葉から殺される夢が怖いなんて。
気を落ち着かせようと部屋の電気をつけ、タバコを探すも中身はカラだった。ぐしゃっと握りつぶし、仕方なく財布を取って外の自販機まで向かう。夜闇の中で放つまばゆい光に目がくらみそうになるが、缶コーヒーのブラックを購入し、その場で一口飲んだ。
古い学生寮は二階建てで、真っ白だったはずの壁は黄ばんでいるが、夜の中では目立たない。玄関の真ん前に駐車場と駐輪場があり、自転車が雑多に並んでいる。
夜風に当たり、缶コーヒー片手にぼんやりと静かな夜を見つめた。
真っ黒。山間にある大学に近い学生寮なので、晴れた日にはなだらかな山が拝めるのだが、この夜の中じゃ山と空の境界がわからない。繋がった景色を見ながら、僕は柚葉の顔を思い浮かべた。
水鳥柚葉はもこもこした癖毛の髪型をしていて、プードルを思い起こさせる大学三年生女子。一方、僕もどこにでもいる男子大学生。
彼女とは吹奏楽サークルで出会った。しかし、最近はなんだか足が重くてサークルには顔を出していない。それが柚葉のストレスになっているのはわかるのだが、ここ最近、彼女の風当たりが強くて会うのが億劫だ。
この前も有彩に会っただけで激しく泣かれた。
わたし、やっぱり有彩さんのこと好きになれない。あの人、幸平くんのこと好きじゃん。幸平くんも有彩さんのこと特別に思ってるでしょ? だから他の女のアカウントを消しても有彩さんだけは残してるんでしょ?
有彩のことは柚葉も知っているし、仲良くしている様子だったが、それは柚葉が我慢していただけだった。
有彩を特別視してたかと問われたら、ある意味ではそうなのだろう。
「仕方ないよな……柚葉のためだから」
柚葉は高校時代、彼氏に二股をかけられたショックで恋愛が怖いのだと言っていた。そんな彼女がかわいそうで、僕が守ってやらなきゃと思えた。そうだ、僕が守らないといけないんだから。
飲み干した缶コーヒーをゴミ箱に放り投げ、部屋に戻った。すっかり恐怖心も無くなって電気を消し、布団に潜る。スマートフォンを出してすぐ有彩の連絡先を消しながら再びまどろみの世界へ落ちていく。
翌日、夕方。ようやく就職活動が終わったので、長らく休んでいたバイト先へ向かった。柚葉とはバイトが終わったあとにでも連絡して会おう。
手土産の菓子を持って歩道橋を上がっていくと、前方に見覚えのある背中を見つける。ひょろ長い体躯の男は
「おーい、高部ー」
声をかけると、彼はすぐさま振り返った。呑気そうなタレ目が一気に釣り上がる。
「幸平さん!」
「よぉ、久しぶりー」
「久しぶりーじゃないですよ! 有彩先輩が怒ってましたよ」
「え? あー、まぁ、そうだよな……」
何も言わずに着信拒否したんだし、怒るのも無理はない。バツが悪くなり頬を掻いていると、高部はますます眉をひそめた。
「それって、例の束縛カノジョのせいですか?」
非難めいた声に、僕は少し怯む。
「あぁ。しょうがないだろ……彼女も不安なんだし」
「じゃあ、真っ先に会いに行くべきじゃないですか? それなのにバイト入れてさ。本当は会いたくないんじゃないんですか?」
「……いやぁ、そんなことは」
なぜか素直に「そうじゃない」とは言えない。そんな僕に高部は呆れ顔を見せた。
「とにかく、有彩先輩にはきちんとワケを説明してください。一方的に縁切るなんて酷いです」
「……あぁ」
でも、そんなことをしたらまた柚葉に……殺されるだろ。
なぜか急に頭の中でそんな言葉が浮かび上がった。おかしいな。あれは夢だろ。
考えているうちに、高部が早足で歩道橋を降りていく。その後ろを追いかけようと足を踏み出した。
その瞬間、背後から何かに押された。足を踏み外して体が傾く。その間際、振り返ると柚葉の姿があった。
どうして柚葉がここに……。
そう言おうとしたけれど、不気味な浮遊感に全身が支配され、声にならない。ゴロゴロと階段を落ちていく中、驚いた高部の悲鳴が車の走行音と混ざる。どこかでカラスが鳴く。
「おい、あんた、いい加減にしろよ!」
高部、柚葉にそんなこと言うな。あんまり強く怒るとパニック起こすんだから。
「嫌だ、幸平くんが死んじゃう! やだ、やだやだやだやだやだやだ──!」
やだやだやだやだやだやだやだやだやだ。
何度も響く言葉。それが脳の中へねじ込まれていき、僕の世界は柚葉の声だけになる。その後、額に鈍い衝撃が走り、頭骨が壊れるような音がした。
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