女子大生と脱北のイケメン男

六天舞夜

第一話 出会い①

 1人の女が夜の港で真っ暗な海を眺め呆けていた。


 彼女の名前は金崎華陽かなさき かよ


 東京の外国文化大学に通う華の女子大学生で、夏休みが始まり実家の福井県に帰ってきていた。


 「は〜生きていても良いことないな」


 暗くて誰もいない、ただ波の音がザーザーと繰り返すだけの夜の港。


 こんなネガティブなことを言うにはあまりにもおあつらえ向きであった。


 そして、華陽は今にもこの黒い海の中に飛び込まんとしそうな面持ちをしている。


 なぜなら近頃、華陽の身の回りには度々イヤなことが起きていた。


 華陽の通う大学のサークルで好意を抱いていた先輩が他の女子と付き合い出したこと、推しの韓国アイドルが解散したこと。


 極めつけに下宿先で飼っていた猫が病気で急死してしまったこと。


 「なんでこんなに不幸が畳み掛けてくるのよ」


 ぐずっと零れ落ちる涙をすすりながら独り言を呟く華陽。


 イヤなことを思い出したくないから東京を離れ実家に帰ってきたというのに、イヤな記憶は場所を変えても波のように止まることなく押し寄せてくる。


 どこに逃げても襲ってくるこの気持ちから解放されるには、この黒い海の中に飛び込むしかないのかと華陽の頭にはよぎっていた。


 「飛び込んだら何も考えなくて良いんだろうけど、飛び込む勇気もないし。こんなことで死んだら親に合わせる顔がないわ」


 華陽はふと冷静に立ち返り、自分にそう言い聞かせる。


 「こんな場所にいると余計に気が滅入りそうだし今から友達呼んでカラオケでも行こうかな」


 そして彼女は気持ちを切り替えるために友達とカラオケにいこうと思いついた。


 リラックスのために一度、背伸びをして深呼吸をする華陽。


 ふーっと深く息を吐いて前を向くと海の上の違和感に気がついた。

  

 「なんか暗くて良く見えないけど小船が一隻浮いてる。まさか密猟?」


 先程までは気づかなかったが、華陽は夜の港に一隻の小船が浮かんでいるのが見えた。


 夜釣りをするにも、こんな時間に灯りも点けずにいる舟はあまりにも不自然。


 華陽は舟の正体が気になり、スマホのライトを点けて舟の方をかざして目を凝らして見た。


 「う〜ん、人かしら?釣りらしい何かをしているようにも見えないけど」


 舟の上に人影らしきものは見えた。


 しかし、その人影は釣りをしているようにも見えず動かずにジッとしているだけのように見える。


 華陽は不思議に思い、さらにマジマジと舟の方を照らして見つめ続けた。


 「何をしてるんだろ?」


 全神経を集中して真っ暗な海を見続ける華陽。


 このとき、華陽は全く気づいていないが何やら足音が近づいていた。


 真っ暗な海を見続ける華陽は足音など気にもとめず、自分の背後まで足音が近づいてきたことで漸くようや足音に気がついた。


 「ん、何?」


 何かに気がついて、振り向こうとする華陽。


 しかし、振り向いたころには遅く、その瞬間に事件は起きた。


 「えっ!?」


 振り向きざまで、顔は見えなかったが確かに華陽の背後には人が立っていた。


 そして、その足音の主は華陽を思いっきり突き飛ばし、真っ暗な海へと華陽を突き落とした。


 「ボガッ!!たっ助けて」


 海へと落下し必死にもがく華陽だが、服が重くて思うように動けない。


 パニックになり、ますます身体は沈んでいく。


 もがき続けていくうちに華陽は体力がつきもがく力も段々と弱くなってきた。


 もがく足は動かなくなり、呼吸もままならない。


 そして、遂には手が動かなくなり華陽の顔が水面下へと静かに下がっていった。


 このとき華陽は死を覚悟した。


 親のこと、突き飛ばした犯人のこと、好きだった先輩のこと、猫のこと、アイドルのこと。


 様々な念が脳裏に溢れ出てきた。


 しかし、暫くすると眠りに落ちるときのように脳が考えることを辞め始めた。


 華陽はこれが死ぬ間際なのだと初体験ながらに分かった。


 そして薄れゆく意識の中、何かに身体を掴まれる感覚を覚え、天使が迎えに来たのか悪魔が引きずり込みにきたのかと思ったそのとき。


 華陽の身体はぐいと押し上げられ、顔は水面上に飛び出した。


 「ブハッ!!」


 華陽は水面の上に顔が出た途端に息を大きく吸い込んだ。


 そして、とにかく酸素を取り込むように激しい呼吸を繰り返した。


 「大丈夫か?」


 華陽の耳元で大丈夫か?という声が聞こえた。


 しかし、それは日本語ではなく韓国語であり、少し訛っていた。


 「え?韓国語」


 冷静さを取り戻した華陽は自分が誰かに水面下から引き上げてもらい、命を取り留めたのだと理解した。


 そして、華陽がふと横を見ると、そこには男が自分を海上で抱きかかえ浮かんでいたのだ。


 その男はボウズ頭でアイドル顔負けの顔立ちをした精悍な若者だった。


 華陽は思った、こんな人に命を救われるなんて人生捨てたものではないと。

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