第23話 激突
「えっと……今、何が起きたの?」
牙人は、数が半分になった黒ずくめたちを指さして、恐る恐る尋ねた。
一瞬の出来事で、いまいち状況を飲み込めていない。
「あー、人狼くんに見せるのは初めてだったっけ。わたしの能力だよ!」
「まあ、そうだろうな」
「わたしの異能力は“ゲート”。簡単に言えば、ワープホールを作れるんだよねー」
どうやら、「空間の穴」という表現は意外と的を射ていたらしい。
先程の、景色が円形に切り貼りされたような光景は、“ゲート”の向こう側が見えていたせいだったようだ。
「ということは、さっきのは……」
「そそ! 飛んできた銃弾を、“ゲート”であいつらの真横に移したのだよ!」
なんでもないことかのように言うが、眼前の惨状はなかなかのものだ。たぶん、死人も出ていると思う。まあ、撃ってきたのは向こうだから自業自得なのかもしれないが。
何より、それは
「もしかして、泉ってめちゃくちゃ強い……のか?」
「千春は、うちの最強だからな」
後ろから出てきた栞が、牙人が呆然と落とした疑問に答える。
「いいかお前ら! あそこの赤い髪の女……やつの能力で、見ての通り銃撃は逆効果だぞ!」
栞の台詞を補足するかのように、敵方で誰かが大声を上げた。それを聞いた黒服たちは、舌打ちをしながら銃器をしまい始めた。
代わりに彼らが懐から取り出したのは、ナイフだ。中には、日本刀らしきものを構えているのもいる。一応、近接戦闘用の武器も持っているらしい。
「わたしも有名になったなー」
他人事のようにうそぶく千春は、それでも油断なく敵を見つめていた。
「おいおいおい」
騒然とした黒服たちの中から、けひゃひゃ、と趣味の悪い笑い声が聞こえてきた。
「取引の護衛とか、クソつまんねえ仕事だと思ったが……おもしれえ展開になってんじゃねえか」
現れたのは、動きやすそうなジャージ姿の男だ。細められた目は、この状況を楽しんでいるようだった。
彼がおもむろに交差させた腕を勢いよく振り下ろすと、その前腕部分が鈍い光を放った。
「体の一部を刃物にできる能力、とか、そんなところか」
栞の言葉通り、ジャージの男の腕は立派な刃物へと変わっていた。元の腕よりも少し長さも伸びて、包丁をそのまま大きくしたような形状。なかなかに切れ味は良さそうだ。
「あいつは、俺が相手しよう」
「隊長が? 結構痛そうだけど大丈夫ですか?」
牙人の問いかけに、有悟は口の端を持ち上げて「心配すんな」と拳を握った。
「なにせ、俺の能力は——」
「おいおい! 余裕かましてんじゃねえぞ!」
威嚇するように両の刃を打ち鳴らして、ジャージの男が足を踏み鳴らした。
右腕の切っ先をこちらに向けて、怒号を飛ばす。
「行くぞお前らぁ!」
火蓋は切って落とされた——!
「お前の相手は、俺だな」
有悟の視線は、腕が刃物になった男へとまっすぐ向けられていた。
「ちっ、丸腰かよ。……どうなっても知らねえぞ、おっさん!」
刃物男が地を蹴る。そこそこの瞬発力で距離を詰めると、その鋭利な両腕を振りかざした。
対する有悟は、何を思ったか、その場に立ち止まった。
突っ立つばかりの有悟の体を切り裂くべく、容赦なく振り下ろされた右の刃は、無情にも……。
「死ねぇ!」
——ギン、と。
「かっ、てえ……っ!?」
「その程度じゃ、中年一人切れねえぞ」
「……っちぃ!」
口角を上げて煽るように言った有悟に、刃物男は顔を歪めた。
——“
自身の体の硬度を上げる能力。いたってシンプル……だが、それゆえに強力でもある。
「っどらぁ!」
余裕まじりのぎらついた雰囲気は消え、代わりに焦りをにじませて、刃物男が再び切りかかる。
硬い音が響くが、その凶刃は有悟のシャツを少し切っただけ。「くそっ! くそっ!」と何度も切りつけるが、有悟は涼しい顔だ。
しばらくして、有悟は勢いの弱まった刃を、素手で無造作に受け止めた。
「なっ!」
腕をつかまれて身動きの取れない刃物男の
「かっはっ……!」
「寝とけ」
体を折って前によろけたところに、さらに右ストレートが飛ぶ。今度は顔面。
刃物男は、鼻からだらだらと血を流しながら、白目をむいて崩れ落ちた。
「うお、やるな隊長」
一方の牙人は、武器を構える黒服の群れに飛び込んでいた。だいぶ数が減ったとはいえ、それでも三十人はいるだろう。
複数人でナイフを使って襲ってくる黒服たちをいなしながら、牙人はため息をついた。
いくら人外のパワーがあるとはいっても、自分の身一つでは攻撃できる範囲に限界がある。このペースでは、大人数を相手するのは少し骨が折れそうだ。
正面のナイフを右腕で弾きながら、延長線上の顔を裏拳で殴りつけ、そのまま右足を軸に前方に蹴りをお見舞い。吹っ飛んだ男を横目に、ぐっと体を沈めた。
左にいた黒服の足を、両腕でホールド、勢いをつけて持ち上げる。
「っ! 何を……っ」
「よっと」
暴れる黒服を逃がさないように注意しながら、大きく腰を捻る。
「おい、まさか……!」
リーチが足りない。
——なら、
「そぉー……れっ」
牙人は掛け声とともに、
「どあああああああーっ!?」
悲痛な叫び声とともに、彼の体は仲間たちを
一周回ったところで手を離すと、哀れな黒服は遠心力に乗って発射された。置き去りにされていた資材の山に激突して、沈黙する。
これで、五、六人は倒しただろうか。
「くそっ! こいつ、怪力の能力者か!」
違いますよ、とわざわざ訂正することもない。
複数人が同時にやられたことで、向こうも危機感を抱いたらしい。舌打ちをしながら、じりじりと距離を取っていく。
牙人は追い打ちをかけるべく、前傾の構えを取って……。
——と、牙人の三角の耳がぴくりと動く。
「うお」
振り向こうと首を回す途中で、反射的に構えた腕に、金属音と同時の衝撃。
思わず声を上げてのけぞった視界の端に、人影を捉える。
どうやら、直前まで気配を消していたというわけではないらしい。
単純に、
牙人の動体視力をもってしても、目で追えるかどうかのぎりぎりだ。
少し離れたところで、人影はスピードスケートのような姿勢で停止した。
「今のを防ぐか……」
口元を黒い布で覆った、鋭い目つきの男。その足には、具足の脛あてのようなものが装着されている。さっきの金属音からすると、あれで蹴りを入れられたのだろうか。
ぼそぼそとこもるような声で悪態をついた男の後ろで、大きな影がぶわりと持ち上がった。
触手のように揺れるそれは、よく見ると茶色の毛の束だった。根元を辿っていくと、誰かの頭につながっている。
紅の着物を身にまとった、妙齢の女性。彼女の髪が、別の生き物のようにうねっているのだ。
いくつかに分かれた髪束の先端は、毛が
その隣で、空中に次々と人魂のような炎が灯る。
紅の熱源は揺らめきながらその形を変え、細く鋭くなった。さしずめ、「炎の矢」と言ったところか。
その中心にいるのは、金色に染めた髪に色付きのサングラスをかけた、軽薄な笑みを浮かべる男だった。
制圧には、もう少し時間がかかりそうだ。
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