第14話 フルスイング
牙人たちの作戦会議の間も、英司は癇癪を起こした子供のように、周囲のものを念動力でそこかしこに投げつけていた。
時折鈍い音とともに地響きが伝わってくるが、ここは人家からは距離があるために、一般の人々に気づかれることはないだろう。ひそかな特訓場所としてこの山中を選んでくれたのが、思わぬところでいい方向に働いている。
とはいえ、暴走を始めてからすでに数分が経過している。英司の体にも、相当な負担がかかっているはずだ。
口の端からは涎が垂れ、血走った目には、彼の長所の一つだった輝きがない。足にも力が入らないのか、へたり込んだまま息も荒くえずくばかり。
——と、破壊の広がる森の一角に、異物が紛れ込んだ。
英司の理性なき濁った目に、灰色の戦士が映る。
「うぁ……あ……」
「よお、待たせたな」
待ち合わせに少し遅れたくらいのテンションでそう言った戦士——牙人は、しかし先程とは少し様子が違っていた。
栞という仲間の存在に力をもらった……という精神的な面ももちろんそうだが、もっと明らかな特徴がある。
「うん、思ったより軽いもんだな」
そう言いながら、牙人は
それは、
ちなみに、このワイルド武器を収穫したとき、栞は複雑そうな顔で「最近は木を引き抜くのが流行っているのか?」と聞いてきた。「流行に乗り遅れるなよ」と返しておいた。“黒影”で静かにはたかれた。
さて、これが今回の作戦の呼び水となる一本だ。
もちろん、考えなしに力づくでこれを振り回そうだなんて考えているわけではない。第一、英司もこのサイズのものをいくつも持ち上げてみせたのだ。今更攻撃として振るってどうするというのか。
サイコキネシスを扱う相手に、スピードだけで勝負するのは無謀以外の何ものでもない。どんなに速く動こうとも、念動力が作用するという領域を盾のように構えられでもしたらおしまいだからだ。
暴走状態の英司にそんな機転が利くのかは怪しいところだが、本能というのは割と侮れない。
しかし、盾を構えるにも必要な条件というものがある。
それは、「攻撃の軌道を予測すること」だ。どの方向からの攻撃なのかがわからなければ、どんなに高性能な盾であってもただのガラクタでしかない。そして、それはサイコキネシスでの待ち伏せにも同じことが言える。
つまりは、
そんなわけで、この一本はこうやって使う。
半身になって視線は逸らさず。足を少し開いて、両腕で幹を抱えるように持つ。腰を捻り、勢いに乗せて後ろに体重移動。
「っせー……のっ!」
ぐおん、と、重々しい風切り音とともに、一振り——。
野球の経験は、小学生の遊びとバッティングセンターで少々。素人同然のフォーム。
しかし——
幹が軋む。バキバキと枝の折れる音がいくつも聞こえた。
下からすくい上げるように放たれたフルスイングは、遠心力と摩擦力で引きはがされた木の葉と、山の土の表層を大量に舞い上げた。
あたりにもうもうと砂煙が立ち込め、英司の姿も隠れて見えなくなる。
人間が他者の動きを予測するには、視覚情報が不可欠だ。それを使い物にならなくする。いわゆる目つぶしというやつである。
役目を果たした樹木に一言「ありがとな」と小さく囁いてから、そっとその場に置く。
ここからが正念場だ。
「——“ブラドアーマーカスタム・
◇
英司の視界は最悪。空間をまるごと覆うかのような砂埃で、ほとんど何も見えない状況だ。
もとより意識も曖昧だ。あまり変わりはないのかもしれない。
視界よりも、気分の方が問題だ。吐き気がする。
全身が熱く、力も入らない。呼吸がうまくできない。
——と、不明瞭な視界の中に、
体の奥底で何かが叫んでいる。
敵だ、殺せ——と。
その衝動に突き動かされるままに、英司は手のひらをその影に向けた。
単調な動きで突っ込んできたそれを、
「っ!?」
ることができず、影は煙を散らすようにかき消えてしまった。
理性のないなりに、本能の困惑が脳を支配する。
かと思うと、視界の端に、
困惑は忘れ、敵に向けてもう一度力を行使する。
……が、またもや捕らえることなく霧散した。まるで手ごたえがない。
「ぅあ?」
そして三度姿を見せた影に、いら立ちを込めて手をかざす。
——そのとき。
「あ」
突然顎に走る衝撃。
視界が歪み、混濁していた思考が薄れていく。
何が起こったのかを知ることもないまま、英司の意識は途絶えた……。
◇
倒れ込む英司の肩を右腕で支えて、牙人は安堵の息をついた。
少し離れたところで、英司が浮かべていた物体群がパラパラと落ちる音がする。
「解除」
元の姿に戻った牙人は、そのまま英司の膝の裏側に左手を回し、首を安定させてから立ち上がった。
「どうせお姫様抱っこするなら、男じゃなきゃよかったのに」
適当なことをぼやいて、少しずつ晴れつつある砂煙の中に「終わったぞー」と声をかける。
「うまくいったみたいだな」
「まー、理性とか飛んでるみたいだったし、単純な手でも引っかかってくれたな」
髪についた砂を手で祓いながら出てきた栞が、けほ、と小さく咳をした。
砂煙で目つぶし。その後に、栞の“黒影”で人型を作って操作する。体から切り離すと“黒影”は消えてしまうらしいので、地面を伝って伸ばし、その先端に人型を形成するという方法を取った。
捕まりそうになったら、“黒影”を消して再構成。
それを繰り返すことで、英司の意識を
そして、その隙に牙人が接近し、叩く。
——“ブラドアーマーカスタム・蹠球”。
“獣因子”を安定化させる“ブラドアーマー”は、変身した怪人の肉体の一部……もはや肉体そのものと言っていい。それを強化するオプションパーツとして作られたのが、“ブラドアーマーカスタム”だ。
牙人の足を包むような、大きめのブーツの形をしたこの“蹠球”は、殺傷力のある類のものではない。
その働きは、衝撃吸収と、消音。
例のごとく詳しい仕組みは博士のみぞ知るが、ネコ科の肉球をヒントに作られたパーツ、と牙人は認識している。
そんな“蹠球”を駆使して忍び寄った牙人は、手の甲を素早く英司の顎先に当てることで、英司の意識を刈り取った。
人間は、顎の下を勢いよく物体がかすめると、脳が揺れて意識が飛ぶ。
「それにしても、なんか不自然じゃなかったか?」
「何がだ?」
「暴走してる……のは確かなんだろうが、自分の意思で能力使ってるように見えたぞ」
「……」
戦闘の中、明らかに彼から殺気を感じた。
ピリッと体の表面を刺すような害意とともに、こちらに手をかざしたあの動作は、異能力によるものではないはずだ。
暴走した異能力に振り回されている、だけというわけでもなさそうだった。そこには確かに、彼の自我が垣間見えていたのだ。
「元から敵対意識があった、のか?」
「ま、ただの俺の感想だけどな」
静かに眠る英司に険しい目を向ける栞に、軽い調子でそう告げる。
「錯乱してたなら、俺たちを敵と勘違いしたのかもしれないし」
「そう……だな。彼が、そんなことをするようには見えなかった。……というか、そんなことをしてメリットはないだろうね」
「ああ。……とにかく今は、任務遂行といこうか。新城を連れて行かないと……って」
「あー……」
「どうしようか、これ」
牙人と栞の困ったような視線は、牙人の腕の中の英司に向けられていた。
気絶した人間を怪しまれずに運ぶ方法を、至急募集したい気分だ。
二人は無言で顔を見合わせると、深いため息をついた。
◇
英司を抱えて、森から去っていく栞と牙人。
——その姿を、木陰から見つめる影が一つ。
「くそ、リアルはいつもこうだ。僕が何したっていうんだ。あんなの無理ゲーだろ。ぬるぽだぬるぽ……ガッてか? はは」
ぶつぶつと一人呟くのは、枝のようにひょろりとした体に、ぎらりと輝く三白眼を持つ男だった。よれよれの黒いスウェットを身に着け、不健康そうな顔を苛立ちにゆがめている。
男は、右手の親指の爪をがり、と噛んで、気を取り直すように短く息を吐いた。
「……まあいいか。なかなかいいものが見られたしな」
姿を変えて戦う、“局”の新人とみられる人物。
彼の情報を手に入れただけでも、ひとまず収穫と言えよう。
男は満足げにうなずくと、不気味に口角を上げた。
手の中の
「さーて、とりま帰るか。……そういえば、珍獣を捕まえたとか言ってたっけ。ワクテカ~」
ズボンのポケットからスマホを取り出した男は、一昔前のアイドルソングを鼻歌で歌いながら、森に消えていった。
後にはただ、静寂だけが残った。
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