第3話 降りかかる火の粉は払わねば

 ——さて、と。いっちょやりますか。


 ググッと両足に力を込めると、次の瞬間一気に放出。

 爆発的な瞬発力で、左側に立っていた長髪の男の前に動く。

 同時に右腕を後ろへ。

 男の視界にとらえられるより早く、牙人は低い姿勢から右拳を男の腹に叩き込んだ。


「ぐぇあ」

 情けない悲鳴を上げて、胃液を吐き白目をむく長髪。

 彼の体は突然重みを増したかのように、その場に崩れ落ちた。

 これでまずは一人目。確か炎を操っていたか。

 炎にはいい思い出がない。赤色のヤツレッドの技が、炎を使った攻撃だった。

 あの燃え盛る剣に、何人の元同僚がやられてきたことか……。


 そんなことを思い出していると、仲間の悲鳴に反応してか、残りの二人がこちらに体を向ける。

 久しぶりの戦闘の空気感に、牙人は心臓が激しく脈打つのを感じていた。

「なっ!?︎ いつの間に……くそが、お前も能力者か!」

 とか、側頭部に剃りこみを入れた男がわけのわからないことをほざいている。

 こいつはまだ妙な力を使ってはいない。

 このままおとなしくしていてくれると助かるのだが。


 仲間がやられて激高しているのか、スキンヘッドは顔を歪め、もう一方の手にも光の玉を生み出した。

「死ねえっっ!」

 その両手の玉を、右、左と牙人に向けて投げつける。

「っと」

 頭を狙って飛んできた一つ目は、軽く首をひねって避ける。

 続いて胸のあたりに放たれた二つ目を——


 ——左腕で薙ぎ払った。


「……は?」


 ……思った通りだ。このくらいならば避けなくてもダメージはほとんどない。

 若干の痛みはあるが、バレーボールに当たった時と同じくらいの感覚。

 牙人は左手を握ったり開いたりして調子を確かめると、次の獲物に視線を向けた。


「……っ! くそがぁっ!」

 スキンヘッドは再度両手に光の玉を出現させると、大声で叫びながらそれを放ってくる。

 同じことの繰り返しか……と思っていると、撃ったそばから次弾を装填し、連続で投げてきた。

「……」

 これは少し厄介だ。

 先程は金属部分の前腕で対処したので平気だったが、毛皮の露出した部分にもろにあれを食らえば、さすがにダメージがある。

 だが、速さはそれほどでもない。

 動きをよく見ていれば、躱すのは難しくない。


 ほとんどを危なげなく避け、避けきれないものは腕でかき消す。


「くそっ! くそっ! なんで効かねえんだよ!」

「属性の相性が悪いんじゃないか?」


 必死の形相で腕を振り、玉を出し続けるスキンヘッドに軽口を叩きながら、牙人はゆっくりと近づいていく。

 この体になった時、動体視力もまた飛躍的に向上した。

 かつてはヒーローのエネルギー銃なんかも躱したりしていたっけ。

 しかし、いくら自分にダメージがないとはいえ、これ以上やられると後片付けが面倒だ。

 過去の思い出を頭の隅に追いやり、牙人はまた足に力を流し込む。

 足裏がアスファルトを蹴る。一瞬で距離を詰めると、牙人はスキンヘッドに強烈なアッパーを……。


「あれ」


 ——食らわせる直前、男の姿がかき消えた。

 気配が後ろに移動している。


 ……? 何が起きた。


 視線を動かすと、右に立っている剃りこみの男が片腕を前に突き出しているのが見えた。

 頬に浮かんだ汗。してやったりとでも言いたげな、しかし余裕のない歪んだ笑顔。

 なるほど、これがあの男の力のようだ。


 物体を瞬間移動させる……とか、そんなところだろうか。

 厄介だが、原因がわかってしまえば対処はたやすい。

 すなわち——


 牙人は、その場にすっとしゃがみ込むと、ばねを活かして跳躍。

 焦りを隠さない表情で、目を見開く剃りこみの男。

「なっ!?︎ どこに……」


「上だよ」


 剃りこみがその言葉に顔を上げようとするが、その前に牙人のかかとが脳天に命中。


「がっ……」

 あっけなく意識を手放した。

 膝のクッションを効かせてきれいに着地。


 ……さて、あとはスキンヘッドだけだ。

 しかし、彼は戦意を喪失したのか、「あ、あ……」とか言いながらその場にへたり込んでしまった。

「……」

 牙人はスキンヘッドに歩み寄ると、目線を合わせるように中腰になり……。


「てい」

「ぎゃっ」

 首筋にチョップを食らわせ、意識を刈り取った。





「ふう……、終わった終わった」


 路地裏に転がる黒ずくめたち。

 完全に裏組織の抗争の被害者の図だが、こちらに非はない。

 ない……はずだ。

「正当防衛だよな……うん」

 絵面的にはこちらが犯人に見えなくもないが、先に手を出してきたのは……。


 いや……向こうは、手は、出していなかったような。

「……」

 状況だけ見ると、かなり危ないのでは? ということに今更気がつく牙人。

 これは、早めに撤退した方がよさそうだ。


「解除——っと」

 小声でそう呟くと、牙人の体が再度、先程よりも淡い光を放つ。

 一呼吸を置いて、牙人の体は平均的な青年のそれへと戻った。

「誰かに見つかる前に、さっさと帰るか」


「……おい、君」


「うぉ!?︎」

 突然声をかけられ、飛び上がる。

 振り向くと、右手で左のわき腹を押さえたショートカットの女性が、よろよろと立ち上がりながらこちらを見ていた。

 すっかり忘れていたが、襲われていた方の、漆黒の三日月を操っていた女性だ。

 牙人に対して、逃げろと叫んだり、食い止めようとしてくれたりしていたのを見るに、おそらく良識的な人物だろう。


「……少し待ってくれ」

 そう言って彼女は傷口に手をかざすと、先程と同じように指先から黒い物質を出した。

 形の定まらない、揺らめく霧のようなそれは、帯状に形を変え、包帯のように彼女の腹部に巻き付いていく。

 ……冷静になってみると、この人も十分異質な力を持っていた。

 不思議な光景に少し呆けていると、女性が口を開く。


「まずは、助けてくれてありがとう。あのままでは私は危なかった」

「あー……どういたしまして」

 安堵した様子で、友好的な笑顔を向けられ、少し歯切れの悪い返事をする。

 自分が絡まれたので対処しただけで、特に助けようという意識はなかったのだが、とりあえず感謝の気持ちは素直に受け取っておくことにする。

 なんだかかつての商売敵ヒーローのようなことをしてしまって、居心地が悪い。

 黒服の言葉には軽口で応じたが、妙な気恥ずかしさが牙人を襲っていた。

「それでなんだが……」

「はい?」

 女性は一転真剣な表情になると、牙人をまっすぐに見据え続けた。


 

「すまないが、君を“局”に連行する」



「……へ?」

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