暗躍と日常

   ◆????◆



「何? 亜人狩りのアジトが1つ潰されただと?」



 とある洞窟の最奥にて。部下の伝達に、毛根が死滅している老人は、しゃがれた声を発した。

 落窪んだ眼窩とシワやたるみの多い顔立ちだが、眼光には野望と鋭さが見て取れる。

 握る杖には黒い宝石がはめ込まれていて、松明の光を反射して妖しく光っていた。



「亜人狩りのアジトが潰されたからなんだと言うのだ……儂は今忙しい。後にしろ」

「しかし、襲われたのは例の龍人族を捕らえていた組織でして」

「……なんだと?」



 これは、さすがに聞き捨てならなかった。杖を握る腕に、無意識のうちに力が入る。



「ということは、奪われたのか」

「そのようです」

「チッ。奴らのアジトはわかりづらい場所にあると、高を括ったのが間違いだったか」



 最奥の広い空間の中心に鎮座する岩に向かう老人。

 そこには謎の文字と幾何学模様が刻まれていて、岩を囲うように3つ窪みがあった。



「やはり例の奴ら、、、、は、見つけ次第我々が管理した方が良いのでは?」

「ならん。奴らは繊細だ。儀式の前に一箇所に集めれば、互いが共鳴しすぎてしまう。だからわざわざ、配下の亜人狩りに任せたのだが……それより、亜人狩りのアジトを潰した奴らのことはわかっているのだろうか」

「それが、まだでして──」

「《悪魔の手デビル・ハンド》」



 直後、老人の握られている杖から2つのモヤのようなものが現れ、部下の首にまとわりついた。

 まるで蛇のように絡みつくモヤは、自分では触れず、振り解けない。

 首を圧迫するように締め付けてくるモヤに、部下の顔は恐怖に染まった。



「なら判明してから報告しろ。儂の時間を無駄にするな」

「はっ、はい゙ッ……! も゙、も゙ゔじわげっ……!」



 老人は冷たい目で男を睨めつけると、杖の先端で地面をつき、部下を投げ飛ばしてから顔を背けた。

 背後から、慌てて洞窟を出ていく足音が聞こえる。

 老人はそっと息を吐き、岩の文字に触れた。



「もう少し……あともう少しだ」



 彼の呟きは誰に聞かれることもなく、空気に溶けて消えた。



   ◆◆◆



「う!」

「うがっ……!?」



 な、なんだ……?

 急に来た腹部の衝撃に目を覚ますと、俺の上にまたがって満面の笑みを浮かべているディエが見えた。

 可愛らしい、フリフリの寝間着を着ている。ドゥーエが見繕ったものらしい。

 窓からは、暖かな陽射しが差し込んでいる。もう朝らしい。


 俺たち暗部の人間は、仕事中は眠らなくてもいいように、仕事のない日はスイッチを切ってるからよく眠れるように訓練を受けている。

 今日は仕事がないから、寝ようと思えば眠れるのだが……まあいいや。



「ディエ、どうした? 昨日はドゥーエと……ママと一緒に寝たんじゃなかったか?」

「あさ! おきた!」

「あー、なるほど……朝から元気だな」

「げんき! もりもり!」



 力こぶを作ってむふーと鼻息を吐くディエ。朝から癒されるなぁ。

 ディエを抱っこして起き上がると、寝室からリビングに移動した。まだドゥーエは夢の中なのか、リビングにはいなかった。



「せっかくだし、朝飯作るか。食うか?」

「くう!」

「よし来た」



 魔冷庫を開けて、食材を確認する。

 この具材なら、ベーコンエッグとトーストでいいか。あとは野菜スープでも作ればいいだろ。



「ディエ、好き嫌いないか?」

「ぱぁぱとまぁま、すき!」

「あ、うん。ありがとう」



 そうじゃないんだけど、めちゃめちゃ嬉しい。照れる。



「じゃなくて、食材でだ。食べ物。わかるか?」

「う? ……な!」



 ちょっと考えたけど、すぐ首を横に振った。

 そりゃそうか。龍人族は狩りをして生きる種族。苦手なものがあったら、自然界じゃ生きていけない。

 フライパンを熱して、ベーコンと卵に火を入れていく。ディエの好みの硬さがわからないから、とりあえず俺の好きな半熟で。


 焼いてる間に、次は野菜スープ。

 野菜に火が入りやすいよう、小さく賽の目に切るが……まな板使うのだるいな。洗うの面倒だし。

 鍋に水を入れて、食材を宙に放り……風切り音の直後、バラバラに賽の目になった食材が鍋の中に入った。



「うー……!」

「すごいか?」

「う!」

「そうかそうか」



 小さい拍手に、なんとなく嬉しくなる。ズボラを極めただけなのに。

 塩コショウとスープの素で味付け。グリルでトーストを焼いていると、2階からドタバタと足音が聞こえてきた。ドゥーエが起きてきたみたいだ。



「うううううウノ! でぃっ、ディエちゃんがいなくなってます!」

「そこにいるぞ」

「え!? あっ、ディエちゃん!」



 珍しく慌てた様子のドゥーエが、いい子に座っているディエに抱きついた。起きたらいなくなってたら、そりゃあ驚くか。



「もうっ、いきなりいなくならないでくださいっ。ビックリしましたよ……!」

「う?」

「起きたら、まずママを起こしてください。ね?」

「? う!」



 わかっているのかいないのか、一瞬の間を置いて元気に頷いた。

 そんなことをしている間に、朝食が完成っと。



「朝飯、できたぞ。ドゥーエの分も」

「うー!」

「え? あっ。す、すみませんっ。私がやらなきゃいけないところを……!」

「気にすんな。できる奴がやった方が、わざわざ起こすより効率いいだろ」



 2人の前に朝食を出すと、ディエは手を合わせて豪快に頬張る。ドゥーエも申し訳なさそうに手を合わせ、スープに手を伸ばした。



「あ、美味しい……」

「そいつはよかった。じゃ、2人は飯食ってな」

「ウノはどちらへ?」

「洗濯と掃除。俺、朝飯食わないし、やることもないからな」



 先に洗濯を終わらせるか。国王が手配してくれた、最新式の全自動魔法洗濯機があるし、楽に終わるだろ。

 リビングを出ようとすると……急に、猛スピードで近付いてきたドゥーエに肩を掴まれた。



「ちょ、痛い。痛いんだけど」

「申し訳ありません。ですが、洗濯は私がやります」

「え、いいよ。ゆっくりしてなって」

「いいからっ。わ、た、し、が……やります」

「お……おす……?」



 あ、圧が強い。そんなに最新機種を使いたかったの……?

 まあいいや。なら掃除を……。



「掃除も私がやります。朝ごはんを作らせてしまったので」

「いや、朝飯はディエに作ってやろうと思ったからで……」

「いえ、私がやります。あなたは庭先で日光浴でもして来てください」

「おじいちゃんか」



 朝っぱらから庭先で日光浴とか、おじいちゃんでしかない。

 けど、なんとなく邪魔って言われてるみたいだし……大人しく、庭に出てよう。

 ……別に寂しくはないからな。

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違法能力《イリーガル・スキル》〜最強アサシン、幼女を拾い育てる。〜 赤金武蔵 @Akagane_Musashi

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