新居

   ◆◆◆



 翌日。俺、ドゥーエ、ディエは、ゼロに渡された紙を頼りに王都グランフルツの中を歩いていた。

 人通りの少ない住宅地で、ゆったりとした空気が流れている。この辺に、国王が手配してくれた俺たちの家があるらしい。

 人が苦手な、ディエを配慮してのことだろう。ありがたい限りだ。



「地図ですと、この辺りですね」



 紺色のワンピースに身を包んだドゥーエが、地図を片手に辺りを見回す。



「う?」

「これから、俺たちの住む家に行くんだ」

「いえ……すみか?」

「そうだ、住処だ。偉いな」

「う〜♪」



 褒められて嬉しいのか、ディエは嬉しそうに俺の手を握った。あんまり強く握られると痛いから、加減してね?


 そこから歩くこと数分。ドゥーエがある一軒家の前に止まった。



「どうやら、ここみたいですね」

「……ここ?」



 視線の先には、ぐるっと鉄柵に囲われた大きな家がある。

 庭も駆け回れるくらい広いし、二階建て一軒家も新築と言っていいくらい綺麗だ。少なくとも、俺が家族と暮らしていた家の倍以上はある。



「すげぇ……」

「しゅげー?」

「一晩でこんなにいい物件を用意するなんて、さすが陛下ですね……」



 預かっていた鍵で門を開けて、中に入る。

 中に入ると、余計庭が広く感じられた。外界と遮断されてる感じがして、もう居心地がいい。



「うー!」

「あっ、ディエちゃんっ」



 庭を気に入ったのか、ディエが緑の絨毯にダイブした。せっかくの服が、もう草まみれだ。

 でも楽しいみたいで、満面の笑みでごろごろ転がる。ディエが楽しいならいいけど。

 庭を転がり回るディエを見ていると、隣に立つドゥーエが辛そうな顔をしていた。



「ドゥーエ?」

「……翼、治りませんでしたね」

「……そうだな」



 ディエの翼は保護した時のまま、痛々しくもがれている。

 傷はセイが治してくれたけど、1度ちぎれたものは戻せないらしい。もがれた翼があれば変わるらしいが、傷の具合からしてもう無いだろうとのこと。

 どうにかして治してやりたいけどな……。

 一頻り遊んだディエは立ち上がり、満面の笑みでドゥーエに抱きついた。



「ディエちゃん、楽しかったですか?」

「うー!」

「そうですか。でも、あとでお風呂入りましょうね。ばっちっちですから」

「う!」



 2人は手を繋ぎ、家に向かっていった。

 なんとなく、その様子が眩しくて、愛おしくて──過去に見た、母と妹の景色がタブった。

 母さんに抱っこされて、楽しそうにはしゃぐ妹。

 妹を見て、優しそうに微笑む母さん。

 2人はすぐ後ろを歩く俺を振り返り、よく手を差し伸べて……。



『にぃにっ』

『〇〇……いらっしゃい』



 あ……まずい、これ。



「ぐっ……!」

「あっ、ウノっ……!」



 急激な頭痛、動悸、吐き気でうずくまると、異変に気付いたドゥーエが駆け寄ってきた。

 心配そうな顔で、俺の手を握る。

 ディエもドゥーエを真似して、反対側の手を握った。

 2人の熱が伝わってきて、早鐘を打つように高なっていた鼓動が収まってきた。けど、ひたいに浮かぶ汗が気持ち悪い。



「ウノ、大丈夫ですか?」

「ぱぁぱ……?」

「だ、大丈夫だ、大丈夫……ちょっと、ふらついただけだから」



 ドゥーエがハンカチで俺の汗を拭う。ドゥーエって、意外と気が利くやつなんだな。任務だけの関係だと、こういう所は見えなかったから、新鮮だ。



「うぅ……?」

「ディエも、心配かけて悪かった。もう大丈夫だから」



 ディエの頭を撫で、立ち上がる。

 2人のおかげで、足元はしっかりしている。まだ頭痛はするけど、もう吐き気はない。

 心配そうに寄り添ってくれる2人に笑顔を向けて、真っ直ぐ家に向かっていった。


 観音開きの扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは玄関ホール。結構広くて、大の大人が3人、横に手を拡げても余りあるくらい広い。



「うー!」

「広いな」

「そうですね。でも広すぎず、いい家だと思いますよ。」



 廊下は奥と左側にあり、右には二階へ続く階段がある。

 1階にはリビング。ダイニングキッチン。部屋が2つ。浴室とトイレ。2階にも部屋が2つある。

 こんなに部屋があっても使わないだろう……どうやって使うんだ。

 リビングに入って呆然と周りを見ていると、ドゥーエが機敏な動きで部屋のあちこちを見て回った。



「家具は一式揃っていますね。キッチン周りも完璧……服も予め運んでもらっていますし、すぐにでもここで生活を始められます」

「そ、そうか。……なんか手馴れてない?」

「この日のために、新生活に関する情報を集めていただけです」



 どういう想定で新生活の情報を集めてたんだ。そんな任務、一生来ないかもしれないだろ。来たけど。

 とりあえずリビングのソファーに身を沈めると、家の中をひとしきり探索したディエが戻り、俺の膝の上に座った。

 確かに助けたのは俺だけど、余りにも無警戒すぎやしないか? 警戒されたらされたで悲しいけど。



「それでは、私も失礼して」

「ちょっ、ドゥーエ……!?」



 いきなりドゥーエが俺の隣に座り、俺の腕に自身の腕を絡ませてきた。

 え、なに、え? なんで腕絡ませて来て……!

 動揺していると、ドゥーエはいつも通り感情の読めない目で俺を見つめる。

 強いて言うなら、つべこべ言うなという圧を感じた。



「いけませんか? 私たちは夫婦。これくらいの距離感は当たり前ですよ」

「……そうなの?」

「夫婦なのですから」

「そ……そうか。夫婦なら、まあ……」

「ええ、その通りです」



 俺には、夫婦に関する知識はない。あるのは記憶のそこにある、両親のことだけ。

 だけど、思い出そうとすると、心が張り裂けそうになる。

 だから、思い出さない。

 あの悪魔を殺すまでは、二度と。

 でも……2人を家族と思うことくらい、許されるよな。


 2人の肩に手を回そうとした。──その時。窓に黒い鳥が止まった。あれは、離れている暗部構成員へ情報の伝達をする、デリ・クロウという魔物だ。

 デリ・クロウは俺の方を見ると、口を開いた。



『ウノ、任務です。数時間で終わるものですが』

「……1人でか?」

『はい。今ドゥーエは、子守り任務を遂行中。保護対象から離れる訳にはいきません』



 げ。それ、ドゥーエに回ってくるはずだった任務が、俺たちの方に回ってくるってことじゃあ……まあ、やるけどさ。

 そっとため息をつくと、ディエをドゥーエに任せてソファーから立ち上がる。



「仕事だ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。今夜は豪勢なものを用意していますね」

「マジ? じゃあ肉系で」

「わかりました」



 ……こういう会話、如何にも夫婦っぽい。むず痒いな。

 廊下にかけていた黒いローブを羽織ると、ドゥーエに抱っこされたディエが不安そうな顔をしていた。



「ぱぁぱ……?」

「ん? パパな、仕事だ。2人のためにいっぱい頑張るからな」

「おし……?」

「んー……お出掛けだ。すぐ帰るから」



 ディエの頭を撫でてから、暗部の用意してくれた簡易転移魔法の陣が刻まれた壁に手をかざす。



「ウノ」

「ん?」

「……いえ。あなた、頑張って。ディエちゃんも、頑張れーって」

「う? ……がーばえ?」

「……ああ、頑張る」



 今日の任務、マジで爆速で終わらせよう。相手がなんだろうが、爆速で殺す。

 体に力がみなぎるのを感じ、俺は転移魔法を発動した。

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