偽の家族
早々に風呂から上がり、濡れた髪のまま治療室に向かって走る。
あの子が目を覚ましたときに俺が傍にいないとわかると、どうなるかわかったもんじゃない。あと、成り行きでも育てることになったんだ。心配しても、罰は当たらないだろう。
と、丁度いいタイミングで、反対側からドゥーエがやってきた。買い物帰りなのか、可愛らしいワンピースに身を包んでいる。
「あ、ウノ。ただいま戻りました。……お風呂上がりですか?」
「おかえり、ドゥーエ。あー、悪い。先に入らせてもらった。お前が買い物してるのに……」
「気にしていませんよ」
本当に? その割にはなんか顔が近いような。圧掛けて来てない?
ドゥーエと合流して、治療室に向かう。……その間、なんとなく距離が近いような気がしたけど、聞いてもはぐらかされるだけだから、無視することに。
しばらく歩くと、治療室が見えてきた。
……なんか扉がひしゃげてる様な……気のせいだろうか。いや、そんなはずないか。
「セイ。戻った……ぞ……?」
「これは……酷い有様ですね」
中の様子はもっと酷かった。
破壊されたベッド。砕かれ、散らばった薬品。穴の開けられた壁。
少女はセイの精霊が必死になって壁に押さえつけられているが、全てが敵と言わんばかりの眼光でセイを睨んでいた。
俺に気付いたセイは、汗を拭ってジト目を向けてきた。
「あ、遅いわよっ! あれからすぐに起きたと思ったら暴れだして、大変だったのよっ?」
「わ、悪かった」
てことは、30分弱この子を押さえてたのか。戦闘要員じゃないとは言え、セイも暗部の人間。並の戦闘力じゃない、か。
慎重に少女へ近付くと、俺に気付き、嬉しそうに目を輝かせた。
「セイ、もう大丈夫。拘束を解いてくれ」
「……わかったわ。でも何かあったらすぐ拘束させてもらうから」
セイが指先を操作すると、少女を拘束していた精霊が離れる。
「あう!」
「おっと」
いきなり飛びついてきた幼女が、俺の胴体に腕と脚を絡めてきた。絞め殺し、という訳じゃない。単に抱き着いてるだけだ。
とりあえず少女の頭を撫でると、嬉しそうに頭をぐりぐりと擦り付けてきた。ちょ、痛い。龍人族のパワーでそれされると痛い。
「……本当に懐いてるのね。あんなに暴れてたのに」
「……そうですね。本当に、懐いていますね」
セイは驚き半分と言った感じで。ドゥーエはいつも通りの無表情の中に怒気が孕んでる感じで、俺たちを見る。
とりあえず全裸なのはいただけないな……。
「あー、えっと……君、いいか?」
「う?」
「言葉、わかるか? 言葉だ」
「う!」
小さく頷く少女。どうやら少しはわかるみたいだ。
「君の名前は? 言えるか? 名前だ」
「う……?」
今度は首を横に振る。まさか、名前がないのか……?
俺たちを見ていたドゥーエが、「そう言えば」と口を開く。
「龍人族はその性質上、人生の殆どを1人で過ごすといいます。名前がないのは当然かと」
「そ、そうなのか」
それじゃあ、名前を決めてやらないとな。
今うちにいるメンツは、
「……ディエ。お前は今日から、ディエだ」
「う? でぃ……え?」
「そうだ。偉いぞ」
ディエは意味がわかってないのか、口を開けてぽかんとしている。
まあ、その辺はおいおい覚えてもらえればいいか。
なんとかディエを引き剥がしてベッドに座らせると、体の上から布団を羽織らせた。
ディエの横に座り、肩に手を回す。
反対側にドゥーエが座ると、ディエは不安そうに俺に身を寄せた。
「ディエ、今はわからなくてもいい。聞いてくれ。今日からディエは、俺とこいつが育てることになった」
「そだ、て……?」
「そうだ。俺がパパ。そしてこいつが、ママだ。わかるか? パパと、ママだ」
俺の言葉にドゥーエが頷き、優しく微笑みかける。
「そうです、ディエちゃん。今日から私たちが、あなたの親ですよ」
「ぅ……?」
「家族という意味です。大切という意味です。私たちは、あなたの味方ですよ」
「……かぞ、く……たい、せつ……みかた……」
ドゥーエが、怖がらせないようにディエの頬に手を伸ばす。
身構えていたディエだが、頬を優しく包んでくれた熱に、体の強ばりを抜いた。
「私が、ディエちゃんのママです。これからは全力で、あなたを守ります」
「俺が、ディエのパパだ。何があろうと、ディエだけは守る。約束だ」
俺とドゥーエは、家事や料理はからっきしだ。
でも、できることはある。
敵と戦うこと。敵を殺すこと。味方を守ること。
これならできる。……これしかできない。
なら、できることを全力でやる。
それがディエのためになるのなら、偽の家族でもいい。
「……ま、ま……?」
「ええ、ママです」
「ぱ、ぱ……?」
「ああ。パパだ」
俺たちの言葉にディエの目の奥が揺らぎ……一筋の涙が零れた。
記憶にある本当の家族のことを思い出しているのか、それとも本能が震えているのか……それはわからない。
けど、この涙が嘘にならないよう……全力で、
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