第1章 裏家族

傷だらけの幼女

 駆けると、ドゥーエも後ろからついてきた。

 洞窟に入り、アジトを目指して走る。中は暗く、迷宮のように入り組んでいるらしいが、俺たちには関係ない。視覚、嗅覚、触覚、聴覚、味覚。五感のすべてを駆使して、別れ道でも迷うことなく進んだ。

 俺もドゥーエも、生半可な訓練は詰んでいないから、この程度で道に迷うことはない。



「ウノ、前方に人の気配です」

「蹴散らせ」

「了解」



 ドゥーエが魔力を圧縮して球体を作り出すと、手を前にかざす。



「《アクア・レーザー》」

「ぴょっ」

「ぽっ?」

「ぉ」



 音もなく射出された水のレーザーが、3人の男たちの胴体を切断する。

 肉塊になった輩には目もくれず、更に奥へ進む。



「さすがだな」

「ありがとうございます。ですが、ウノもあれくらいはできるのでは?」

「俺の属性だと、匂いがどうしてもな」



 軽口を叩いていると、また奥の方に人が見えた。

 瞬く間に、ドゥーエが《アクア・レーザー》で音もなく切断していく。



「あっ、あれは! 逃げろッ、暗部だァぁあぴょっ」

「嘘だろッ、なんでここがばれれれれれれ……?」



 俺たちの姿を見た奴らが騒ぎ出し、亜人狩りの奴らが逃げていく。

 もちろん、1人も逃がさないが。

 俺は人差し指に魔力を集中させ──発火。

 指先が燃え、逃げる亜人狩りに標準を合わせる。



「《フレア・バレット》」



 放たれた炎の弾丸が頭部を穿ち、爆発と共に肉塊が燃え上がった。

 炎魔法は魔力の消費量が少ないのに破壊力があるが、この匂いがちょっとな……。



「お見事です」

「ありがとう。そら、右」

「わかっています」



 直後、右の通路から襲いかかってきた男の体が、左右に切断された。

 ドゥーエの周囲には、薄い水で形成された4つの刃が円を描くように浮いている。

 彼女の得意とする魔法の1つ、《アクア・ブレード》。

 本来は飛ばすことで遠くの敵を殺せる魔法を、ドゥーエは防御に応用している。

 近くだからコントロールは容易く、攻撃の気配を感じて瞬時に操作すれば、相手が人でも矢でも剣でも魔法でも防ぐことができるらしい。俺にはここまでの魔法コントロールは無理だ。

 あ……だからゼロの奴、ドゥーエを一緒に来させたな。洞窟が俺の魔法で吹き飛ばないように。

 くそ。アイツのニヤケづらが頭に浮かんで腹立つ。


 ヤケクソで襲いかかってくる奴らや、逃げる奴らを片っ端から殺していく。

 殺し、殺し、殺し──洞窟が血と肉塊で異臭を放つ頃、俺たちはアジトの最奥までやって来た。

 最奥には、俺たちを見て怯えている筋骨隆々の男が1人いる。

 ……いや、違う。少し奥に、小さい気配があるな。亜人狩りじゃなさそうだが……まあいい。今は、この男だ。

 懐から短剣を抜き、男の眼前に向ける。



「おっ、おっ、おまっ、お前らッ、暗部の人間だろ……! なんでここが──」

「黙れ」



 ──スパッ。


 高速で腕を振るい、耳を切り落とす。

 洞窟内に響く男の絶叫。血が滴り、命乞いをされるが、俺たちの感情は動かない。ただただ冷たい目で、男を見下ろしていた。



「……おい。奥の方を見てこい」

「わかりました」



 ドゥーエに指示を出すと、直ぐに奥へ向かう。

 ……よし。



「お前、俺の質問に答えろ。質問以外を口にしたら殺す。いいな」

「…………ッ!」



 切られた耳を抑えて、高速で頭を振る男。

 俺は短剣を男の前にチラつかせながら、目を覗き込んだ。



「お前の知り合いに、黄金の瞳を持った男はいるか?」

「ぉ……黄金……? い、いないっ。いませんっ……! ひ、瞳の色は、そいつが持ってる魔法属性が反映される……お、黄金の魔法属性なんて、聞いたことろろろろろろ」



 どさっ。首を刎ねると、男の頭部は地面を転がり、体は糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちた。



「チッ……ここもハズレか」



 深く息を吐き、短剣をしまう。

 ハズレなのはいつものことだ。今更、一喜一憂することはない。

 だが、数々の任務をこなして既に7年。まだ、あの悪魔のような男の情報は1つもない。



(いつの日か見つけ出して……必ず、殺す)



 内なる怒りと殺意の衝動を感じていると、ドゥーエが「ウノ」と俺を呼んだ。



「どうした」

「それが……」



 珍しく、ドゥーエが困ったような声を出す。

 何か問題でもあったんだろうか。

 急いでドゥーエの所に向かうと、小さな鉄の檻が置かれていた。

 中から、生き物の気配がする。恐らく、亜人狩りが拐った亜人だろう。



「出さないのか?」

「鍵は壊してあります。ですが、出てこなくて……」



 出てこない? 怖がってるのか?

 しゃがみこみ、鉄柵の扉を開けて中を覗き込む。

 と──眼前に巨大な爪が迫ってきた。

 首を傾げて避けるが、マスクの一部が破損し、

口元があらわになった。

 咄嗟に手首を掴み、逃げられないように抑える。

 細い手首。だがパワーは人間のものじゃない。

 それにこの爪と周囲の鱗は……。



「ウノッ」

「大丈夫だ」



 魔法を撃とうとするドゥーエを静止し、中にいる亜人を引きづり出した。

 腰まで長い、赤いボサボサの髪。憤怒に満ちた深紅の瞳と切れ長の瞳孔。人間離れした牙。

 四肢は赤い鱗で覆われ、鋭い爪が生えている。

 腰周りには赤い翼が生えているが、片方は切り落とされ、傷口は燃やされていた。

 恐らく、少女だ。人間年齢で7歳前後。ろくな食事も服も与えられていないのか、痩せこけている。



「やはり、龍人族か」

「ガルルルルルルッ──!!」



 龍人族の少女は、余った方の爪で再度攻撃してくる。

 が、俺も何度も攻撃を受けるつもりはない。

 反対側に首を傾げて避けると、少女の体を優しく抱き留めた。

 その拍子に、勢い余って仮面が落ちる。しまった、一撃目で金具が緩んだか。



「ガルァッ! ガアアアアアッ!!」

「落ち着け。俺たちは何もしない」



 少女は混乱しているのか、恐怖と怒りで暴れる。

 少女とは言え、相手は龍人族。正直、抑えるのがやっとの膂力だ。

 けど抑え切れないほどではない。

 力強く、でも安心させるように抱き締め、頭を撫でる。


 当時……俺が、ゼロにそうされたように。



「安心していい。俺は敵じゃないから。お前を傷つけない。言葉、わかるか? 俺たちはお前の味方だ」

「ガアアッ!」

「今まで怖かったよな。不安だったよな。痛かったよな。……わかる……お前の怒りも、憎しみも……全部、わかるよ」



 俺も、そうだったから。

 今でも、あの悪魔のような男が怖い。家族を殺されて、すべてを奪われて、心が張り裂けそうな痛みが走る時もある。

 だからこそ……誰かが傍にいてくれて、俺は救われた。



「大丈夫、大丈夫だ。もうお前を傷つける奴はいないから」

「ガアァッ……ぁ……ぅ……」



 少女の体から力が抜け、強ばりがなくなってきた。体を離して少女の目を覗くように、真っ直ぐ見つめる。



「……ぁ、ぅ……ぅぅ……ああああぁぁんっ! うぇぇぇえええんっ!」

「おっと。よしよし、よく我慢したな。偉いぞ」



 抱きついてきた少女の頭を撫で、背中を優しく叩く。

 体中、傷だらけだ。いつからここにいたのか、古傷の上に傷が作られている。

 痛々しいな……少しでも、痛みを取ってやろう。



「《陽光の揺り籠サン・クレイドル》」



 小さく揺らぐ炎が少女の体を包み込むと、体から力が抜け、倒れ込むように俺にもたれかかった。

 俺の使える炎属性の魔法には、身体を回復させる魔法はない。

 だけど、熱を調整して人間が安らげる炎は出せる。この魔法に包まれた生物は、体の痛みや精神的な苦痛を無視して安眠することができるんだ。

 さっきまで苦しそうにしていた少女だが、今は指を咥えて熟睡している。


 にしても……困ったな。まさか龍人族を捕まえてるとは。

 龍人族は群れをなさない種族として知られている。それは家族でも同じだ。

 オスは自分の種を残すため、複数のメスに自分の子を産ませる。個体差はあるが、10や20じゃきかない者もいるらしい。だからこの子の父親を探すのは、不可能に近い。

 メスは子供を産むと、狩りや言葉を教える。だが5歳になると、問答無用で独り立ちをさせるらしい。


 龍人族なら、1人で生きていけるだろう。だけど……。

 翼を切り取られ、傷痕を焼いて無理やり塞ぎ、ろくな食事を与えず疲弊させられている。

 こんな状態でこの子を自然に帰しても、直ぐ別の亜人狩りに捕まるか、自然に殺されるだろう。

 それは……あまりに、可哀想だ。


 俺はローブを脱ぐと、少女を包み込んで抱き上げた。

 軽い。あまりにも、軽すぎる。



「ウノ、どうするのですか?」

「連れていく」

「……ゼロが許すでしょうか」

「わからない。でも、このまま放っておけない」



 ゼロが、俺を助けてくれたように……俺も、この子を助けたい。

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