違法能力《イリーガル・スキル》〜最強アサシン、幼女を拾い育てる。〜

赤金武蔵

プロローグ

過去と今

「知っているかね? 殺意は、鈍く輝いて見えるんだ」



 ──血濡れの悪魔は、歌うように囁く。


 数時間前までの平和な日常は過去となり、記憶となり。

 今はただ、残酷なまでの現実が目の前に広がっていた。


 床も、壁も、天井も、窓も。すべてがどす黒い鮮血で彩られている。男の背後には三日月が浮かび、現状を嘲笑っているかのようだ。


 座り込むのは、年端もいかない少年。

 少年の目の前には、父と母と妹だったものが転がっている。

 いつも優しく、家族の中心であった父。

 笑顔が綺麗で、時に厳しくもあった母。

 ようやく歩き始め、天真爛漫だった妹。


 動かない。壊れたおもちゃのように、動かない。

 四肢がもげ、頭部が転がっている。


 五歳を迎えたばかりの少年だが、これが『死』だと直感した。



「少年。私が憎いかね?」



 男はもがれた四肢を踏みつけながら少年に近付き、膝をついて顔を覗き込んだ。

 死者を冒涜するような笑みと、黄金のように輝く瞳が、少年の脳裏に焼き付く。

 途端に湧き上がってきた、言葉にできない感情。

 ぐつぐつと煮詰まり、黒く、暗く、すべてを飲み込む闇となって、少年の心を染めた。



「そう。それが殺意だ」



 殺す意思を感じ取った男が、より邪悪な笑みを浮かべる。

 男の指が、少年のひたいに触れる。

 指先に黒い光、、、が灯り、ひたいを通じて少年の体の中へ入っていった。



「ガッ……ぐっ、ギャッ……!?」

「これは私の力の一つ。君に差し上げよう」



 男の声が遠くなる。

 痛みと苦しみで、何もできない。

 少年は頭を抑え、泣き叫んだ。



「その感情を忘れないことだ。大事に育み、慈しみ、尊び、大きくし……いずれ──」



 そこで、少年の意識は闇へ落ちていった。

 底知れない、闇の中へ。



   ◆12年後◆



「──……また、夢か」



 見慣れた灰色の天井に、安心と虚無を覚える。

 ひたいに張り付く汗が気持ち悪い。なんだか吐き気もする。

 いや、これ……吐く。



「うっ、おぇっ……!!」



 間一髪、ベッド脇のゴミバケツに胃の中のものを全部吐き出す。

 食道から口にかけて、焼けるように痛い。

 嫌になるが、この痛みももう慣れた。

 すべてを吐き終え、俺は常備している安定剤を水で流し込んだ。


 ベッド脇に座り、落ち着くまで灰色の壁を見つめる。

 四方を灰色の壁で囲まれ、家具はベッドと机、椅子、小さな棚、鏡のみ。

 鏡に映る俺の瞳は、右は赤く、左は黒い。どちらも光はなく、ただ暗い闇を孕んでいる。

 俺の上背より高い位置にある窓からは三日月が見える。あの時、悪魔が背負っていた時と同じ、三日月が。



(あぁ、だから安定しないのか……)



 この日は無意識にあの時のことを思い出してしまい、精神が乱される。

 頭痛に似た目眩を覚えていると、鉄の扉が控えめにノックされた。このノックと外の気配。ドゥーエか。



「ウノ、ゼロが呼んでいます」

「わかった。すぐ行く」



 椅子に掛けていた黒のローブをまとい、扉を開ける。

 扉の先には、俺と同じ黒のローブをまとっている金髪の女……ドゥエが立っていた。

 青い瞳に光がない。何を考えているのかわからない、底知れないものを感じるが……それは俺も同じか。


 ドゥーエを伴い、薄暗い灰色の廊下を進む。

 鉄の扉が、左右に一定の間隔で置かれている。それ以外の特徴はない。

 音を立てれば絶対に反響するであろう廊下だが、人2人が歩いているのに、衣擦れの音も足音も反響しない。完全な無音だ。

 無音の中、歩き続けること数分。廊下の最奥に、一際大きな扉が見えてきた。

 観音開きの鉄扉には、左右にガーゴイルの紋章が刻まれて、来る者を迎えている。

 俺とドゥーエが扉の手前で立ち止まると、2体のガーゴイルの目がギョロりと動き、俺たちを見てきた。



「俺だ」

『──通レ──』



 腹の底から冷えるような声を発し、扉が自動的に大きく開かれる。中から冷気が漏れ出ると、俺の頬を刺すように撫でた。

 中は昼白色の電灯で照らされていて、薄ら寒い雰囲気を感じる。

 部屋の中には、何も無い。上下左右、灰色で無機質な壁だ。

 そんな部屋の中央に、杖を片手に立っている男。見た目年齢は30歳かそこらだが、髪の毛はすべて白く染まっている。糸目は完全に閉じられていて瞳の色はわからないが、アンダーリムの眼鏡を掛けていた。

 俺たちの着ている黒のローブとは違い、白い修道服のような服を着ている。文字通り頭からつま先まで、全身真っ白だ。



「やあ。ウノ、ドゥーエ。いらっしゃい」

「ゼロ。任務か?」

「まあまあ。そんなに急がず、ゆっくりしていってくれたまえ」



 ゼロが杖で床を小突くと、どこからともなく白い椅子とテーブル。お茶の入ったカップが3つ現れた。お茶からは、まるで今淹れたかのように湯気が立っている。

 すでに見慣れた御業に、俺とドゥーエは無言でゼロを見つめた。



「さあ、どうぞ」

「いらない」

「ウノがいらないのなら、私もいりません」

「それは残念だ」



 ゼロは1人で椅子に座ると、お茶をすすって息を吐く。



「さて、なら早速話しをしよう。お察しの通り任務だ。今回は亜人狩りの殲滅だよ」



 ──亜人狩り、か。

 亜人とは、人間とは異なる種族のことを言う。

 個体数は少ないが集落を形成して暮らしていて、大陸の各所に存在する。

 犬や猫、兎などの獣の特徴を持った、獣人族。

 背が小さく筋肉質で、鍛造に精通しているドワーフ族。

 美しい容姿に長い耳、全種族の中でもっとも長寿な、エルフ族。

 他にも様々いるが、亜人狩りというのはそういった亜人を拐い、奴隷商に売り渡す奴らのことだ。


 ゼロから紙を手渡され、任務の詳細を頭に叩き込む。

 アジトは山を2つ越えたところにあるらしいな。これなら、3日もあれば帰って来れそうだ。



「わかった。早速行ってくる」

「あ、待って。この任務はドゥーエと一緒に行ってもらうよ」

「……手強いのか?」

「念の為、ね。僕の弟子の中で最も優秀な君なら問題ないと思うけど、念には念を入れてだよ」



 相変わらず胡散臭い笑みを浮かべるゼロから視線を外し、ドゥーエを見る。

 元から知っていたのか、今聞いた上で驚きはないのか、ドゥーエは無表情のままだった。



「ドゥーエ、行けるか?」

「はい。ですが、最低限の準備は必要かと」

「わかった。10分後、出口集合」

「了解」



 ドゥーエは頭を下げると、足早に部屋を出ていった。残されたのは俺とゼロだけだ。

 静寂が流れる室内で、俺はそっとため息をついてゼロに視線を向けた。



「……で、誰が優秀だって?」

「事実じゃないか」

「俺はお前に何回才能がないって言われたと思ってる」

「3604回だっけ」

「……覚えてんじゃねーか」



 ゼロはくつくつと笑って再び杖で床を突くと、椅子もテーブルもカップも、すべてなかったかのように消えた。

 座ったままのゼロは、今は空気椅子のように空中に座っている。相変わらず、どういう原理なんだ、それ。



「血塗れた君を拾って、12年か。月日が流れるのは早いものだね」

「ああ。……いつも、感謝してる」

「よしてくれ、気持ち悪い」

「テメェ」

「冗談だよ」



 ……やっぱ俺、こいつ嫌いだ。



「……それじゃあ、行ってくる」

「重々、顔は見られないようにね」

「ああ」



 部屋を出ると、懐に入れている髑髏をモチーフにしたフルフェイスの仮面をつけた

 素顔を隠すためのものだが、長時間つけていても蒸れないような魔法が仕込まれていて、外に出る時はつけるのがルールだ。


 準備を整え、直ぐ横に刻まれている魔法陣に手をかざす。

 この魔法陣は、出口に直結する転移魔法が組み込まれている。

 出口は日々ランダムで変わり、今日と明日では出る場所が違う。原理はわからないが、知る気もない。

 魔法陣に魔力を流すと、魔法陣が白く光る。

 直後──目の前が暗転し、直ぐに明るさを取り戻した。

 と言っても、今は深夜。周囲は暗く、自分の気配しかしない。まだドゥーエは来てないみたいだ。

 今回の出口は森の中か……空に瞬く星々が綺麗だな。


 待つこと数分。地面に魔法陣が浮かび上がり、ドゥーエが姿を現した。

 顔には俺と同じ髑髏をモチーフにした仮面が付けられている。パッと見、俺と同じ風貌で、第三者からしたらどっちがどっちかわからなくなるだろう。



「ウノ。お待たせしました」

「いや、定刻通りだ。行くぞ」



 ドゥーエを連れて、森の中を駆ける。

 かなりのスピードで走るが、ドゥーエは難なくついてきた。このスピードなら、明日にはアジトに着くはずだ。



「ウノ、もう少しゆっくり走りませんか?」

「ん? どうした。体調が悪いのか?」

「体調は万全です。ですが早く着きすぎても、疲れが溜まって万全の動きができなくなります。こまめに休憩を取りつつ行きましょう」



 ふむ……確かにドゥーエの言うことも一理あるな。

 アジトの場所は割れているんだ。急ぐ必要はないだろう。



「わかった。休憩のタイミングは任せる」

「了解」



 お互いに示し合わせ、走るスピードを落とす。

 暗い暗い森の中、俺たちは亜人狩りのアジトを目指すべく、駆けるのだった。






 3日後。予定よりもだいぶ遅くなったが、問題なく目的地に辿り着いた。

 目の前にある深い洞窟。あの中が、亜人狩りのアジトらしい。



「ドゥーエ、行けるな」

「いつでも」



 返事をしたドゥーエの手には、青い魔力が揺らいでいる。

 殺意は感じられない。ただ淡々と仕事をするマシンのようだ。

 俺も、右手に赤い魔力を集中させる。

 準備は整った。



「行くぞ。──殺しの時間だ」

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