ナーサリーライム

灰雪あられ

第1話 オールドマザーグース




横を見ると眩しくて、目を細めた。

トラックだ、と思ったらかれてた。




………




バッと跳ね起きると、ハッハッハッと荒い呼吸が聞こえた。


「……こっわ」


夢だと分かって呼吸が落ち着いた今でも、鼓動こどうが耳の中を揺らしている。


「こっっわ…」


なんとも言えない不安に包まれて、泣きそうになって、ねえちゃんを呼ぼうとした。

それで、気づいた。


「ちが……私の…部屋、じゃ、ない?」


せわしなく首を動かす。


アンティークっぽい壁、イス、ドア…


「ガー、ガー」


窓、カーテンにベッド…。


「ガー、ガー」


昔の西洋の家みたいな、


「ガー、ガー」


うっるさいなぁ!

なに?ガチョウ⁈なぜに⁈

思わず立ち上がって、窓の外を見つめていた。

すると、おばあさんの声が聞こえた。

声のした方を見ると、なんか、なんか魔女みたいな人がいた。

なんか、勝てない。何かが違う。

そんな気がした。


「待ちくたびれたよ。我がいとしき子」


…?

…??

訳わかんない。


「どうした」


どうした?


「あぁ、目が覚めたばかりだからね。動揺してんのかい」

「配慮が足りなかったね。すまなかったよ」

「…いや…だい、じょぶです」


いや、誰なの。

なんなの。

わけわかめ。


「お前さんがトラックに轢かれたのは覚えておるか?」

「えっ轢か…れた、けど…夢の、中で」


体がブルっと震える。

何で知ってるの、と言おうとしたところで、フッとおばあさんが微笑んだ。


「覚えておるなら話が早いわ。よかったわい」


いや、なにが?

なんなの?

誰なの?

なんなわけ?

なんのことかさっぱりわからなくて、ずっとわからなくて、なんだかイライラしてきた。


「…何にも、何にもよくないんですけどぉ!」

「ココどこで、アンタどちら様ですかぁ⁈」


おばあさんは悲しげな顔をした。


「そうキンキン声で怒鳴るでない。ちゃんと説明してやるでの」

「じゃあはやく説明して欲しいんですけど。私、誘拐されたわけ?」


自分で言葉にしてゾッとした。

そうだ。そうなんだ。私、この人に誘拐されたかもしれないんだ…。

ツゥッと冷や汗が流れる。


「まぁ、ある意味そうなるのかもしれんの」


震えながらキッとおばあさんをにらんだ。


「誤魔化さないで。ちゃんと説明して。」


「ちゃんと説明すると言うたじゃろ、まったく最近の子どもは…」とおばあさんは頭を振った。

腹立つわぁ、緊張感返せ。


「わしはお前さんを誘拐しとらん。じゃが、この世界が無理やりお前さんを呼んだのは確かじゃ。」


言葉の意味は分かるのに、何を言われているのか分からなかった。

なんでこんなことになってるんだろ。

なんか泣きそうなんだけど。


「いいかい?お前さんが産まれた世界とお前さんが現在いまいる世界は別物なんじゃよ。」


顔面に水をぶっかけられたかのような心地がした。

何を言ってらっしゃるのか。

ヤバい。ヤバい。

このおばあさんヤバい人かもしれん。

ついさっきまでとは少し違う感じの冷や汗が出た。


「まぁ、耳で聞いても分からんじゃろ。目で見て、肌で感じた方が早いからの。初めからそうするべきじゃったか。」


なにが?という言葉は、おばあさんの歌声のせいで飲み込んでしまった。

すてきー。

なにごと?


「マザーグースのおばあさん

 散歩をしたくなったなら

 あちこち空を翔けてゆく

 綺麗なガチョウの背に乗って」


ハッと手を見ると、おばあさんに手を引かれていた。


「こっちじゃ」


どこかに連れて行かれそうになり、足を精一杯踏ん張った。


「ちょ、まっ、痛っ…、ババア!」


ほんの少し前まで、私の足の踏ん張りとおばあさんの引っ張る力は拮抗していた。

あの一言が良くなかったのかもしれない。

急にものすごい力で引っ張られ、容赦なく引きずられた。


「いったい!痛いってば、力強いなぁ!」

「ちゃんと説明するんじゃなかったっけ⁈」


抵抗虚しく、ズリズリと引きずられてしまった。

足痛い。


「マザーグースの住む家は

 森の中の一軒家

 一羽の梟ドアにいて

 見張り役に励んでる  」


また歌いだした。このマイペースおばばめ。

あっという間にドアを開けたおばばは、私を外へと引きずり出した。

木、木、木、森…と自分のいる場所に混乱していると、「ホーホー」という声を耳にした。

横を見て、生唾をゴクリと飲み込んだ。

ギラギラとした目の梟が、一羽、たたずんでいた。


「マザーグースのおばあさん

 散歩をしたくなったなら

 あちこち空を翔けてゆく

 綺麗なガチョウの背に乗って」


「また、なに歌って…」


「ガー、ガー」


気づくと、横に、人が乗れそうなくらい大きなガチョウがいた。


「うわっ‼︎でかっ!どっから出てきた、そういやいたなガチョウ!いや、でかいな!」


驚くべきことに、おばばはビッグなガチョウの背に乗った。


未だにおばばは私の手を握っている。

なぜ離さない、おばば。

嫌な予感に襲われたとき、おばばと目が合った。

おばばはニコッと微笑んだ。


「…おばば?…おばば⁈」


あの一言はちゃんと封印したのに、おばばは私を荷物のようにガチョウの背に乗せた。


「ババアなにする…⁈」

「じきわかるじゃろ」

「ちゃんと説明するって言ったじゃん!嘘つき‼︎」


「ガー、ガー!」


ささやかな抵抗をしていると、ガチョウが羽ばたいた。


「浮いてる…飛んでる…」

「ガー、ガー?」


呆然としていると、おばばは誇らしげに言った。


「すごいじゃろ!どこまでも飛んで行けるんじゃぞ!」

「地面遠い…遠い…死ぬ…」

「ガー!ガー!」


可哀想な私。

おばばのせいで気絶した。

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ナーサリーライム 灰雪あられ @haiyukiarare

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