継ぐもの
妹
第1話
和田島さんが死んだ。なんで死んだのかは知らない。なんか気付いたら死んでた。だから、私は休みの日なのにわざわざ学校の制服を来て、お葬式に来ている。
私にとって生まれて初めてのお葬式。それが和田島さんのお葬式になるとは夢にも思ってなかった。てっきりおじいちゃんかおばあちゃんのお葬式がはじめてになると思っていた。世の中って不思議だ。
お葬式は初めてだからよくわからないままでいたら、いつの間にかお焼香ってやつの列に並んでいた。
結構並んでて暇。そうなるとやっぱり自然と和田島さんのことを思い出す。
和田島さんは近所に住むお姉さんだった。私が小さいころから今日までずっと変わらずお姉さんで、小さいころはよく遊んでもらっていた。
和田島さんは私がなにをしても褒めてくれた。
鬼ごっこで和田島さんにタッチできたときも「すごいねー! 天才!」と褒めてくれたし、かくれんぼで和田島さんを見つけたときも「名探偵! 天才!」と褒めてくれた。
幼稚園でしたダンスを見せたときも「言葉では表現できないけどなんかすごい! 天才!」と褒めてくれたし、はじめて折り紙で鶴を折っているときも「折ったときに紙がズレてなくてすごい! 天才!」と褒めてくれて、補助輪付きではじめて自転車に乗れたときも「補助輪つけるとか天才!」と褒めてくれた。
和田島さんはもうことあるごとに褒めてくれた。褒めてもらえるのが嬉しくて、私は和田島さんと遊ぶのが好きだった。
和田島さんの褒めっぷりは小学生になってからも変わらなかった。テストで百点取ったときも徒競走で最下位になったときも逆上がりができたときも「うーん。よくわからないけどすごい! 天才!」と褒めてくれた。
幼稚園児のころからうっすら気づいてはいたけど、小学生になるともう完全にわかってしまっていた。いくらなんでもおかしいと。褒められたことは別にすごくもなんともないことばかりだ。
鬼ごっこもかくれんぼも幼女だった私の相手をしてくれていただけだし、ダンスも別に上手なほうじゃなかったし、鶴は折り方間違えてたし、補助輪ついててもコケた。
テストだってクラスのほとんどは百点のテストだったし、徒競走最下位の天才とか意味分からない。逆上がりについて結局出来ないままのクラスメイトいたから、わたくしが天才の可能性はまだある。
とにかく気付いたのだ。和田島さんは私がなにをしても天才と褒めてくれる。でも、私は逆上がり以外は天才じゃない。
つまり和田島さんってすんごい褒め上手。やばい。
そんな褒め上手な和田島さんのこと思い出しているとお焼香ってやつの順番が来た。隣のお母さんの真似して、灰皿みたいなやつに砂みたいなやつをぱらぱらして、なんか手を合わせて終わった。
相変わらずよくわからないままお葬式は進行していき、なんか最後のお別れをみたいなやつになった。
みんな和田島さんの棺桶の前に大集合している。中に物を入れたり声をかけたり泣いたりしている。
私もみんなと同じように棺桶の中を見てみる。そこには眠っているようにしか見えない和田島さんがいた。
棺桶の中の和田島さんは綺麗なときの和田島さんだった。綺麗というのは美人という意味ではない。
別に生きていたときの和田島さんは不細工ではなかった。美女でもなかったけど、まあこういう感じの好きな人はいるだろうなという感じだった。普段は割りと自然派なんだけど、たまにやたらとビューティーになるときがあった。そのときに聞いたら五時間美容室にいたらしい。五時間も美容室でなにをするのか当時小学生の私にはさっぱりわからなかった。
今、棺桶の中の和田島さんは普段の自然派というよりビューティーよりの和田島さんだった。
亡くなった人を綺麗に整えてくれる人がいるらしいから、そのおかげなのかもしれない。ここに来る前に軽くお葬式について調べたらネットにそう書いてあった。それによるとお化粧とかもして、鼻とかに綿を詰めたりするらしい。それか死ぬ直前がビューティー和田島状態だったかのどっちかだと思う。
棺桶の中のビューティー和田島さんの鼻とかに綿が詰まっているとか思うと笑えてくる。いや、笑っちゃダメだ。そんな空気じゃない。さすがの私でもそのくらいわかる。
多分泣いたほうがいいのだろう。だけど、泣ける気分でもない。だから私は嘘泣きをする。
「えーん! えんえんえん! 和田島さーん! えーんえんえん!」
これも昔、和田島さんにお披露目したとき「天才!」と褒めてくれた。
そして、そのとき和田島さんは教えてくれた。
『もしその嘘泣きでダメだったときは全裸で土下座して靴舐めたら大体のことはなんとかなるよ』って。これは私が和田島さんに教えてもらった唯一のことだ。他には特に教わった記憶はない。
そのときはなに言ってるかよくわからなかったから、『う、うん』って適当に返事しておいた。
それからしばらくして、和田島さん誰かに全裸で土下座して靴を舐めようとしているのを偶然見かけたときにすべてを理解した。本当に最後はこれをしたらなんとかなるんだと。実際、そのあと和田島さんに会いに行くとえへえへと全裸で呑気に笑っていた。なんとかなっていないと全裸で笑ってなんかいられないはずだからなんとかなったんだと思う。
まだ私は全裸土下座靴舐めをしたことはないけれど、それがきっと大人になるってことなんだ。だから、いつか私も――。
そんなことを考えながら嘘泣きをしていると本当に悲しくなってきた。もう和田島さんには会えないんだとようやく気付いた。めっちゃ嫌だった。なんとかならないのか。いや、なるはずだ。なるに決まっている。
私が和田島さんに全裸土下座靴舐めしたらいいんだ。生き返ってくださいって靴舐めたらいいんだ。そうすればなんとかなる。そう和田島さんが教えてくれたのだから。
今こそ私は大人になるときなんだ。棺桶の中で横になっている和田島さんの顔を見ながら私は決心をした。
その瞬間、和田島さんの目がぱちりと開いて、私とばっちり目が合った。
むくりと和田島さんは起き上がり、肩をいからせてからふんと一息。鼻から綿がすぽぽんと飛び出す。口やら耳からも綿を自力で取り出して、和田島さんは周りをきょろきょろと見渡す。
みんな呆然と突如生き返った和田島さんのことを見つめていた。
和田島さんをそんなみんなのことを見渡したあと、数秒動きを止めた。そして真顔で死に装束の襟に手をかけた。その瞬間、呆然としていたみんなが一斉に和田島さんに飛びかかった。みんな和田島さんがなにをしようとしたのか
そのまま和田島さんは棺桶に戻され、素早く棺桶の蓋が閉じられた
「出棺!」
誰かが叫んだ。和田島さんが入った棺桶はあっという間に霊柩車に積み込まれ、出発のクラクションが鳴り響いた。キュルキュルとタイヤから煙をあげ霊柩車はあっという間に走り去っていった。
私はそれをただ見ていただけだ。
霊柩車が描いたタイヤ痕から視線を上げると、そこには雲ひとつない青空があった。
「R.I.P. 和田島イサキ」
和田島さんのお葬式が終わってしばらく経った。あれから和田島さんがどうなったのかはわからない。あのときはノリでR.I.P.とか言っちゃったけど、流石に生きてると思う。あのまま焼かれてるわけがない。
元々和田島さんは失踪癖みたいなのがあるから、実はそんなに心配していない。お葬式もそれのせいで最後までいまいち実感がなかった。
和田島さんは生きているはずだ。だから、そのうち顔を出してくれると思う。そのときには私はもう大人になってしまっているかもしれないけれど、そうだとしたら、それまでに私はなりたい。
和田島さんに「天才!」と言ってもらえるような、全裸土下座靴舐めができるビューティーな大人に。
継ぐもの 妹 @imo012
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます