12日目: 回想録・・・別に浸っちゃいないんだからね!

 今日は引っ越し当日。

大分、紆余曲折を経たが、なんとかこの日に漕ぎつけた。色々あった問題も何とか片付け、どうにか退去日には引越しができることとなった。

結局、出来た片付けは7割。我ながら、できとしては良くない状態だったのだが、・・・まぁ、引っ越し業者さんはすごいねぇ。一人では2週間かけても終わらなかった量を、あっという間である。引越し始めて2時間後には綺麗サッパリなくなっていた。素晴らしい。

あとはいらない物たちを捨てて、掃除をすれば、あら、綺麗!

見渡す限り何もなくなった部屋を見渡して・・・感慨深い、か?と言われれば、なんかそうでもない。「ボク」はあんまり感傷に浸るタイプではない所為あるのかもしれないが、それ以上に、住み慣れた、というには2年未満はあまりにも短い期間であった。思い出の傷はないし、悲しい時に語らいあった隣人もいない。この家の一押しスポットは…ネトゲ用PCを置いていたが、腰痛になってからはついぞ座ることのなくなったキッチンのテーブル?だろうか?それももうない。それでもなんとか振り絞って思い出を回顧してみると、確かに色々なイベント事があったのは事実なようで、、、


初めて「おかたん」と一緒に住み始めたのは正にここだった。

結婚式(は地元だったが)を挙げ、入籍の書類を出しに行ったものここだった。それまでは双方通いの日々で(今思うとよくやったものだ、と自分をほめたくなる。何せ片道5時間半のドライブを月に2回以上も繰り返していたのだ。しかも滞在時間は1日と少し。何て健気な旦那でしょう?)、一緒に住み始めたら金銭的にも時間的にも余裕が増えたのは確かだった。

でも、それ以上に、自分でいうのもなんだが、甘えん坊気質のある「ボク」は(「おかたん」には今も秘密である、いや最早墓まで秘密にする気満々だが)、ずっと一緒に暮らしたいと思っていたので、同居が始まるのは本当に嬉しかったのを覚えている。まぁ、同居始めてからは仕事の所為で、そこまで一緒にいられたか?と聞かれれば、大声でNOと答えるが。

そして、新婚旅行。二人で決めた旅行先であるオーストラリアに旅立ったのもここからだった。

夜便で出発して、朝に現地入り。その時点で疲れ果てていた「おかたん」を率いて、知らない街に繰り出したのもいい思い出だ(あれ?飛行機にやられてシャットダウンしかけていたのは「ボク」だったか?いや、そんなことはない!)。

結局、やりたいことを詰め込みすぎて、誰かさんは最終日を前にして力尽きてしまい寝込んでいたが、全体的には楽しい旅行だったと思う。旅行の中で「おかたん」のいろんな一面を見れ、不覚にも『可愛いな』と思ってしまったことも一度や二度ではなかった(のも秘密である)。

そして、帰ってきてからの苦行の日々。それも今ではいい(?)思い出でである。お願いしていた仕事が、まさか1ミリも進んでいなかったことを当時の上司のあいつが、

『 ごめんね、忙しかったからさ。』

で終わらせてくれた時はもう目の前が真っ暗になったものだ。それから客先に謝りの電話や、打合せの再設定などなど、本当に泣きたくなったのを覚えている。結局「ボク」は、の所為でこじれにこじれた仕事を何とかするために、某○田市と横浜の間を何度も往復する羽目になったことか。早朝帰りも何度もして、旅行分の倍も働いたような気がした二週間だった。

あ、泣きたくなったで思い出したが、帰国した「おかたん」は力尽きた所為か更に風邪をこじらせ、1週間寝たきりだった。予定していた演劇もキャンセルせざるを得なくなり、旅行先で鍵をなくして、おニューのカバンも壊さざるを得なかったこともダメージになったのだろうか?色々溜め込みすぎて、一人泣き伏せっていたのも今では笑い話だ。


そして、一段落したのかしてないのかわからないまま、新年度を迎え、GWも明けた5月のある日。

意外と早く仕事を見限り帰宅した「ボク」の、日が変わる前のささやかな寝酒タイムを

『 赤ちゃん、できたみたい』

という「おかたん」の一言がぶち壊したのも、ここだった。

当時は当然何を言っているの理解が追い付かず、真っ白になりかけた頭で、

『 オー、ヨカッタナァ、オメデトウ。アリガトウ』

機械的な言葉をひねり出したものだ。とりあえず場をごまかす為に、「おかたん」にハグをしたりして。きっと「おかたん」には動揺を微塵も悟られてはいなかっただろう。我ながら人生史上、最優といっていい完璧な演技だったと思う。

それからは何やらあっという間で、最初こそ見た目も、生活も変わらなかったが(実は冗談なんじゃないかと思ったほど)、急に夜中気持ち悪くて眠れないだの、ご飯の匂いがきつくて食べられないだの、言い出すようになっていった「おかたん」。

日に日にげっそりしていくのは分かるのだが、そのつらさが今一よくわからない自分に(無理してでも食いなよ!せっかくおいしく作ったんだから!と逆にこっちがいら立つ始末)もどかしさを覚えたのもこの部屋での出来事だった。つわりが酷い「おかたん」を心配し、色々調べて食べられそうなものを作っても、結局食べれず、腹いせに焼きサンマを作って一人で食べていたら大いにひんしゅくを買った事もあったし、つわり明けの猛獣「おかたん」の食欲を満たすために腕によりをかけたのもここだった。

赤ちゃんが生まれてからではいけなくなるからと、日光東照宮の位牌公開に日帰り旅行に出かけ、「ボク」のガラスの腰に罅が入ったのは記憶に新しい。

『 将軍様をタヌキ呼ばわりするからだよ』

と後で「おかたん」に怒られたりもしたが、信長派の「ボク」としてはそこは譲りがたかったりもする。結果、年末のスキーで腰が砕け散り、引っ越しにも支障をきたすのだが、それはまた別の話。

そうこうしているうちに、「おかたん」が里帰り出産の為に、帰郷することになってしまった(まぁ、里帰り(笑)であり、帰って速攻入院になったが・・・)。辞めることが決まったあとの一人の生活は、ここ数年で一番心にゆとりのある時間ではあった。まぁ、少し寂しかったりもしたけど。

そうそう、辞めるといえば、二回目の公務員試験に向け、勉学に邁進(?)したのもこの部屋だったな。あれ?勉強したっけ?

そんなことを明かりも撤去してしまい物もなくなった部屋で考えていると、涙が自然と流れては・・・来ないわけで。不思議と気分は気楽なもので、

『 さぁ、行くか!』

の掛声一つ。8時間のドライブに出るのだった。

何せ明日の朝には引越しの荷物を新居で受け取らねばならない。

朝一で、新居のカギを借り、そのまま新居にて荷物の受け取り。

いや~まだまだハードワークが続くねぇ、頑張れ「ボク」、走れ我が愛車のCX-3よ!

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