6日目:腰痛、you too!

 『 帰って来たぞ~』

 ここは○浜市に聳えるの古びた社宅の一室である。

 「史たん」と初めての一夜を過ごした「ボク」だったが、その余韻も冷めやらぬまま、お昼過ぎの新幹線で一人帰宅したのだった。

 時計を見ると、現在時刻は17時少し前。いや~我ながら怒涛のような一週間だった。


 ホッと一息ついた我が家は3LDKと中々の広さを備えた築30年だったか?40年だったか?の歴史ある5階建てアパートの2階部の一室である。断熱性能が低い為に、冬寒く、夏暖かいという良質な居住環境の上、ところどころ壁や床にはキズが見受けられ、先人たちの生活が感じられるというアットホームさ。にも拘らず、家賃が10万を軽く超えるという全然アットホームでない価格設定にびっくりの物件である(まぁ、会社の福利厚生で半値以下で住むことはできているから、文句としてはないのだが。ただ、半ブラックな所為か睡眠時間込みでも平均7時間ほどしか滞在が許されていないことも考慮すると、もう少し安くしてくれてもいいんじゃないかなぁとも思えなくもない。)。

 と、そんなことをいいつつもここ数年、二人で住んでいた我らの城である。思い入れのある家具たち、きれいに飾られた二人で行った旅行の思い出、使い古したPC、そしてゲーム。それらを目にし、それらに囲まれると帰って来たな~という感慨がわくから不思議である。そして、それが全身に広がり切るとまぁ、自堕落な気分を加速させてくれる。

 そんな訳で、家に着くなり、荷ほどきそっちのけで、ソファベッドへダイブした「ボク」。大の字になり、焦点の定まらぬ目で天井をぼぅと見つめる。

 思考としては、お風呂をやって、ご飯を作って・・・などと夢想にふけってはいるものの体は全く動く気にはならない。いや、それは正確ではないな。正確には動こうにも動けないのだ。というのも、この時の「ボク」は重度の腰痛を抱えていたのだ。

思い返すこと9月。身重の「おかたん」を連れ、二人っきり最後の旅行とばかりに日光東照宮までの片道3時間の長時間ドライブをしたのが引き金だった。その後、恒例の1月のスキー(我が家は新年明けに、なぜか親しいものが集まって泊りがけのスキー合宿に行く風習があるのだが)で大転倒をかましてしまい、これをとどめとばかりに悪化した腰は日常生活に多大なる影響を及ぼすほどになってしまっている。

どれくらい痛いのか?というと、座ると疼痛で、いてもたってもいられなくなり、かといって、立ち上がろうとすると激痛で足に力が入らず、立ち上がることがままならないくらいである。そして、頑張って立ち上がっても、背筋を伸ばすことができないので、一度腹ばいになってストレッチ(腹ばい状態から上半身のみを持ち上げ逸らす、通称「アシカのポーズストレッチ」)をしなくてはならないという有様。まぁ、世の腰痛もちの方々から、そんな程度のものか?と言われる程度かもしれないが、本人的にはかなりきついのである。

 結局、今日も今日とて寝転んでしまった事を後悔しながら、寝返りをうち、アシカのポーズから立ち上がる。

 『 あ~腹減った。ってか、さむっ』

 思わず出た言葉に苦笑しながら、時計を見るとなんとびっくり、帰ってきてから一時間が経過していた。どーりで足先も寒い訳だ。

 寝てたのか?寝てた覚えはないけれど‥と思いながらスマホを見ると、ラインが数件。

 どうやら「おかたん」からの様だ。

 あまり内容は見ずに、とりあえず

 『 無事についたよ~』

 とだけ、ラインを送り、明日に向けての準備に取り掛かる。

 ご飯を作り、お風呂の準備をしていると、不意にスマホが鳴動を始める。

 着信か?珍しい。

 と思いながら、スマホの画面を見ると「おかたん」だった。ってか、半日前まで一緒だったのにもう電話か?物好きだな~と思いながら、スマホを手に取る。というか、普段の言動を聞くに、「おかたん」はあんまりおしゃべりが好きではない・・・と思っていたが、「ボク」相手だと、そんなことはないらしい。女の子な部分を新発見したことにほっこりしつつ、スマホの終話表示に指をかける。

 え?何故?って?いやだって、めんどいじゃん?これからご飯だし。

 そう、基本「ボク」は電話が好きではない。かけるのも嫌いだが、かかってくるのはもっと嫌いだ。なぜなら、こちらの事情を一切鑑みないその厚かましさと、自分のメンタル面の準備ができていないこと、それになにより自由な時間を侵害されている気がすることが腹立たしいからである。だから、余ほどでなければ、無視かよくて塩対応。

 その上、今は疲れているのと、何よりお腹が減っている。だから、終話ボタンを押すのになんら躊躇いはなかったのだが、、、

 ここでふと考える。切ると増えるのではないかと?何がって?そらぁ、この後の拘束時間がである。きっと後々、病院の消灯時間がどうのとか、周りに人がいるのとか言われながら、その上で溜まった愚痴までぶちまけられるのを想像すると、、、もうそれだけで面倒くさい。という訳で、今回は仕方がなく、通話してあげることにした。偉いね、「ボク」。

 通話ボタンを押すと、半日振りの「おかたん」の声。

 『 今、大丈夫?』

 こういう出だしでいつも思うが、大丈夫じゃなきゃ電話なんかとらないだろうに?それをそのまま言いそうになって、危うくブレーキ!気を取り直して、極力やさしめに

 『 ん?あー、んー、まぁね、でもお腹減ったから少しだけだよ~』

 と答える。できた旦那である。

 『 「史たん」の授乳終って時間が出来たから、かけてみたんだけど、退院の日が大体決まったよ~』

 と「おかたん」。

 え?そうなの?そんなに早く退院手出来るものなの?妹の時なんか(妹は9ヵ月ほど前に第一子を出産している)、帝王切開の所為か出産後も半月以上退院できなかった気がするんだけど・・・などと思いつつ、

 『 え?そうなの?早いね?』

 と答える。

 『 検査結果にもよるんだけど、自然分娩の場合は1週間くらいが目安みたい。だから、あさってくらいには退院になると思う。うちはと~っても痛かったけど、安産だったからそのくらいで退院なんだって。』

 マジか!女性の体ってマジですんごいね。そう思って返答する。

 『 へ~良かったじゃん。じゃぁ、「史たん」も?』

 『 んーん、「史たん」はまだ保育器なんだって。2500gを超えないと退院できないらしいの。「史たん」は飲むのも下手くそで、量もあんまり飲めないから、まだいつになるかは分からないんだ。もしかしたら、一週間くらい離れ離れかもって。』

 なかなか厳しい話である。せっかく生まれたのに、早くも離れ離れとは・・・

 『 え?じゃあ、母乳はどうするの?ずっとミルク?』

 『 毎日搾って届けろって言われた。』

 『 え゛?そうなの?片道1時間以上あるのに?』

 『 うむ、それがお母さんの務めって言われたらどうしようもないでしょ?この病院泊るとこもないから、通うしかないんだよね』

 『 そっかぁ、一人だけ退院なんてさみしいね。でもゆっくり寝れる最後の時だと思ってさ、養生しなよ。』

 『 そだね、でも腰が痛くって寝れるかなぁ?』

 『 そうだね、腰が痛いと寝れないよね。寝返りしたくって起きちゃうもんね』

 『 そうそう。そうなんだよね、早く治ればいいなぁ』

 全く持ってその通りだ。なんだろう?これって妊婦同士の会話だったっけか?とか思いながら、この後もう少し腰痛エピソードについて「おかたん」と他愛無いおしゃべりをするのだった。

 腰痛は〔産み〕の苦しみなんだね~(笑)。産んでないけど。

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