第2話 6

『――ステラ・ノーツはハイソーサロイドである。

 マルチロール戦斗騎に分類されるその能力は、帝国騎士一個大隊にも匹敵する、まさに近衛になるべくして生まれた存在なのだ!』


 ローカルスフィアを通して伝えられる、やたらダンディなイケボナレーション。


「セバスさん、なんなんです? それ。昨日もやってましたよね?」


 宇宙空間に漂いながら、わたしはナレーションの主であるセバスさんに尋ねた。


『姫様の指示でして。

 ステラ様の活躍は、ムービーにしてサーノルド王国にてアーカイブ配信する予定なのだそうです。

 僭越ながらこのセバス、ナレーションは百八つある得意技のひとつでして、リアルタイムで演出させて頂いております』


 ……どうしよう。ツッコミどころが多すぎて、なにからツッコんで良いかわからないよ。


『いろいろと仰っしゃりたい事もありますでしょうが、まずは目の前の事に専念いたしましょう。

 旗艦の管制をステラ様に掌握されたので、彼らは白兵戦をしかけてくるはずです』


 セバスさんの言葉を肯定するように、唯一残った海賊戦艦の格納庫ハッチが内側から爆ぜた。


 そして、破れた大型ハッチをこじ開けて、SDサイズの人型兵器――ユニバーサル・アームが十数騎ほど飛び出してくる。


 ファンタジーランド内では、兵騎と呼ばれてるものだ。


 その手には、対騎士用の物理武器――剣やら槍が握られていて。


 先程、レーザーを引っ張って海賊船を振り回したのは、彼らに十分過ぎるほどの恐怖を与えられたみたい。


『脳筋の割に、こと暴力に関しては勘が良いのですよ』


 と、セバスさんはため息混じりに教えてくれる。


 そうなんだよね。


 さっきみたいに光線を撃ってくれたら、同じようにまとめてポイができるのに。


『艦艇を回しますか?』


「んーん、間に合わないだろうから良いです。

 それに――」


 わたしは左手を胸の前で握り締める。


「……目覚めてもたらせ」


 コマンドに応じて具現化する、一丁のレイガン。


 それを両手で構えて。


 胸の奥でソーサル・リアクターが活性化されるのを感じる。


 目に映るユニバーサル・アームにロックマークが表示されていって。


「――行けっ!」


 わたしは引き金を引き絞った。


『――虚空を駆け抜ける白の閃光!

 それはたった一射で、襲い来るユニバーサル・アームの群れを次々と貫いて行く!』


 セバスさんのナレーション。


「――こっちの方が早いですっ!」


 そう。


 わたしはレイガンの光線を曲げる事ができる。


 おじいちゃんが魔法の特訓って言って、教えてくれたんだよね。


 あの時は、レイガンは魔法の杖だと思ってたんだけどさ。


 前世の記憶が戻ってからは、それがどれだけ異常な事かを理解できたんだけど――まあ、魔法みたいなものだと思ってたわけだし。


 前世の記憶が蘇る前は、本当に光の魔法だと思ってたわけだし。


 魔法だから、曲がるのは当然だと思ってたし。


 そして杖がレイガンだとわかった今は、なんで曲がるのか理屈がよくわかんない。


 SFに疎いわたしだけど、光線が曲がるのがおかしい事くらい、わかってるんだよ?


 でも、できちゃうんだよ、コレが。


 そもそも理屈がどうこう言うのなら、のだって、意味も原理もよくわかんない。


 もう、全部、だと開き直るしかない。


 たぶん、近衛騎士だから、とかハイソーサロイドだから、とかそういうので説明できちゃうんだと思う。


 わたしが理解できるかは別として、ね。


 わたしのレイガンで、頭部に収められたリンカーコアを破壊されたユニバーサル・アーム達は、そのまま慣性にしたがって漂い、あるいは他の海賊騎とぶつかったりしている。


「これで終わり、ですかね?」


『いえいえ、彼奴きゃつらは往生際が悪いのです。

 恐らくはもう一手――』


「――あ、ホントだ」


 ユニバーサル・アーム達が現れたハッチから、一際大きな人型兵器――フィギュア・ウェポンが這い出してくる。


 途端、視界が真っ赤に染まり。


《――警告! 当該標的にロジカルドライブ及び、クォンタムコンバーターの搭載を確認。

 ――敵戦力を騎士相当と評価。

 ――当騎ステラ・ノーツに武装追加の戦術提案!》


 警告メッセージと並んで表示される、わたしとフィギュア・ウェポンの数値的戦力評価。


「――ヤバっ!」


 それらの警告の向こうで、フィギュア・ウェポンが光った。


「――目覚めてもたらせ!」


 量子転換炉クォンタムコンバーターに登録された兵装を瞬間的に選択。


 SFに疎いわたしでも、は名前でなんなのかわかる!


「バリア・フィールドっ!」


 わたしがそれを喚起するのと、目の前にフィギュア・ウェポンが出現したのは同時だった。


 五メートルを超える巨腕がわたし目掛けて振るわれて。


 けれど、わたしが喚起した七色の結晶――バリア・フィールドがそれを弾く。


 続けて、バリアの内側から、わたしはレイガンを三連射。


『――当たるかよ!』


 と、フィギュア・ウェポンは哄笑混じりに言い放ち、またその姿を掻き消した。


 白のレーザーが虚空を駆け抜ける。


 直後、視界の隅が瞬いて。


『――ステラ様っ!!』


 セバスさんが叫ぶ。


 バリア結晶が砕けて、わたしの身体は虚空をくるくると吹き飛ばされた。


「――だいっじょ~ぶっ!」


 宙を蹴って制動ブレーキ


 これもなぜそうなるのか原理がよくわからない。


 <近衛騎士>さんの指示通りに身体を動かしたら、できちゃったんだよ!


 まあ、できるんだから、そういうモノだよね!


 バリアは壊されたけど、身体に攻撃は通っていない。


 にゃろう……


 わたしの前世は病弱だったけど、負けず嫌いで家族を、幼馴染を困らせ続けた女よ。


「……絶対ぜったい、泣かしてやるっ!」


《――兵装選択》


「――目覚めてもたらせっ!」


 ソーサル・リアクターのある胸の前で左手を握りしめれば、量子転換炉クォンタムコンバーターが一際強く輝いて、わたしの身体を蒼の光が包み込む。


『おお! おおっ!! まさかそのお歳で扱えると言うのですか!?』


 セバスさんがらしくなく、驚愕の声をあげた。


 ――選べたって事は、使えるってことでしょう!


 だから、わたしはソーサル・リアクターから湧き上がる、それを呼び出すコマンドを謳い上げる。


「――<皇女之剣アーク・セイヴァー>ッ!!」


 詞に応じて、わたしの背後に魔芒陣じみた幾何学模様が出現。


 瞬間、全周一キロに渡って力場の嵐が吹き荒れて。


『――うおぉぉぉッ!? なんだっ!? なにが起きているっ!?』


 嵐に呑まれたフィギュア・ウェポンの中で、海賊が悲鳴をあげた。


 魔芒陣に影が浮かび、やがてそれは染み出すようにして人型を取る。


 全高五メートルほどの甲冑を彷彿させるSDフォルム。


 曲線で構成された装甲は青と白で、どこか女性的な印象を受けるデザイン。


 両手を覆うほどに大きな肩装甲に、スカートを思わせる腰装甲。


 頭部からうしろに流れる放熱繊維は、まるで髪の毛を彷彿させるように艷やかにきらめいていて、わたしに合わせたような白銀色をしていた。


 純白の面は、いまはまだ無貌。


 招くように、その胸の装甲が持ち上がり、優しい手付きで開かれた両手が、わたしを鞍房コクピットに納める。


 鞍に似たシートに腰を下ろせば、手足が固定器で拘束され、顔にはお面が着けられる。


《――リンカーコア-ローカルスフフィアの接続を確認。

 ――ロジカルドライブ、定常稼働。

 ――補助六連動力炉シックス・リング点火……定格出力にて安定》


 面の内側によくわからない報告がずらずらと流れては消えて行き。


《――合一スフィア・リンク……開始!》


 その文字を最後に、目の前が真っ暗になった。


 だから。


 わたしは――ゆっくりと


 騎体の真っ白な無貌の面に、金のかおが描き出されて。


『――見よっ! これが! これこそが!

 大銀河帝国が誇る、騎士の中の騎士!

 ――近衛が振るう皇室の剣!

 ロジカル・ウェポン・タイプソードッ! <皇女之剣アーク・セイヴァー>ッ!!』


 いやあ、セバスさんってばノリノリっ!


 前世で幼馴染に見せてもらった、ロボットアニメのナレーションみたいだよ。


 幼馴染はロボットのカッコよさがどうとか、展開の熱さがどうこうってよく言ってたっけ。


 あたしとしては、泣き虫な女の子がロボットと交流して行く中で、だんだんと強くなってくトコにウルっと来たんだけど。


 もっとバトルにも興味持ってたら良かったと、いまさらながらに思うよ。


 ……だってさぁ、夢にも思わないじゃない?


 人型ロボットのある世界に転生して、自分がそれに乗ることになるなんて。


 まあ、この世界のロボットは。


 操縦するんじゃなく――合一スフィア・リンクって言って、ロボットそのものに自分がなる感覚なんだよね。


 だから、騎体はもはや、わたしそのもので。


 周囲を覆っていた力場の嵐が止む。


 開いた目が、フィギュア・ウェポンを捉える。


 わたしは腰に帯びた長剣を引き抜いた。


 水晶のように透き通った、紅い長剣だ。


『――未知領域アンノウンスペースの異星種起源遺跡から出土された、希少物質を鍛え上げた銘剣――<暴竜レッドタイラント>っ!!

 その一撃は、星をも断ち割る!』


 剣の扱いは、おじいちゃんに教えてもらってる。


 人相手には使ったことないけど、海賊のフィギュア・ウェポンとの体格差を考えれば、魔獣や熊を相手にした時と似たようなものでしょ。


 わたしは気負いなく長剣を正眼に構えて。


『ハッハーっ! 大袈裟に喚起しといて、喚び出したのはユニバーサル・アームか!』


 海賊の哄笑がローカルスフィアに響く。


『……無知とは、こうも人を愚かにさせるものなのですな』


 セバスさんが呆れたように呟いた。


 フィギュア・ウェポンが発光し、再び目の前に出現した。


 ――今度はから、わたしは慌てず長剣を持つ手をわずかに掲げる。


 ロジカルドライブは、超光速航法を行う為の演算炉だ。


 本来なら戦艦に搭載されるようなサイズをした巨大な装置らしいけど、あのフィギュアには小型化されたそれが搭載されているみたい。


 フィギュア・ウェポンが瞬間移動して見えたのは、超光速航行していたからみたいだね。


 ――でもね。


「それはこっちにも搭載されてるんだ!」


 ロジカルドライブは、超光速空間ハイパースペースへの突入だけでなく、その内部を知覚・認識する為のセンサーの機能も有しているそうで。


 今、わたしの目には、超光速空間内の短距離航路ハイパースライダーを滑走してくるフィギュア・ウェポンの姿がハッキリと見えている。


 航路の出口間近でフィギュアは右手を振り上げて。


 その動作に、わたしは切っ先を合わせた。


「――ハッ!」


『――ぎゃあああぁぁぁぁぁッ!?』


 一閃。


 フィギュアの腕が吹き飛んで、海賊の悲鳴が伝わってくる。


 騎体と合一しているから、ダメージがそのまま痛みとなって伝わるんだよね。


 でも、容赦はしないよ。


 海賊がどういう存在なのか、わたしは騎士の知識で知ってるんだから。


 有人惑星をまるごと蒸発させたり、コロニーを襲撃して住民を奴隷にしたりと、とにかく私欲を満たすためなら、人の道に外れる事を平気でする連中なんだ。


『――帝国法及び汎銀河連盟憲章でも、海賊の人権は認められておりません!』


 セバスさんがわたしの剣を後押しする。


 だから。


 わたしは紅剣を脇構えに、コマンドを紡ぐ。


「――目覚めてもたらせ……」


 柄を握る両手に力を込めれば、量子転換炉クォンタムコンバーターが強く蒼く輝いて、刃が紫に染まっていく。


「――謳えかがやけッ! <暴虐光輝アーク・タイラント>ッ!!」


 下段から滑るように斬り上げ。


 濃紫の剣閃はフィギュア・ウェポンを真っ二つに斬り裂いて。


『――ガアァッ!?』


 海賊の驚愕が、ローカルスフィアに伝わって来て、わたしはわずかに目を伏せて首を振った。


「――殺しはしないよっ! おまえはちゃんと罪を償えっ!」


 ロジカルドライブを切り裂かれたフィギュア・ウェポンが、首元のコクピット――リンカースフィアを残して爆散する。


 わたしは輝きを失った長剣を鞘に納めた。


「やりましたよ。エリス様!」


 騎体を反転させて、虹色に輝く輪を持った宇宙港を振り返る。


 わずか十歳という幼い身なのに。


 王女として、皇女として、気高く自領を治めようとしている彼女のために、わたしはわたしなりに力になってあげたいって思ったんだ。


 だから彼女の敵は、わたしが倒す。


 それだけの力が、今世のわたしには与えられてるみたいだから。


『――敵フィギュアを見事に討ち倒した、新たな近衛ステラ・ノーツ!

 みなさん、今後の彼女の活躍にご期待ください!』


 セバスさんのナレーションがひどく遠くに聞こえる。


『――カット! 警備隊は敵艦に突入用意!

 ああ、フィギュア・ウェポンのリンカースフィアの回収も忘れずに!』


 エリス様が指示を飛ばすのが聞こえる。


 ここからはエリス様の出番って事なんだろう。


「ふふ、なんか疲れちゃった……」


 思えば今日は、朝からお屋敷でドレスアップされて、登城して、それから宇宙港でアレコレ説明を受けて。


 挙げ句に初の宇宙戦闘だ。


 そういえば昨日も洗礼の儀で大騒ぎだったしね。

 

「すっごく、濃いなぁ……」


 前世の病室で読書だけで消費された毎日や、今世での森でののんびりとした生活とは、まるで時間の流れが違う。


 その時、ローカルスフィアに直通でアクセスが来る。


『――ステラ、よくやったわね』


 そう褒めてくれるのは、エリス様の声。


「んふ。がんばりましたからね……」


 ああ、ほんと、眠くて仕方ないや。


『――ステラ!? ステラ! ねえ、ステラッ!

 セバス! どうなってるのっ!?』


 エリス様でも、慌てる事ってあるんだなぁ……


『ステラ様?

 ――警備隊! 急いで船を回してください! ステラ様、今、向かいますぞ!』


 セバスさんの切羽詰まった声を聞きながら。


 わたしは深い眠りへと落ちて行った。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが2話となります~。


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