第2話 5

 海賊の親分――ゴルドーの話を聞いて、わたしは視線をファンタジーランドのユニバーサルスフィアに向ける。


 ――その奥底。


 多くのローカルスフィアが接続したメインスフィアに、赤黒いモヤのようなものがこびりついてるのがわかった。


 あれがたぶん、ゴルドーの言ってたウィルスなんだね。


 わたしはそのモヤに手を伸ばし。


 ――えいっ!


 引っ張ると、それだけでモヤはメインスフィアから剥がれて、無意味なデータの欠片となって消える。


 プログラムなんてまるでわからないわたしだけど、こういう風に感覚でウィルス駆除できるのって、楽で良いね。


 ふふふ、気分はスーパーハッカーだよ!


 目を開く。


 ウィルスを取り去ったからか、ドックにはけたたましい警報が鳴り響いていて、警備隊の人達が慌ただしく駆け回っていた。


「――ステラっ!?」


 クラリッサが不安げに声をかけてくる。


「見つけたよ。あいつら、緑の月ディトレイアのすぐ裏側まで来てた!

 制御を押さえてあるから、すぐに動けないと思うけど……」


 途端、わずかに弾かれる感触があって。


《――制御を奪取されました》


 と、<近衛騎士>さんの解説。


「奪い返されたって。向こうにもスーパーハッカーがいるみたい」


 わたしのその表現が可笑しかったのか、エリス様が吹き出す。


「良いわ。ここからは物理でお話殴り合いの時間よ!

 ――ステラ、行けるわね?」


 わたしが負けるとか、できないって応えるとか――そんな事、まるで考えてないエリス様の問いかけ。


 できるし、やれるって信じてくれてるから、エリス様はそう尋ねるんだ。


 だから、わたしは大きくうなずく。


「――やって見せます!」


 わたしの返事に、エリス様は鮮烈な笑みを浮かべる。


 パン! と。


 喧騒渦巻くドックに、エリス様の手を叩いた音が響いた。


 その場にいた全員の注目を集めて、エリス様は周囲を見回す。


「落ち着きなさい、おまえ達!」


 今まさに警備艇に乗り込もうとしていた航宙兵や、発進艇の最終チェックを行っていた整備士達も、みんなみんな手足を止めていた。


「――わたくしの騎士が、相手をするわ。

 おまえ達は待機……いいえ、プロデュース班と連携して撮影の準備よ!」


 エリス様の思惑に従って、クラリッサがホロウィンドウを操作。


 間もなくカメラやドローンを抱えた人達がドックに駆け込んでくる。


「さあ、ステラ様は出撃のご用意を。

 初陣なのですから、飛び切りドレスアップすると到しましょう」


 わたしはと言えば、セバスさんに連れられて、ドックの隅にある更衣室に連れて行かれる。


「――さあ、盛り上げるわよっ!」


 エリス様の楽しげな声を聞きながら。





「――制御を取り返しましやしたっ!」


 情報戦担当の部下の言葉に、ゴルドーは内心安堵しつつも、そんな気配を部下達にみせないよう努めて、鷹揚に頷いてみせた。


 視線をスキャナ担当に向ける。


「……警備隊の反応はないんだな?」


 ゴルドーが念押しすると、スキャナー担当の部下は頷きで応えた。


「へ、へい。量子干渉スキャナーにも反応はありやせん」


 マッドサイエンティスト謹製のウィルスは、依然、効いているようだ。


「よし、野郎ども、戦闘態勢に――」


 ゴルドーは艦長シートから立ち上がり、部下達に指示を飛ばそうと右手を振るったその時だ。


「――あ、あれ? これ……?」


 スキャナー担当が怪訝な声をあげる。


「おう、どうした!? これからお頭が格好良くキメるってとこなのに、邪魔すんじゃねえよ!」


 副官がスキャナー担当に詰め寄って、その頭に拳骨を落とした。


「いってぇ……で、ですが!」


 頭をさすりながら、スキャナー担当はメインのホロウィンドウに捉えた映像を回す。


 宇宙港からの前で、なにかが光った。


「……こりゃ、ミサイルか?」


 ゴルドーの問いに、副官は首をひねる。


「や、ロケットじゃねえですか? 辺境の惑星じゃ、いまだに宇宙に物資上げるのに使ってるって聞きやすぜ」


 どういう事だろうか。


 ゴルドーはますますワケがわからない。


 重厚な装甲を持つ戦艦相手に、ミサイルというのも理解できない話なのに、それが物資運搬のロケット?


 あまりにも不可解な事態に、ゴルドー達は息を呑んでメインウィンドウを見つめる。


 ますます近づいてきたミサイルは、距離十万キロというところで、その先端がまるで花開くようにして割れた。


 そして、中から現れたのは……


「……幼女?」


 誰かが呟いた。


 漆黒の宇宙にぽつりと。


 背後にファンタジーランドと宇宙港。そして役目を終えたロケットを背負い、その幼女は漂う。


 身にまとった戦闘服は、ファンタジーランドの運営国であるサーノルド王国航宙軍制式のもので。


 女性用のものだから、腰から半透明のバイザースカートが伸びている。


 その白銀の髪は、風のない宇宙空間だというに揺れていて。


「宇宙空間に生身で――お頭、やべえ! 騎士だ!」


 副官が、あの幼女の正体に気づいて悲鳴をあげる。


 瞬間、メインモニタの中で、幼女がゆっくりと目を見開いた。


 ――真紅の瞳。


 それが、ゆっくりと虹色を経て黄金色に変わっていく。


 ゴルドーは肌が泡立つのを感じた。


 それは部下達も同様だったようで、艦橋に悲鳴が満ち溢れる。


 ――


 物理的に、ではなく。


 グローバルスフィア経由で、直接ローカルスフィアに触れられた感触だ。


『――あーあー、聞こえてますか?』


 ――ほら来た。


 ゴルドーは呻く。


 <海賊島>の技術者に念入りに干渉対策を施してもらったというのに、あの幼女はたやすくそれを打ち破り、こちらに直接語りかけて来ている。


 幼女特有の舌っ足らずな声。


 この声は、先程も艦内に響いた、あの声だ。


 宇宙空間に身一つで漂っているというのに、その声は震えひとつ感じさせず――だからこそ、その異常性が際立つ。


『えっと、わたしはステラ・ノーツって言います。

 ファンタジーランドの――え? 違う? あ、そう名乗らなきゃいけないんですね』


 ステラを名乗る幼女は、咳払いをひとつ。


 子供が挨拶をしようとして、親に嗜められているようなやり取り。


 こんな状況でなければ、ゴルドーだって頬を緩めていたかもしれない。


 ――そう、こんな状況でなければ。


 艦橋の部下達の顔色は、すでに真っ青だ。


『――大銀河帝国は第四皇女、エリシアーナ・レイア・サーノルドが近衛、ステラ・ノーツです!』


「――帝国近衛っ!?」


 副官がいよいよ悲鳴をあげた。


 一方、幼女はというと、無事に名乗りができた事に満足したように、メインモニターの中で満足げな表情だ。


『――え? 要件? ああ、そうでした。

 海賊のみなさん、これからみなさんをせんめつします。

 抵抗は無意味です。

 暴力の世界に生きるみなさんなら、帝国近衛に逆らうのがどれだけ無謀なのか、よくわかりますよね?』


 そこで幼女は言葉を区切る。


 一瞬の間。


 部下達が一斉にゴルドーの指示を求めて、視線を集中させた。


「――全艦、砲撃用意! 目標、あの小娘だ!」


 ゴルドーの指示を受けて、部下の海賊達が慌ただしく動き始める。


「――放てっ!」


 ゴルドーの旗艦を中央に置いて、上下左右に十字に配置された僚艦から、一斉に主砲の重レーザーが放たれた。


 並の戦艦なら一溜りもない一撃。


 ――けれど。


『――あちちっ!?』


 幼女は、そんな声をあげただけで――放たれた主砲すべてを、その小さな右手で


「――んなアホなっ!?」


 砲撃手が驚愕の声をあげる。


 ゴルドーはこんな光景を、<海賊島>の酒場で聞いたことがあった。


 その時は酔っぱらいの与太話だと思っていたのだが、現実に――騎士を名乗るあの幼女は主砲を受け止めている。


 となれば、与太話が事実だということだ。


 ――曰く、騎士に


「――主砲への動力接続カットだっ! 急げ!」


 主砲が残光を残して、砲撃を停止。


 けれど、僚艦にまではその指示が回りきらず。


『――あっついなぁ、もうっ!

 わたしはやられたら、絶対にぜったいやり返す女よっ!

 お返しだね。よいっしょ~っ!』


 まるで綱引きでもするかのように、幼女は手に掴んだ重レーザーを


 僚艦がようにして、重レーザーを起点に引きずられ。


『――やあぁっ!』


 振り回されて、激突する。


 ゴルドーがこれまでの人生をかけて増やしてきた海賊船団が、部下達が、宇宙に大きく咲いた爆発の炎に、瞬く間に呑まれた。


 まるでタチの悪いB級ギャグアニメでも観させられているような光景だ。


 ほんの一瞬で、旗艦を除く船団すべてが轟沈してしまった。


 ――まさに悪夢。


『いんがおうほうだよ。おまえ達だって、これまでいろんな人達をかなしませて来たんでしょっ!』


 その言葉と同時に、メインモニターにシステムアラートの赤文字が表示され、艦内管制がすべてロックされたと示してくる。


 ゴルドーは舌打ち。


「――小娘が! 野郎ども、白兵戦の用意だ!

 俺も出る! フィギュアを用意させろ!」


 そう叫び、開かなくなったドアを腕力でこじ開けると、ゴルドーは艦橋から飛び出した。


 向かう先は格納庫だ。


(――いかにあの小娘が近衛騎士だとしても、だ)


 ゴルドーにはまだ奥の手が残されていた。


「マッドサイエンティストの造物の相手をした事はねえだろ!」


 格納庫でたたずむそれ――二〇メートルを超える人型兵器、フィギュア・ウェポンへと乗り込みながら、ゴルドーは咆える。

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