第1話 3

 ――薄幸で気弱そうな見た目に反して、恐ろしく負けん気が強い。


 そうわたしを評したのは、幼馴染のあの子だったっけ。


 前世でのわたしはその境遇から、それなりに悪意にさらされる事も多くて。


 だから、わたしはそれを黙らせるために、あらゆる手段でやり返してたんだよね。


 ……時にはやりすぎて両親が困り果て、幼馴染がドン引きするほどに。


 そんな記憶を持つ、わたしだから。


 ――絶対に泣かすっ!


 振り下ろされる長剣に向けて、右手を掲げる。


 量子転換炉クォンタムコンバーターが顕現させたの使い方は、おじいちゃんに教えてもらってる。


 ずっと魔法の杖だと思っていたんだけど、前世の記憶と<近衛騎士>を得た今なら違うとわかる。


 ――光閃銃レイガン


 それもリボルバー式の古式拳銃クラシックガンだ。


 銃爪ひきがねを引けば、白の光芒が駆け抜けて、長剣の切っ先が蒸発した。


 ――轟音。


 わたしのすぐ目の前に、先を失くした長剣が振り下ろされて、床を割り砕いた。


『――な、なんだとッ!?』


 兵騎から響く、クラウフィードの戸惑いの声。


 わたしの背後で、エリス様が笑うのがわかった。


「――セバスッ!」


 そして彼女は、そう声を張り上げる。


「――ここに……」


 と、祭壇の脇に、執事姿の初老の男性が現れた。


 白髪をオールバックにして、綺麗に刈り込まれたおヒゲの――まさに執事という風貌。


 そんな彼に、エリス様は扇を振るって。



「――かしこまりました」


 そんな短いやり取り。


 セバスと呼ばれたその男性は、不意に懐からマイクを取り出し。


『――ステラ・ノーツは近衛騎士である!

 その力は衛兵はおろか、騎士一個小隊にも匹敵し、兵騎すらも凌駕しうるものなのであるっ!』


 めちゃくちゃ渋いイケボで、そんなナレーションを当て始めた。


 突然始まった解説に、逃げ惑っていた子供達も足を止め、こちらを振り返って呆然。


 マイク片手にチャーミングにウィンクして、続きをどうぞ、とばかりに右手を振るセバスさん。


 お、おう。


「よくわかんないけどっ!」


 わたしは振り下ろされたままの長剣を見据える。


《――事象境界面へ干渉》


「やる事は変わりないよねっ!」


 右足を思い切り振り切った。


 長剣が砕ける。


『――その小さな見た目に反し、その一撃は鋼鉄をも砕くっ!』


 くるりと身を回し、光閃銃レイガンを両手でホールド。


 セバスさんのナレーションに、不思議と気分がノってくる。


『こんな――バカなことがあるかっ! 私は王太子だぞっ!』


 柄だけになった剣を放り投げ、兵騎は両手を伸ばしてくる。


 わたしは冷静に二転射。


 兵騎の両手が吹き飛んだ。


『――ぎゃあああぁぁぁぁぁッ!?』


 ホールに響く、クラウフィードの悲鳴。


『――そして、必殺のっ!』


「え? えっ?」


 必殺!? ひっさつ……ええと――


 光閃銃レイガンを構えて。


《――ソーサルリアクター、臨界》


「目覚めてもたらせ……」


 銃口を騎体頭部へ。


 紡いだコマンドに応じて、光閃銃レイガンの銃口に白の輝きが集まっていく。


 続くコマンドは、自然と胸の奥から湧き上がってきた。


《――事象境界面に強度干渉。

 ――グローバススフィアに干渉結果を出力します》


「――吼えろ! <純白の旋風ピュア・ゲイル>ッ!!」


 ――閃光が、辺りを白一色に染め上げた。


 ……静寂。


 閃光が晴れて現れた光景に、ホールに居合わせたみんなは言葉を失くしたみたい。


 兵騎は。


 胸から上が吹き飛んでいて、その向こうの壁にも大きな穴が空いて、空が見えていた。


「――あ、あああぁぁぁ……」


 剥き出しになった鞍房コクピットのシートで、虚ろな目をしたクラウフィードが呻いてる。


『――これがっ! これこそがっ!

 竜をも穿つ伝説の武器、<虹閃ザ・レインボウ>の一撃!

 それを振るう、エリシアーナ王女の新たなる近衛、ステラ・ノーツの真価であるっ!』


 セバスさんが畳み掛けるように叫び、それで子供達も我に返ったみたい。


 わたしも残心を解いて、息を吐き出す。


『こうして魔属堕ちした王太子――クラウフィードの企みは、脆くも崩れ去ったのです……』


「――魔属堕ちしてたのは、エリシアーナ様じゃなく、クラウフィード様?」


「でも、聖女様が……」


 セバスさんのナレーションを聞いて、混乱したように囁き合う子供達。


 そういう方向に、セバスさんとエリス様は誘導しようとしているんだと、わたしは気づいた。


「――すまない! 道をあけてくれ!」


 と、その時、軽装備の騎士達が子供達をかき分けてホールにやって来た。


「エリシアーナ様、遅くなって申し訳ありません!」


 隊長らしい男の人が、エリス様にそう告げて頭を下げる。


「良いわ。これもイベントとして配信できそうだし。結果オーライよ」


 エリス様は隊長さんにそう微笑み、それから扇でクラウフィードを指す。


 ……イベント? 配信?


「まずはクラウフィードあのバカを拘束なさい。それと、アレも……」


 続いて扇で指したのは、ホールの隅でうずくまっている女の子――セシリアだ。


「こっちに連れてきて」


 エリス様の指示に、騎士達は迅速に行動した。


「ええと……」


 わたしはどうしたら良いんだろう?


 ここは部外者らしく、隅っこで大人しくしてたら良いのかな?


 でも、派手に暴れちゃったし、部外者ってわけでもないよね?


 ど、どうすれば……


 そんな事を思っていると、いつの間にかセバスさんが隣に立っていて。


「ステラ様は姫様のお隣に……」


 地声も、ナレーションそのままで渋いイケボだ。


「あ、はい」


 促されるままに、わたしはてこてこ歩いて、エリス様の隣に立つ。


 騎士達に拘束されて、セシリアがわたし達の前に跪かされる。


「お、王女様っ! あたしは――」


 散々、わたしやエリス様を魔属ヴィラン扱いしておいて、いまさら王女様、だって。


 なんか、イラっとするよね。


 エリス様も同じ気持ちだったみたいで、扇を打ち鳴らして開くと、桜色の口元を隠す。


「黙りなさい。おまえの言い訳を聞くつもりはないの」


 そう言って、パチンと指を鳴らすと、両手を押さえられて跪かされたセシリアの目の前に、虹色に輝く珠――洗礼の宝珠が現れる。


洗礼の宝珠よ。おまえの洗礼をやり直させてもらうわ」


「え、え? ウソ……」


 顔を真っ青にするセシリア。


「さあ、触れてみなさい」


 けれどセシリアは首を振って拒否して。


 エリス様はアゴをくいっと逸して、騎士にセシリアの手を宝珠に触れさせた。



 ――セシリア 二十七歳


 種属:汎用ソーサロイド(若化処理を確認)


 所属:大銀河帝国ソルディス王国領


 ※二等パスポートにて入園中――懲罰措置にて、<魔属ヴィラン:サキュバス>を割り当てました。



 宝珠の中に浮き上がったのは、そんな内容で。


 二十七歳!?


 なんか若化処理っていう若返りをしてるみたいだけど、十歳になるなんて、サバ読みすぎでしょう……


 そんな風に考えてるわたしをよそに、エリス様は笑う。


「あらあら、人をさんざん魔属ヴィラン扱いしておいて、実はおまえがそうじゃないの!」


 周囲に聞かせるように、エリス様は大声でセシリアの<職業キャスト>を読み上げた。


「<魔属ヴィラン>が聖女に成り代わって、この国を混乱させようとしたのね!」


 やたらオーバーアクションで、声高に語るエリス様。


「クラウフィード殿下もまた、この者に魅入られて言いなりだったのでしょう」


 セバスさんもそれに乗っかって、やたらイイ声で告げる。


「宝珠も、入れ替えられていたと見た方がよろしいかと」


「まあ! それは大変ね。

 みなさん、面倒をかけるけれど、もう一度、洗礼を受け直してもらえるかしら?」


 エリス様がそう告げると、子供達は雰囲気に呑まれてコクコクとうなずく。


 そりゃそうだよね。


 魔属ヴィランが用意した宝珠が示した<職業キャスト>なんて、信用できないもんね。


 子供達は騎士達の誘導に従い、素直に列に並び始める。


 セシリアはすっかり観念したようで、うなだれたまま騎士達に連行されて行った。


 そして、わたしはというと。


「――ステラ様っ!!」


 半べそで駆け寄ってきたミナに抱き締められて。


「心配しましたっ! そりゃ、ステラ様がお強いってお話は、旦那様やお嬢様から聞かされてましたけど!

 まさか衛兵や、へ、へへ兵騎と戦うなんて、ミナは生きた心地がしませんでしたよぅ!」


「ご、ごめんね。ごめん、ミナ」


 そのあまりの勢いに、わたしは苦笑して謝るしかない。


 そんなわたし達を、エリス様は微笑ましげに見つめて。


「いろいろとこれからの事を説明したかったのだけれど、その様子じゃ無理そうね」


 ため息混じりに肩を竦める。


「まあ、こっちも処理しなきゃいけない仕事があるから、ステラ、おまえ、明日も登城なさい。

 セバス、ステラ達に帰りの馬車の支度をしてあげて」


 エリス様の言葉に、セバスさんは深々とお辞儀で応える。


 それは助かるなぁ。なんだかすごく疲れたんだよね。


 これからバートリー家まで歩いて帰るのは、ちょっとツラいなぁって思ってたんだ。


 ああ、でもひとつだけ聞いておかないと。


「エリス様、わたしは洗礼の儀を受けなくて良いんですか?」


 という、わたしの質問に。


 エリス様は呆れたような表情を見せて。


「必要ないでしょう」


 そして、まるで花咲くような、綺麗な微笑みを浮かべる。


「――だって、おまえはわたくしの近衛騎士なのだから!」

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