第6話 何もない部屋

ある日の真夜中、紫月の部屋の扉がノックされた。

こんなことは、今まで一度もない。

だから彼は少々戸惑った。

急いで寝間着のまま出るべきか、時間をかけてでも着替えるべきか。

その答えは、一秒後に出た。

「紫月様、至急皇帝陛下の寝所にお越し下さい。」

「えっ、あっ、あのぅ・・・。」

理由を聞きたかったのだが、用件だけ伝え使いの者は戻ってしまう。

「とにかく、急ごう。」

素早く着替えを済ませて、紫月は小走りで向かった。


何事かと不安を抱えながら走って行ったが、寝所の前の光景を見て更に大きな不安に襲われる。

羅雨の側近という側近が、全員扉の前にいたのだ。

だが、家族の姿は誰も見えない。

「真夜中に申し訳ございません、紫月様。

 羅雨様がお待ちです、お入り下さい。」

「舞夢兄様達は?」

こう迩留緯に尋ねたが、気まずい質問だったのか、彼は視線をそらした。

「ささ、どうぞお急ぎを!」

そして丁重に、紫月の背中を押す。

「わかりました、行きますから。」

扉が開かれ閉じるまでの間、たくさんの厳しい視線が紫月の背中に集中する。

どうも、中に入ることを許されたのは、紫月ただ一人のようだ。   


皇帝の寝所に入るのは、これが初めて。

羅雨らしく清楚で質素な造りだが、調度品などに品の良さを感じる。

未だ呼ばれた要件もわからず、妙な緊張感に苛まれながらゆっくり進む。

「どこだろう?」

一見して入口とわからないように、幾つもダミーの扉が作られている。

こんな所で手間取っている場合ではないので、思い切って声を出してみた。

「兄様、紫月が参りました。」

「・・・・・・」

返事はない。

諦めず、歩きながらもう一度声を出す。

「羅雨兄様、紫月です。

 紫月が参りました。」

「あぁ、やっと来てくれたぁ~。

 その扉を開けて入っておいで。」

「はい。」

扉を開けると、羅雨はぐったりした様子で横たわっていた。

苦しいのか、体をじっとさせていられない。

「どうなさいました、大丈夫ですか?」

側まで近づき、声をかける。

彼は高熱を出して、この世の終わりの様な顔をしていた。

「紫月、私はもうダメかもしれない。

 逝くまで、見届けておくれ。」

とても辛そうだが、命に係わるようには見えないので、紫月はほっと一息つく。

「大丈夫ですよ兄様、逝ったりしませんから。

 でも心細いでしょうから、このままここにおります。」

一晩ここで夜を明かそうと覚悟していたが、薬師が調合した薬のお陰で、羅雨は一時間もしないうちに熱が下り眠りにつく。

そっと側を離れ、寝所の出口に向かう。

「では、戻ります。」

羅雨の家臣に声をかけ、その場を離れた。



軽く疲労感を感じたが、眠いので自室へと急ぐ。

「あれ?」

鍵が開いている。

生贄にされる身とはいえ、役目を全うするまでは是が非でも、危険から己を守りぬかねばならないため、部屋は必ず鍵をかけていた。

それは紫月がいても、いなくても。

なのに開いているということは、誰かが侵入している証拠。

「ギィー。」

ゆっくりドアを開ける。

「誰、君?」

少年が一人、部屋の真ん中に置かれた螺鈿作りのテーブルの上に、あぐらを掻いて座っていた。

浅黒い肌の細身だが、筋肉質な野性味溢れる少年。

「俺が誰かなんてどうでもいい。

なあ、あんたの部屋何にもないのは何で?」

「それは、僕は何にも持っていないからだよ。」

不思議だ、見知らぬ相手なのに恐怖心が沸かない。

「この王宮で一番端の一番暗いこの建物なら、忍び込んでも見つからないだろうと必死で鍵開けたのになぁ。

 目ぼしいお宝は、どこにもありゃしない。

 どうしてくれんだよ!」

少年はテーブルから下りて、紫月の目の前までやって来た。

百六十センチにも満たない紫月に比べて、彼は二十センチ以上背が高い。

目を合わせるために、あごを思い切り上げて見る。

「悪いけどその椅子に、腰かけてくれる?

 僕、首が痛くなりそう。」

「何だよ、それ?

 普通泥棒見つけたら、追い出すなり叫ぶなりするだろう?」

「そうした方が嬉しいのならするけど、する?」

「イヤ、止めてくれ!

 さっき近衛兵を見たけれど、怖そうだから。」

幼いヤンチャ坊主のような彼の雰囲気に、紫月は気を許してしまう。



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