明日また会えたら

クロノヒョウ

第1話



『トンネルで待つ』


 ポストの中に入っていた手書きでそう書かれた紙切れ。


 トンネルと聞いて思い付くのはあの心霊スポットにもなっているトンネルだ。


 (これってもしかして)


 いやまさか、そんなはずはない。


 真由美は三年前に死んだんだ。


 許されない恋だった。


 結婚しているにもかかわらず俺はまだ二十歳だった真由美と恋におちた。


 両親を早くに亡くし、妹と自分の学費を稼ぐためにとキャバクラでバイトしていた真由美。


 真由美はとても清楚で綺麗で真っ直ぐだった。


 少しでも真由美の助けになれればと俺は毎日のように店に通った。


 すぐにお互いに惹かれあい付き合うようになった。


 真由美を家まで送る途中のトンネルに車を停め二人きりの時間を重ねていた。


 そしてあの日、肝だめしに来た若者の車が勢いよく突っ込んできた。


 真由美は即死だった。


 あれから妻とは別れた。


 真由美の人生を奪ってしまった俺は自分が許せなかった。


 以来ずっとこのアパートで一人で暮らしている。


 もう再婚して幸せに暮らしている妻がこんなことをするはずもない。


 だとすればこの紙切れは誰が何のために?


 布団に入ったもののこのまま眠れぬ夜を過ごすのは勘弁だと思った俺は部屋を飛び出した。


 あれから一度も訪れていないトンネル。


 何が待ち受けていようとも真由美のためなら。


 そう思いながらトンネルに入ると車が停まっていた。


 誰なんだ?


 車から降りると運転席のドアが開いた。


 髪の毛で顔が半分隠れている知らない女がヘッドライトに照らされた。


「えっと、この紙は君が?」


「そうよ」


「失礼だけど、どちら様かな」


 俺がそう聞くと女は俺をギッと睨み付けた。


「あんたのせいよ」


「え?」


「何もかもあんたのせい!」


 そう叫んだかと思うと女が俺のもとへ走ってきた。


 そして俺の脇腹に衝撃と痛みがはしった。


「うっ」


 俺は崩れ落ちた。


 顔を上げると震えながらハアハアと息を吐いている女。


 その女の手にはナイフが握られていた。


「あんたが、あんたのせいで私の人生はめちゃくちゃよ!」


「君は、誰だ……」


 ズキズキと痛む腹を押さえながらそう問い掛けた。


「覚えてない? 真由美のヘルプで何度かあんたの隣に座ったわ」


「ヘルプ……あのお店の子か?」


「真由美はね、あんたのことがすごく好きでいつもいつも幸せそうだった。あんな地味でつまんない女があんたのおかげでお店のナンバーワンだなんて許せなかった。あんたさえいなければ……真由美には不幸がお似合いなのよ!」


「……どういうこと、だ」


 俺はこの女をなだめようと必死だった。


「ちょっと怪我させるくらいのつもりだったのよ」


「は?」


「彼に頼んだのよ。いつもここにいることは真由美から聞かされてた。だから事故を装おって」


「まさか……」


「そしたらアイツは怖じ気付いてお酒なんか飲んじゃってさ。勢い余って間違って殺しちゃうし、見てよ! 私の顔!」


 女は髪をかきあげた。


 顔半分にケロイドのような傷痕があった。


「あのバカ男のせいでもう私の人生めちゃくちゃよ」


 狂っている。


 俺は薄れようとする意識の中でそう考えていた。


「こうなったのも元はと言えば全部あんたのせいよ! 責任とりなさいよ!」


 女は両手で握りしめていたナイフを高く振りかざした。


「待てっ」


 俺はもうダメかと必死でうずくまった。


 刺されると思ったが何も感じなかった。


 代わりにドンッと鈍い音が聴こえた。


 恐る恐る目を開けるとすぐ横に女が倒れていた。


「だ、大丈夫ですか? 今救急車を呼びますね!」


 腹の痛みと安心感とで意識が遠のく時、俺の目に映ったのは、あの頃のままの真由美の顔だった。


「真由美……」


 目を覚ますと病院のベッドの上のようだった。


「……真由美?」


 俺を覗き込んでいる真由美、いや、真由美にそっくりな女性が心配そうな顔をしていた。


「よかった、気がつきましたね」


「……何が……君は? あの女は?」


「私は姉さん、真由美の妹の真奈です」


 話によるとこの真奈さんは加害者であるあの女の彼に何度か面会したそうだ。


 そしてあの女に頼まれてやったということを聞き、ずっと女を探していた。


 見つけた女の様子を伺っているとどうも行動が不審で、あの時女の後をつけていたそうだった。


「あなたが刺された時にすぐに警察に連絡しました。女が自白してくれてよかったです」


 真奈さんはスマホで動画を撮り、また俺が刺されそうになった時に落ちていた石で後ろから頭を殴ってくれたそうだ。


「助かったよ。ありがとう」


「いえ」


 笑った顔は本当に真由美にそっくりだった。


 いけないと思いながらも俺の胸は高鳴っていた。


「とにかく大したことなくてよかったです。じゃあ私、今日はこれで」


「明日!」


「えっ?」


 俺は思わず声を大きくしてしまった。


「いや、その、明日また会えたら、君の話を聴かせてくれないか」


「明日、ですね。じゃあ明日また来ます」


 真奈さんの頬が少し赤くなったように感じたのは俺の自惚れだろうか。


 明日がくるのがこんなにも待ち遠しく思えるのは久しぶりだった。



           完


 



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