第8話 【再会】


悟のいやらしい想像に反して次から次に出てくるお姉さんたちは、とても可愛い子ばかりで、会話も爽やかなものだった。 同伴して来たお姉さん二人が接客用の衣装に着替える間、悟たちを相手する役目らしい。

 悟は、以前からメル友をたくさん持ち、メールのやり取りをしていたが、ここぞとばかりに若いお姉さんたちと話を弾ませ、LINEのIDを登録してもらった。

 普通の女友だちなら何ヶ月も何年もかかって、やっとメールアドレスを教えてもらうのに、彼女らは意図も簡単に


「いいんですか?」


と言いながら自分のIDを悟のスマホに仕込むのであった。丁度、悟も10年使い続けていたガラ携が壊れて、スマホに機種変しており、LINEを始めていた。 同級生の友だちがお金持ちだからか、女の子たちは次から次に現れては、挨拶をして、しばらく居ては、


「ありがとうございました」


とグラスを悟たちと合わせて去って行く。 四人目か五人目になった時、悟は、ドキッとして、その女性を眺めながら口をあけて固まってしまった。

 その女性は、20代後半ぐらいで、瓜種顔の綺麗な女性だった。


「まあこ」


 あれは、夢だったんじゃないかと自分に言い聞かせながら半ば忘れかけてようとしていたその名前を悟は、声に出して呼んでしまった。


「はい、まあこでーす。 えっ、どこかでお会いしてましたか?」


 その綺麗な女性は、不思議そうに尋ねた。


「いいえ、こんな高そうな店に来るのバブルの接待依頼です」


「バブル。 私生まれてませんけど・・・・・・ 」


「あっ、勘です。勘で名前が・・・・・・」


 悟は、とっさにそう答えた。


「またあ、誰かに聞いたんでしょ。 じゃ、改めてまあこです。 よろしくお願いします」


 その女性は、真亜子と書かれたここの店、『ベリサ』と違う、『ドラン』という店の名刺を配りながら挨拶をした。


―― やっぱりまあこなんだ。 真亜子だ。 生きていたのか。じゃ、あの新婚旅行中のエッチは本物? 


 28年前からずっと抱いていて、最近やっと薄れかけていた罪への反省がまた蘇った。 しかし、そんな悟の心境をよそに真亜子は普通に営業トークをしてくる。


「今日は、どんな集りなんですか?」


「友だちと35年ぶりに会って連れて来られました」


「35年ぶり。私生まれてません」


「ああ、ごめんなさい。おじさんたちの話でした」


 悟は、早くハワイの話にもって行きたかったが、真亜子の話に合わせた。


「そんなにおじさんには見えないですよ」


「そうですか。じゃ、LINEを登録してくれますか?」


―― 先ずは連絡先を確保してから到底、信じてもらえない夢のような話をしなければ絶対逃げられる。


「ええっ、いいんですか?」


「もちろんです。お願いします」


 真亜子は、悟のスマホを手に取ると、馴れた手つきで、あっという間にIDを打ち込み、画面を悟に見せながら


「これが私です。 ちゃんと連絡くださいね」

と言ってスマホを悟に返した。


―― 良かった。これで今日、話が出来なくてもLINEで伝えられる。


「ありがどうございます。じゃんじゃんLINEしますよ。 大丈夫ですか?」


「もちろんです。 お願いします」


少しだけ歯切れの悪い真亜子の返事が返ってきた。 悟は、ここぞとばかりに切り出した。


「なんか元気ないですね。 失恋したんですよね?」


「えーっ、なんで分かるの?」


「それを癒すためにハワイへ友だちの聖来ちゃんと行くんですよね? 」


「えーっ、キモーい。 なんで、なんで? お客さん、名前なんて言うんですか?」


真亜子は、本当にびっくりした様子で、必死に冷静を装いながら尋ねた。


「東山です。 占い師です。 じゃなくて、未来予言者です」 


悟は、ややおどけながら答えた。


「誰から聞いたんですか? 聖来?」


「いいえ、聖来ちゃんからも聞きましたが、真亜子さんからも聞きましたよ。 もう28年も前のことだから薄々しか覚えてないですけどね」


 悟は、本当のことを言ってもどうせ信じてもらえないだろうし、自分自身もあまり自信がなかったのでややぼかしながら話すことにした。


「28年前、聖来生まれてないですよ。 私も生まれてないかも」


「あっ、そうか、28年前は、お二人生まれてないんですね。じゃ、28年前に見聞きしてきた事、今から起こるかもしれない事を予言しますね」


「マジですか」


「近いうちに真亜子さんと聖来ちゃんは、ハワイへ行くのですよね。 ふたりは、ホルデイインワイキキというホテルに泊まるんですけど」


「なんで、なんで? ホルデイインですよ。キモー」


 真亜子は、また驚いた様子で口を挟んできた。


「そうなんですか。予言は当たってるんですかね」


―― やっぱり本当の出来事だったのか。


「その部屋に、ある時、若い男が現れます。そして裸で寝ている真亜子さんを自分の奥さんと間違えて襲ってしまうんです」


「えーっ、イヤーん」


 真亜子は、いやと言いながらも、少し興味ありげだった。


「その男は、部屋番号が同じだったとか訳の分からない言い訳をするんですが、その男を許して欲しいんです。 そして、もと来た道を戻り、『気になる木』を回るよう伝えて欲しいんです」


「『気になる木』?」


「はい、テレビのコマーシャルで出てくる大きな富士山みたいなモンキーポッドの木」


「ああ、この木なんの木、気になる木って歌の?」


「そうそう、あれそのものじゃないんだけど、あれにとても似た木がホルデイインの近くにあるんですが、彼はその木を回って来たと言います」


だんだん悟は、当時を思い出して詳しく説明をした。

真亜子は、信じるとも信じないでもなく、まあ、とりあえず聞いておくかぐらいのノリで聞いていた。 


「そしてお願いです。 彼は、その木のところでいなくなるんですが、彼が残したもの。そう、彼の子孫があなたの中で結ばれたなら、万が一、命が誕生したなら、是非、その子を大事にしてほしいんです」


「えー、私、お母さんになっちゃうの?」


「いいえ、それは分かりません。 ただその先、彼には、子どもが出来ないからその子を大事にして欲しいと言ってました」


「誰が言ってたんですか?」


「あ、いや、彼が言ってました」


「彼とは、これから会うんですよね? 彼に子どもがこれから先、出来ないことが分かるなら、私に子どもが出来るかどうかも分かるんじゃないですか?」


「いや、それは分からないんです。すみません」


「やっぱ、怪しいですね。襲われないようにしょう」


 真亜子は、半信半疑で聞いていて良かったというほっとした様子で返した。

  それからしばらくして真亜子たちは、悟と友だちにグラスを合わせて、どこかへ消えて行った。 悟は、それから先のことはあまり覚えておらず、LINEを女の子に新たに登録してもらうこともなかった。 終電を逃した悟は、友だちがなんとか捜してくれたホテルでふたり泊り、翌朝、早く留美の待つ佐賀の家へと帰った。 

帰った時にスマホを確認すると、真亜子から『昨日は、ご馳走さまでした。 ありがとうございました。 ハワイへ行ってきます』と丁寧にLINEが入っていた。

悟は、28年前の記憶が事実だったかもしれないという期待と不安で留美の顔をしっかり見る事が出来なかったが、なんとか無事に平常な生活へと戻った。 悟の中では、中洲のお店での出来事もまるで竜宮城にでも行って来たかのような感覚であったが、LINEが届いているところをみるとそれは確かに現実だったようである。


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