第3話

 座ろうとしていたベンチの上に、楓さんが先に座っていた。

 

「あ。きたきた」


 楓さんはいつもスーツを着てるので、その印象が強かったが。

 やけにオーバーサイズなピンク色のジャージを着て、缶ビールをゴクゴク飲みながら手招きされ、違和感を覚えた。


 とりあえず隣に座って炭酸水の蓋を開ける。


「おっいい音出すじゃん。もしや君、炭酸水の蓋を開ける音を生業にしようとしてる?」


 だる絡みされ「何言ってるんですか」なんて言葉、出てこなかった。


 そんなことよりも、だ。


「楓さん。今日って普通に平日ですよね?」


「ぶっ!」


 楓さんは飲んでいたビールを吹き散らした。


「龍くん龍くん。別にね、私みたいなブラック企業勤めの人は世間が平日だろうが休日だろうが仕事し続けるの。わかった?」


「休みだったんですね」


「うむ。約二週間ぶりのちゃんとした休みだった……」


 なんか声が苦しそうなんだけど。


 あぁ。明日からまた仕事だからか。 


「俺、将来労働者にならずに親の脛をかじるか、誰かのヒモになる予定なので楓さんのこと尊敬します」


「へぇ」


 楓さんはよほど俺の言葉が嬉しかったのか、缶ビールをベンチの上に置き。目を細めた。

 こうして横顔を見ると、その美形から目が離せなくなる。美女なのはわかってたけど、街灯に照らされた姿がまるで絵の一部のようだ。


「よし。決めた」


 突然立ち上がり、俺の前でしゃがんできた。


「なん……何を決めたんですか?」


「私、近いうちに今働いてる会社やめる!」


「な、なるほど」


 さっきの俺の言葉で、ブラック企業から退社する勇気が出たってことか。 

 毎回会うとき疲れ果てて酒を飲んだ後とか、飲んでたりするから正直嬉しい。


「それでもって社長になる!」


「なる……ほ、ど?」 

 

 いやなんでそうなった。


「社長になってお金たくさん手に入れたら、龍くんが私のヒモになってくれる?」


「………………」


 そうかそうか。そういうことだったのか。

 尊敬してるって言われて嬉しかったんじゃなくて、俺をヒモにさせたかったのか。


 すごい余計なこと言っちゃった気がする。


「仮に堕としたとて、龍くんがついてきてくれるかくれないかは別だし。ちゃんとその後のことも考えないとね」

 

 どうしよう。


「あっでも、社長になんてなったら龍くんとあんまり会えなくなっちゃうかも……」


 うん。これは酔っ払って言ってる冗談。

 もし本当に思ってることだとしても、酔ってるんだから忘れるでしょ。






 楓さんと公園のベンチで会うようになって一週間が経った。

 最近は学校にいたり、家にいたりしても逃げ出したい気持ちが薄れ始めている。

 それもこれも全部、楓さんのおかげだ。まぁおかげって言っても、特に何かしてるわけでもないんだけど。


 酔った勢いで喰われそうになったり。


 堕とすためだと言い、ボディータッチが多くなったり。


 日々溜まりに溜まった愚痴を聞いたり。

 

 俺はそんな癒やしになる時間のため、今日も一日頑張り。


 22時になったのを見て、いつものベンチに行こうとしたのだが。


「ちょっと」


 玄関の前でお母さんに声をかけられ、体が止まった。 

 

 

 

 

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夜しか会わないだらけた美女はどうしても俺を堕としたいらしい でずな @Dezuna

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