第46話:カフェでのひととき

 「カフェ・ネヴィンウッズ」と書かれたモダンな看板が見えるまで、徒歩で三分もかからなかった。その間、ヴィルさんは何度も「大丈夫か」「痛くないか」と気づかってくれた。


 カフェに入ると、視界が木と緑でいっぱいになった。温かみのある木製のテーブルと椅子で統一された店内は、歩道沿いの大きな窓から差し込む光を浴びて青々とした観葉植物が、たっぷりと配置されていた。


「わあ……」

「森とまではいかないが、自然の中にいるような気分になるだろう?」

「素敵ですねぇ~」

「開店から半年経っていないと思う。あまり混まないところが気に入っている。たまに考え事をしに来るのだが、茶も美味い」


 平日のせいかお客さんはまばらで、本を読んだり、書き物をしたり、ゆっくりと過ごしている一人客がほとんどだった。

 店員はヴィルさんを見るやニコリと微笑み、誰もいないテラス席へ案内してくれた。

 広いテラスは裏手の歩道に面しているものの、植物やフェンスで綺麗に囲ってある。周りを気にせずリラックスできる空間だ。こんなに素敵なテラスをひとり占めできるなんて、彼はかなり頻繁にここを訪れているのだろう。


 二人でひとつのメニューを見ながら相談する時間が楽しい。

 わたしは「本日のおすすめ」のお茶を頼むことにした。壁の黒板によれば、秋摘みの紅茶が本日のおすすめだとか。彼はいつも頼むお気に入りの茶葉があり、それを選んでいた。

 お茶請けにはお店の一番人気だというドライフルーツとクッキーを頼み、二人でシェアすることにした。


「痛むか? ……すまない。離れるべきではなかった」

「いいえ、わたしがボンヤリしていただけですから」


 彼は何か言いたげな表情を浮かべていたけれども、俯いて軽く首を振った。


「いや、そうではない……」


 テーブルの上にあったわたしの左手を取ると、軽くキスをした。手の甲に柔らかく温かい感触が伝わってきて、また鼓動が速まる。


 「女が……いただろう? 何かされたのではないのか?」と、彼が眉を下げて言った。

 彼もあの般若のお面のようなご令嬢が気になったみたいだ。

 返事をする前に、「んー」と少し考えた。


 確かに位置関係だけを見れば、あの女性に突き飛ばされた可能性は十分にあると思うけれども、それを見たわけではないし、分からない。とにかく、すごい顔をしていたせいで、元のお顔も分からないから、何とも言えない。


「存じ上げない方ですし、彼女もわたしを知らないと思うのです……」

「そうなのか」

「それに、もう痛くないので、大丈夫です」

「本当に何もされていないか?」

「気がついたときには、もう棚にぶつかっていましたから。わたし、少しドジなところもあるので」


 疑わしきは罰せずだ。彼女にやられたと確信がない以上、騒ぐべきではなかった。

 般若さんの話を終わらせ、髪留めの代金を払おうとした。しかし、次に会うときに着けてほしいと言うだけで、受け取ってくれなかった。


「リア、二度会って、二度とも危ない目に遭った」

「わたしがこの国に不慣れなせいだと思います」

「そういえば、母国では船が空を飛んでいると言っていたな……」

「ええ、馬車にも初めて乗ったくらいで」

「リアには御守りが必要だと思う。贈ってもいいか?」

「御守りですか?」

「我が家に伝わるものだ。使いの者に届けさせるから、受け取ってほしい」


 彼の気づかいにお礼を言い、有り難く受け取ることを約束した。

 確かに、こうも色々続くと神社でお祓いか御札でも受けたい気分になってくる。女性の厄年は三十代だと聞いていたから、まだまだ先だと高を括っていたけれども、そうも言っていられない。

 夏祭りのときに近所の神社で頂いた御守りもなくなってしまったから、この世界の神様におすがりしよう。


 買い物が予定より早く終わったこともあり、ゆっくりと手紙の隙間を埋めるようにお喋りを楽しむことができた。

 彼は明るく気さくで話し上手。そして、聞き上手でもあった。ユニークな幼馴染のお友達との面白エピソードを持っていて、お腹を抱えて笑うような話がたくさんあった。


 少し痛い思いはしたけれども、「神薙様」になってしまう前に、楽しい思い出ができてよかった……。

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