第43話;タイを選びます

「リア殿、候補は四つだ。一つずつ見せるから。まず、これから行くか……」


 そう言うと、ヴィルさんは着けていたタイを外した。


 馬車の中で教えてもらったのは、騎士の制服の規則が思っていたほど厳しくないということだった。

 特別な行事の時は上から下まですべて決まっているけれども、そうでない通常勤務の時は、シャツとタイは常識の範囲内で自由で良いことになっているそうだ。そもそも制服も一種類ではなく、タイを着けなくても良い立ち襟タイプの制服もある。

 言われてみると、わたしの周りにいる人達も、ぱっと見た感じは同じ制服を着ているように見えるのだけれど、人それぞれ少しずつ違っていて、限られた中でオシャレを楽しんでいる感じがした。

 日本でも馴染みのあるネクタイを着けている人もいれば、バーテンさんのようなクロスタイ、友人の結婚式で見たことがあるアスコットタイ、それから祖父が好きだったループタイも見かけた。

 日本だと使う場面が限定されているけれど、ここではすべてが普段使い。ピンなどのアクセサリー類まで含めると、タイの世界はとても深かった。


 彼が愛用しているのはアスコットタイのようだ。

 四つ折りのスカーフに似ていて、ネクタイのように結ぶこともできるし、スカーフのように巻くこともできる。巻き方はいくつかあるようだった。さらには、スカーフリングを合わせたり、ピンで留めたりとオプションがついてくる。


 彼が一つずつタイを試着して見せてくれたのだけれど、困ったことが起きた。


「ど、どうしましょう」

「んっ? どうした?」

「全部素敵で……」


 選べない。


 ただ似合うものを選べばいいだけなんて甘かった。

 彼の恵まれたルックスで似合わないものがあるとしたら、せいぜい「ひょっとこのお面」くらいだ。それだってヘタをすれば爆イケのひょっとこになりかねない。

 候補になった四つは、どれも彼にピッタリと似合っていて、とても一つを選ぶなんてできなかった。

 明るいブルーも素敵だし、紺もいい。赤系も素敵だし、光沢のあるシルバーもいい。

 いい、全部がいい。だって、顔がいい(泣)


「そこをなんとか一つに絞ってくれ、リア殿」

「は、はわぁぁぁ……」


 うーんうーんと唸っては、「これかなー、やっぱりこっちかなー」「これも捨てがたいしー」と揺れ動く。


「やはり、このブランドはどれを選んでもお似合いですよね。どちらかというと万人受けするものではないのですが、お顔を良く引き立てます」


 店員さんが言った。

 ええ、そのお顔が大変問題なのです。


「リア殿もこうなるということは、あながち私が優柔不断だというわけではないようだ」

「タイ以外は結構サクサク決まりますからねぇ、いつも」


 お二人の会話をよそに、わたしはひとりで困っていた。

 「なんだか、自分の進路ですら、ここまで悩まなかったような気がします」と言うと、ヴィルさんと店員さんは吹き出した。


「全部買って頂いて、当日の気分で決められては? 割引致しますよ」


 ナーイスアイディアです、店員さん!

 しかし、「当日の朝に一人で悩みまくるのは嫌だよ」とヴィルさんは笑って言った。


「そういえば、お会いする方とは、初対面なのですか?」

「いいや、私生活で顔を合わせたことはあるのだが、込み入った話をするのは今回が初めてだ」

「では、いつもよりきちんとする感じですねぇ」

「お詫びと説明をするのだが、こちらは少々分が悪いのだ」

「はあぁぁ、責任重大ですねぇ……」

「いや、いつもよりきちんとで思いついたが、青系は普段着けていることが多いから今回は除外しようかな」


 ポイポイっと、紺と明るめのブルーの二つが候補から消えた。


「リア殿、残り二つになった」

「あの、個人的な趣味になってしまっても?」

「もちろん、リア殿の趣味なら大歓迎だ」

「この銀色のタイ、すごく……素敵でした」

「そう言ってもらえると嬉しい。よし、決まりだ」


 キランキランの笑顔を真正面から食らってしまい、目が蕩けそうになったけれども、どうにかお役目を果たすことができた。

 彼が会計をしている間、側にいた店員さんが労いの言葉を掛けてくれた。しかし、「タイだけは本当によく迷っていらっしゃるので、また選んで差し上げてください」と言われ、恐ろしくなった。

 難易度が高すぎるので、今後はあまり安請け合いをしないことにしたいです(汗)


 結局は個人的な趣味で押し切ってしまったけれど、光沢のあるシルバーのシルク製アスコットタイを着けた彼の破壊力は凄まじく、一緒に選んだ別売りのスカーフリングと合わせると、さらに素敵だった。


 どうか、ヴィルさんのお仕事がうまく行きますように……と、心の中で祈った。

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