第40話:お出かけのご相談です

「リア様」

「あ、ハイ」

「神薙でいるのはお嫌ですか?」

「え?」

「ずっと、身分を明かさず手紙のやり取りをなさっていますよね」

「う……」


 顔が上げられなくなってしまった。

 彼の小さなため息が聞こえたから余計だった。

 彼はがっかりしたような顔で、「私が先代の話をしたせいですね」と言った。

 慌てて首を横に振る。


「いいえ、暴露本を読んだのは、わたしです」

「何冊も読むきっかけになったのは私の話では?」

「そういうわけではなくて」

「リア様は神薙の歴史を変える方です。あなたがアレらのようになるわけがない」

「アレら……?」

「あなた以外の神薙など人ではない。けだものです」


 け、ケダモノ……(汗)


 彼はトレードマークのメガネを外し、眉間を指でグっと押しながら吐息をついた。

 わたしは「ひぅ」と喉を鳴らした。

 なかなか出かけたいと言い出せずモジモジしていたせいで、想定外の事態である。


 こちらの気も知らず、彼は苦悶の表情で言った。


「何と説明をすれば、この国に来たばかりのあなたに分かって頂けるのか……」


 メガネの結界で押しとどめていたフェロモンが漏れ出し始めていた。

 早急にかけ直して頂きたいのに、彼はそれをサイドテーブルに置いてしまう。


 警告、警告、イケメン兵器が作動しました。ただちに避難して下さい。繰り返す。警告、警告……


「ふ、副団長さま、あの、メ、メガネを、ですね……」

「なんですか?」


 はあああぁぁっ!

 その状態でコチラを見ないでくださいッ!

 扇子! お扇子はっ?

 ああぁ、お部屋に、お部屋にぃぃぃ~……!

 置いてきてしまいました(泣)


 唯一の防具である扇子の装備を忘れた勇者リアは激ヨワだった。


「リア様」

「ハ、ハイ……」


 下を向いてドレスのスカートを握りしめた。

 気をしっかり持たなくては、お腹に力を入れて頑張らなくては、イケメンビームに殺されます(ぷるぷる)


「先代の頃、仕事をなすりつけ合って嫌々仕えていた部下達が、ここには競い合って仕事をしに来ています。なぜだか分かりますか?」

「え、ええと、仕事が楽だから、でしょうか」

「確かに無欲な神薙の警護は楽です。リア様は男を襲わないので安全でもある」


 えええっ、先代さんは護衛の騎士様を襲っていたのですか?

 それは、確かにケダモノですねぇ。そういう人の後任はツラいです。


「まあ、リア様の場合、襲われても男のほうが喜ぶというか、むしろ皆それを期待していますが」

「し、しませんっ、そんなこと」

「それは、残念ですね……」


 ひえぇぇ~~~!

 ダメです、ダメです、副団長さま。

 その顔でそういうことを言うと、誘っているみたいになってしまいますから!


「あのぅ……そろそろメガネ……」

「皆、あなたを一目見たくて、ここへ来ているのですよ」

「へ?」

「あなたは王国が誇る神薙です。恥じることは何もありません」

「あ、ありがとう、ございます」

「無理に名乗れとは言いませんが、願わくはそうであって頂きたい。私もあなたの護衛であることを誇りたいですから」

「ハイ、すみません。努力はします、ので……」


 恥ずかしくなって俯いている間に、彼はメガネを掛けていた。


 彼の言うことは分かる。

 護衛の仕事に誇りを持ちたいのに警護対象がその立場を恥だと思っているわけだから、不満に思うだろうし、文句の一つも言いたくなるだろう。


 暗に叱られて、お出かけのお願いをする気力と勇気がすっかりしぼんでしまった。

 ごめんなさい、ヴィルさん……、わたしには無理かもです。


「さて、例の騎士との外出ですが、日程はお決まりですか?」

「えっ?」

「そういうご相談でしょう?」


 いや、エスパーですか?(汗)


 普段から機敏だし、仕事デキるマンだとは思っていたけれど、世界中を置いてけぼりにする勢いでイケメンから仏像に変化し、人の心を読んでいた。これに甘える以外の選択肢は、ない。


「この候補日の中から選ぶのですけれども……」

「ふむ、なるほど」


 候補日を書いたメモを見せると、彼は人差し指と中指をきれいに揃えた二本指でビシッ! と指差し、お披露目会の十日前の日付を選んだ。


「こちらの日で調整をさせて頂きましょう」

「あ、はいっ」

「準備で忙しくなってきています。この日を逃すと披露目の後になる。それでは恐らく都合が悪い、ですよね?」

「うっ、……ハ、ハイ」

「リア様の特務師並みのすばしこさを踏まえ、護衛は大幅に増員しますが、一般市民に紛れてついて行きます」

「うぐっ……すみません」


 特務師というのは、諜報員のような人を指すらしい。

 前回、チョロチョロして八人の護衛を撒いてしまったわたしは、騎士の間で「特務師並み」と言われている。確かにフットワークは軽いほうだけど、「ドレスを着たニンジャ」と言われているようなものなので、少し恥ずかしい。


「相手が彼なら警護は要らない気もしますが、念には念を入れましょう」

「お強い方なのですか?」

「ええ、家名を伏せるような面倒臭い人ですが、人物と腕前は保証いたします。独身ですし、妙な噂もありません」

「そうなのですね」


 彼のおかげで、ヴィルさんと再会できることになった。


 その後、何度か当日の予定や待ち合わせに関する手紙をやり取りし、彼オススメのレストランで夕食をご一緒する約束になった。

 楽しみにしていたのも束の間、お披露目会用ドレスの納品が後ろにズレ込み、お出かけ当日の夕方に仕立屋さんが来ることになってしまった。

 この世界での初めての外食は、残念ながら今回はお預けだ。

 お詫びのお手紙を書くと、「それならば新しいカフェでお茶をしよう」と、前向きな返事が返ってきて、少し心が救われた。

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