2-3
第38話:香水のお誘いが来ました
◇◆◇
その甘い爆弾は、何の予告もなく届いた。
それは届いたときから、良い香りを漂わせていた。
封印を切り、封筒の中を覗く。そっと指を二本差し入れて便箋をつまむと、慎重に引き出した。
さながら刑事ドラマの爆弾処理班のような動きをしていたが、残念ながら、わたしは被害者役であり、為す術なく爆死する運命だった。そして、駆けつけた刑事さん達(?)から、「ホトケさん」と呼ばれて合掌される運命なのだ。
カサカサと音を立てて便箋が開き切ると、ベルガモットの爽やかな香りが爆発したかのようにブワっと広がった。
思わずのけぞって「はあっ」と声を上げる。
部屋を満たしたのは、彼の香水の香りだった。
ヴィルさん爆弾である……。
もう、終わった。心臓が終わった。鼓動がおかしい。
胸の辺りで妙なスキップをしたり、ズドドドドと走ったりしている。ここに王宮医の先生がいたら、不整脈の診断が下る気がした。
侍女トリオは目をキラキラさせていた。
「リア様、それは~」
「会いたいときに~~」
「す~る~こと~~」
ミュージカル俳優のように歌い、くるくると回ってピタリとポーズを決める三人。
観劇はこの国の特大エンターテインメントであり、中でも歌劇は超人気コンテンツ。大いにその影響を受けた三人の、変なポーズが面白い。
わたしは笑いながら「そうなのですか?」と聞いた。
会いたい異性に手紙を出すとき、便箋に自分の香水を振りかけるという習慣があるらしい。
日本でも昔はそのようなことをしたのだろうか。もっと祖母の話をたくさん聞いておけばよかった。
香りと共にあの日の記憶が甦ってくる。
抱き締められたときの温もり、逞しい腕、あの分厚い胸板の感触。そして、耳元で囁く甘い声を思い出すと、鼓動が速くなる。
まるで手紙から彼が浮き上がってきたようだった。
手紙はいつもどおり楽しい内容だった。しかし、ひとつだけ、いつもと違うところがあった。
*---
話は変わるのだが、お願いがある。
実は近々、仕事で重要な人物と会わねばならない。
それに相応しいタイを、一緒に選んではもらえないだろうか。
行きつけの店が南一区の商人街にある。近くに新しくできたばかりの落ち着くカフェもあるし、おすすめのレストランもある。もし良ければ、夕食も一緒にどうだろう。
良い返事がもらえることを期待している。
---*
彼の手紙には、候補日がいくつか書いてあった。
侍女はうっとりとした表情でこちらを見ていて、まだ何が書いてあるかも伝えていないのに、「デートのお支度を致しましょう」と微笑んだ。
いや、デートではない、と思うのですけれども……。
わたしは昔から男友達が多いほうだ。そして、色々なお願いごとをされてきた。
「妹の誕生日プレゼント選ぶのを手伝え」「デート服を選んでくれ」「愚痴を聞け」等々、深夜までお返事マシーンと化すこともあった。
素敵な男性にそうやって声を掛けてもらい、もしかしてわたしに気がある? などと勘違いをしてガッカリしたことも何度かあった。
今回もきっとソレだ。喜んで調子に乗ると恥をかく。
「お仕事用のタイを選ぶだけです。デートではなくて、お手伝いですね」
謹んでお手伝いをさせて頂こう。
わざわざわたしに声を掛けて下さったのだ。光栄だし、頑張らなくては。
この宮殿には新聞と雑誌がすべて届いているので、メンズ向けのファッション情報も当然ある。予習をきちんとしておけば、お役に立てる可能性は高い。
わたしは両手の拳をきゅっと握った。
「リア様ったら、なんて奥ゆかしいのでしょう……」
「ささ、すぐにお返事を出して、お洋服を選びましょう」
「お飾りも」
三人に急かされ、大急ぎで返事を書き始めた。
また会えたらとは思っていた。むしろ日に日に会いたい気持ちが募っていた。
手紙のやり取りはとても楽しいけれども、伝えたいことをすべては書ききれないのだ。もっと詳しく聞きたいことがあったし、もっと話したいことがある。
ただ、ふと気になった。
これから夫探しをする神薙が、現時点で候補でもない男性と一緒に外を歩くことは、問題にならないのだろうか。
それに、この世界特有の「はしたない」や「貴族はそんなことしません」といった謎ルールが飛び出して来ないだろうか。
彼に迷惑は掛けたくない。
よく考えたら、外に出るのであれば護衛が必要だ。
一人で勝手に決めて勝手に動くと、また周りに悲しい顔をさせてしまう。
「ダメですよね。まずは副団長さまに相談するのが先ですよね?」
わたしはペンを置いた。
返事を書くより先にやるべきことがある。
「でも、オーディンス様から反対されたら逢えないのですよ?」
うぐ。
それを言われるとツラいですが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。