第28話 逡巡

 夏合宿の最後の夜は残った食材と酒、それと、新たに買い足した酒を全て消費しつつ、また、燃えるゴミを全て燃やすキャンプファイヤーと花火で、みんなで大騒ぎだった。

 ぽんすけ、いいからパンツは履いとけ、って思ったら、男性陣のほとんどパンイチで、下原先輩もその一人だった。どうして脱ぐの?!。ああ、この頃、セクハラって言葉があんまり一般化してなかったんだっけ。見たくないものが……!!

 もう!わたしもビールが飲めるなら、飲みたいよ。



 でも、美帆も麻友も、そんなに飲んでない。酔っ払った振りをして、一緒に騒いではいるけど。

 そして、「女子は先に寝まーす」とか可愛い声でみんなに告げて、二人だけ小屋に戻り、寝る準備を整えてからシャワー室へ行き、それから、また小屋に戻ってきた。

 キャンプファイヤーを囲んで騒ぐ男たちの声が響いて、今日は、虫の声も波の音も聞こえない。


「……明日、起きてから荷物片付ければいいか」

 麻友がそう言うと、美帆は、そうだねと頷いた。

 それから会話が途切れた。だけど、二人は、寝袋に入ろうとはしない。二人で並んで壁に寄りかかったままだ。


「……ごめんね」

「何が?」

 ポツリと美帆が謝って会話が始まった。

「夕方のあれ」

「ああ、気にしてないから謝らなくていいよ」

 麻友はそう言って、コテンと美帆の肩に頭を乗せた。美帆の肩に麻友の髪がさらりと流れる。美帆は美帆で、麻友の手に自分の指を絡ませる。


「なんで、あんなことしたの?」

 麻友が静かに、でも何気なく尋ねると、美帆は少しだけ答えに迷ったが、同じように落ち着いた静かな声で答えた。

「……したくなったから。麻友だって、拒否しなかったよね」

「うん、嫌じゃなかったからね」

「嫌がられなくて良かったなぁ」

 ため息を吐くように美帆が言うと、麻友がクスッと笑う音がした。

 美帆の視界には、並んでいる美帆の足と麻友の足。麻友の表情までは分からない。


「どうしよぅ、わたし、自分で自分が分かんないよ」


 それは美帆の本音なのだろう。


「麻友が、わたしを、おかしくする……、そう言うと麻友が悪いみたい。悪いのぁ、わたしなのに」

「美帆は悪くないよ」

「わたし、わたし、ちゃんとね、下原先輩が好きだよ」

「うん、知ってる」

「でも、麻友も、違う、麻友は、何だろう、好き……?好きなのかな? でも、トモダチはイヤなの。麻友はわたしの何って言っていいのか分からない」


 そうだね、何か分かってしまったら、友達ではいられないね。

 わたしは美帆に小さく話し掛ける。聞こえないと知りながら。


「どうしようもない、どうしたらいいのか分からない」

 美帆がきゅっと目を瞑った。視界が真っ暗だ。


「麻友といると、胸の底から、ぐうぅって何かが込み上げてくるの」


 麻友は何も言わないで美帆の肩に頭を乗せたまま、美帆の言葉を聞いていた。


「もう千切れそぅ。ううん、千切れることもできない。下原先輩と麻友のどっちも選べない……!なんで、こんな、こんなになっちゃったんだろぅ、分かんない」


 麻友の手に指を絡めたまま、美帆は、その手を瞼に当てた。




「分かんなくて、いいよ」

 麻友が美帆の指から手を外し、そのまま首に巻きつける。


「私だって、自分のこの気持ちをうまくまとめられない。名前が付かない」

 そして、美帆の肩に顔を埋める。


「麻友は、好きな人いるんでしょ。誰だか絶対教えてくれないって」

 美帆も麻友の肩に手を回した。


「……そうだね、絶対に、絶対に言わないよ」


 ほとんど言ってるようなものだ。なのに、二人とも、そこに辿り着こうとはしない。 


「美帆」


 そう呼ばれて美帆が目を開けた時には、美帆は麻友に押し倒されていた。上から麻友が美帆を見下ろしている。


 そのまま麻友が顔を近付けてくる。

 美帆は、それを拒まない。

 2度目のキス。



 長い

 美帆の体が緩く痺れるのを感じる。


 ああ、これ以上は、見てはいけない、わたしが感じてはいけない。



 ……だめ









 そしてまた、世界は、暗転する。

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