第27話 密接

 いよいよ明日は島を出て、大学のある街に帰る日。


 合宿の間は天候に恵まれて、撮影も海水浴もバーベキューもそれなりに楽しんでいた映研メンバーたち。

 いいな、わたしもみんなと一緒に遊びたかったよ。わたしの時代に戻ったら、みんなもう、すっかりおっさんなんだよなあ。どんなおじさんになってるんだろう?

 それと、この島。今はどんな風になってるんだろう? 寂れちゃってるかな。それとも、海も島も綺麗なままで、今っぽくグランピングとかできるようになってたら、柊ちゃんと一緒に絶対に来よう。


 そして、夕方に最後の撮影が行われた。

 夏合宿の楽しさに浮かれた顔、すなわちそれが幸せだった時の主人公の顔になりそうなので、最後に撮るのは、主人公が前世の恋人が再会して愛を確かめるシーンにしようということらしい。

 監督の下原先輩おとうさんのアイデア。お父さん、って若い頃は意外にロマンチストで、人の表情を読んだり考えたりする人だったって分かった。もう、長く会ってないお父さんは、わたしやお母さんの気持ちが分かんない人だと思ってたけど、違うのかもしれない。

 そんな気がした。



 夕暮れの岩場。

 赤い空とそれに染まり掛けた青い海を背景に、美帆と麻友は座っている。露出や構図を確認してから、監督の下原先輩から、このシーンの主人公は前世の恋人と再会したばかりで浮かれていて、この後に起きる悲劇のことなど全く気付いていないのだと説明された。

「だから、浅野さんは、美帆を見てデレデレした顔していてくれればいいよ」

「デレデレってさあ」

 下原先輩の言葉に麻友が顔を顰める。

「美帆は、顔が映るのは最初だけ。あとは見つめ合ってるところを美帆の後ろから撮るから、そうそう、そんな感じで背中向けちゃって」


「で」


 で?


「浅野さんは美帆を抱き寄せて、顔近付けて」

 麻友がその指示に応じて、美帆に顔を近付ける。

 美帆がちょっとドキッとした。麻友の顔が近い。

 なぜか、後ろで撮影陣まで、おおおっとどよめく。


「すげーす、バッチリす。ほんとーにしてるみたい」

 ぽんすけさんの間抜けな声がした。

 ほんとーにしてる、って。

 わたしはカメラとの角度を考えて、ああ、と思い付く。これ、キスシーンだ。


 美帆は、落ち着かなくなって、カメラを振り返ってみたり、麻友の顔を見たり、あちこちを見回すようにしている。

「大丈夫?」

 キョロキョロしている美帆に、麻友が声を掛ける。

「うん、うん。大丈夫」


 どんどん日が落ちていき、周囲は赤みを増していく。

 美帆の視界が捕らえている麻友の顔は赤い。輪郭だけは、夕陽の光が金色でなぞっている。今回の合宿で、麻友のことを何度も綺麗だと思わされた。今もだ。

 誰にも知られることはないけれど、わたしも麻友に少しだけ恋をしているのだと思う。


「そろそろ撮るよー。夕日は戻せないから、一発勝負だからね、二人とも頼むよー」

 下原先輩からの指示がとぶ。

「アクション、スタート」


 美帆の演技は、夕日を背負っている麻友を見るだけだ。

 麻友は、そんな美帆を幸せそうに見つめながら肩を掴んで抱き寄せて、顔を近付ける。


 日が落ちていく。

 赤から、束の間の紫へ、そして紺色へと色を変えていくだろう。


 美帆は麻友の顔をじっと見ている。

 視界はもう麻友の目しかないような状態だ。

 こんなに近いのは初めてだ。

 睫毛の数が数えられそうだ。

 麻友も美帆をじっと見ている。


 二人とも瞬きすらしない。



 だけど、不意に美帆が目を閉じてしまったので、わたしの視界も失われる。

 残念、もう麻友の顔をどアップで見ることができな……




 次の瞬間、美帆が少しだけ顎を上げるようにして、その唇が何かに押し付けられるのを感じた。

 この感触は


 美帆が麻友にキスをした、のが分かった。


 わたしも麻友の唇を感じている。

 柔らかく、吸い付くようだ。

 少し戸惑うように麻友の唇がピクリとしたが、美帆から離れようとはしない。むしろ、


 美帆の唇にも麻友の唇からの圧力を感じた。


 麻友もまた、美帆に唇を押し付けている。

 唇の向こうにある歯の硬さが伝わるくらい。


 美帆の胸に湧き上がる、この強い感情は、戸惑いと熱さ、罪悪感。そして、……嬉しさ


 麻友の服のお腹辺りを掴む、美帆の手に力が入って、震える。




「カット!」

 後ろの方から、下原先輩の声がした。多分、撮影陣には気付かれていない。


 現実が聞こえた瞬間に、二人は同じタイミングで目を開いて、数センチの距離をとった。

 二人は数秒見つめ合う。今、二人の間に起きた出来事に、わたしは動揺してるけど、美帆はそれほど動揺していない。

 ということは覚悟の上でやったことだ。

 そして、麻友も受け入れている。



「あなたは、わたしの、何?」




 美帆はそう呟いて、麻友から離れた。










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