第19話 合宿

「あらためまして浅野麻友です。今年いっぱいしか参加できないと思いますけど、よろしくお願いします」


 麻友が映研メンバー約15人の前で挨拶をすると、パラパラと拍手が起きた。麻友はぺこっと頭を下げて、美帆の席の隣の椅子に戻って腰掛けた。

 結局、麻友は美帆に根負けして、映研に入ることにしてくれた。美帆がめちゃくちゃ麻友の目を覗き込みながら、「入ろ」「ね」「春まで」「下宿探すのも引っ越すのも手伝う」「入って」「入るよね」「撮りたい」「ね、麻友」……、びっくりするくらい頼んでいた。

 頼まれた方の麻友は、困った顔がだんだん赤くなってきて、最後には絆された。美帆おかあさん、凄い。こんな一面があったなんて。


 麻友が映研に正式に入った土曜日は、大学構内にある合宿所で泊まり込みで活動することになっている日だった。

 合宿所と言っても、2階に大きめの会議室と畳の8畳間和室が一つ。1階に小さめの会議室と台所とシャワー室と6畳間の和室が一つ。和室が雑魚寝をする寝室代わりになるらしい。そんなに大人数が宿泊する設定の合宿所ではないけれど、秋の大学祭前になると毎日どこかのサークルが泊まり込みで何かをしていて、合宿所の予約は取り合いになるって下原先輩が美帆に話していた。ただ、梅雨が明けたばかりのこの時期は簡単に借りることができたらしい。

 文化部でも合宿するんだな、と思う。3年生と大学院生の先輩たち5人が、約半年掛けてアニメーションを作っていて、今日は、わざわざ合宿してまで徹夜で仕上げと撮影をするかららしい。


 美帆と麻友の座る長机の上には、色鉛筆と何か絵の描かれた文庫本くらいのサイズの数百枚の紙が積まれていた。

「……美帆、これ、本当に」

「うん、塗るんだって、ひたすら」

「何枚ある?」

「さあ、まあ、1枚1枚全部を塗るわけじゃないし。鳥を青く塗るだけ」

 美帆が描かれた鳥を指差す。

 全ての紙に、飛んでいる鳥が同じように描かれていて、少しずつ大きさや羽根の形が違っている。

「これ、全部、先輩たちが描いたってこと?」

 パラパラっと麻友が紙をめくる。

「うん、去年の大学祭の後から、ずっと描いてたよ。1枚1枚8mmカメラで撮影すると、絵が動いてアニメができるの。すごいよねぇ」

「すごいって言うか、狂ってる……」

 わたしは麻友のその言葉に同感した。ものを創る人たちの半端ない狂気にはゾッとさせられる。アマチュアの大学生のやることでもだ。

 文句を言いながらも、麻友は色鉛筆を握った。

「これで、何時間の映画ができんのさ?」

「1秒9枚。100枚撮影して大体11秒」

 麻友の疑問に美帆が大したことないというようにあっさり答えた。

 ん?

 11秒?

 うぇ、何それ、コスパ悪すぎない?

「Dズニーのアニメは、1秒間24コマ、4秒で約100枚。それに比べれば全然少ないよ」

 一瞬、頭の中で、氷の女王が歌い出す。や、あれはCGだから違うか。

 麻友が色鉛筆を落とす音とぼやきが聞こえる。

「……なんで私、こんなサークルに入っちゃったんだろう」

「決めたの麻友だし」

 美帆の視界は、鳥の絵と、それを色鉛筆で塗る美帆の手しかない。

「美帆、あんた、私にこれをやらせるために勧誘した?」


 美帆の手が止まって、隣の席の麻友を見る。麻友は美帆を見ていたので目が合った。

「違うよぉ。言ったじゃん、わたしは麻友を撮りたいの」

 麻友が目を見開くのが見えた。

 時々、美帆の麻友に対する口説き文句がイケメンすぎると思う。



 それから二人が色塗りに熱中してしまい、わたしはそれを見てるのに飽きて、意識を跳ばしてしまう。

 時間が経って美帆が机の上に置いた腕時計が深夜の1時35分を指していた。

 二人の机の上には、相変わらず大量の紙が積まれていて、鳥の絵ではなく、何か良く分からない絵になっていて、その一部を赤く塗る作業に変わっていた。


「……美帆」

 麻友が美帆の名前を呼んで肘を隣からつっついた。

 だんだん眠くなりながら、機械的に作業していた美帆がびくって驚いた。

「何?」

 美帆が麻友を振り返ると、麻友は会議室の出入口を色鉛筆で刺しながら囁いた。

「今、下原先輩がタバコ持って出てったから、追いかけなよ」


 美帆が出入口を見た。もう扉は閉まってる。でも、美帆は麻友に答える。

「……行ってくる」


 美帆の鼓動が少し早くなるのを感じた。







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