第18話 宝物

 何もできないから、何かを、映像を残してみたかった。自分が、空を飛ぶ竜と少年に感動したように。そんな話だった。

 美帆は、だから映研に入った。映像を撮ることができるサークル。

 映画が好きとは、少し違うんだ。その理由は、このふわふわした昔の美帆おかあさんらしいようで、らしくないような気もした。



 自分に何ができるか、なんて、結局のところ、幾つになっても分からないんじゃないかと思うよ、美帆。なんて、美帆の心の中で聞こえないアドバイスをする。

 そんなわたしも社会人になって、そんなに時間は経ってないけど。

 ていうか、お母さんにアドバイスするのって、なんか変だな。お母さんが若い頃に悩んだり何かに熱を持っていたりって、そういうのに気付くのに、わたしはまだ慣れない。


「偉いな、美帆は」

 ふーっと麻友が言った。

「麻友は?なんでサークルとか入ってないの?」

 美帆が麻友を見て、首を少し傾げた。視界が軽く斜めになる。

「絶賛、モラトリアム」

 自嘲するように麻友は、唇の端を上げて笑顔を作った。

「私は何もしたくない。何となく、大学には入ったけど、先のことを考えるのは嫌だな。ただ、大学と下宿を往復してるだけ」

「つまらなくない?」

「つまんないよ。昔から、ずっとつまんない」

 それから美帆の目をじっと見た。


「美帆は、……美帆だけは面白いかな」



 それは、もう告白だろう!

 わたしが一人で興奮してしまう!!

 でも、美帆は揶揄われてると感じているのか、余り動揺していない。字義どおり面白がられてると受け止めていそうだ。


「麻友、じゃあ、映研入らない?」


 麻友は断る前に、嫌そうに顔を歪めて、それから吐くように言った。

「1本、映画に出たから、もうおしまいだよ。サークルって面倒臭いって分かった」

 それを聞いた美帆の心が少し不貞腐れる。


「わたし、もっと麻友を撮りたいよぉ」


 美帆、それも、もう告白だろう!

 またもや、わたしが一人で興奮してしまう。

 ジタバタジタバタしてる、つもり。

 すると、美帆が何かを感じたのか、もじもじっと体を動かす。


「入ろうよ」

「やだよ」

「冷たいぃ。ぽんすけみたいにお金を払ったらいいのぉ?」

「友達からお金はもらえないよ」

「友達なら入って」

「入ってもどうせ今年度いっぱいだ」

「え?」

「うちの学部、来年度のキャンパス、遠くなるから」


 美帆の大学はいくつかの場所にキャンパスが別れてて、麻友は、来年度の3年から専門課程で市外の別のキャンパスに引っ越すのだ。下宿も探し直しになるんだそうだ。

「半年もサークルに参加できないから、今入ったら、却って迷惑だろ」

 つまり、麻友は、キャンパスが変わらなかったら映研に入ったっていうこと?なんて、裏を読むわたし。

 美帆はまだ食い下がる。

「夏休みに秋の学祭で上映する作品を撮るよ。だから夏だけでも麻友が入ってくれたらみんな喜ぶよ」

「うーん」


「みんな、っていうかわたしが嬉しい。わたしに麻友を撮らせて」

「撮ってどうする気?」

「……さぁ、どぉするんだろぉ…」

 美帆、そこは、わたしが麻友の映画を撮る、って言うんじゃないの?

 美帆は何かを考えている。視界の隅で麻友は美帆の言葉を待っていた。



「麻友を撮って、わたしだけの宝物にして、とっとこうかな。誰にも見せないで」



 Still Love Her

 お母さんにとって、あの8mmフィルムは。



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