第11話 綺麗 

「ここ、映研?」


 美帆おかあさんがその声に反応してドアを見た。

 廊下側から覗くように、彼女。お母さんの持っていた8ミリフィルムに写っていた人がそこにいた。

 長い黒髪がこぼれ落ちた。

 


 うわ


 

 彼女、浅野麻友さんは本当に綺麗な人だった。

 美帆と同学年とは思えない。大人っぽい。

 腰まで伸ばしたストレートヘア。はっきりとした目鼻立ち。

 色褪せたフィルムからいきなり原色のリアルになった感じがした。

 美帆おかあさんとその中のわたし、そして、下村先輩おとうさんまで、一瞬声を失った。


「浅野さん!」

 ぽんすけに名を呼ばれて、麻友さんがこっちを見た。

 明らかに美帆を見た。

 それから、視線を下村先輩へ、そして、ぽんすけを見て、軽く手を振った。

「ども、本間くん、だっけ」

「ありがとう!来てくれて」

 ぽんすけが明らかに舞い上がっている。

 美帆はと言えば、目が合った瞬間に胸を跳ねさせてから、体を熱くしている。

 何、その反応?


「映画研究会の会長の下村です、教育の3年」

「浅野麻友と言います。2年です」

 下村先輩が軽く手を振った。握手するかと思ったけれど違った。80年台の大学生は意外にシャイなのかもしれない。

 美帆は、下村先輩の顔をチラッと見て、もう1度、麻友さんを見て、それから下を見て、膝の上に置いたカメラをじっと見ていた。

「本当に、ぽんすけの映画に出てるの?」

「……本間くんが撮影日は日当2000円出してくれるって言うんで。あと、まあ、面白そうだし。」

「ぽんすけ、金で女優を雇ったのか?しかも、また、微妙な金額だな」

「2000円が俺の限界なんです」

「まあ、あたし、演技なんてしたことないんで、高すぎず安すぎずちょうど良いかなって思いまして」

「映研としては出てもらえるならありがたい。浅野さん、どうせなら、金は出ないけど、映研に入らない?」

「とりあえず、約束したから1本は付き合います。それで面白そうだったら考えます。でも、あんまり映画見ないんで、正直、映研には興味はありません」

「そうなんだ、残念だ」

 麻友さんは学年が上で初対面の下村先輩と堂々と話している。お金が欲しいような、そうでもないような、何だか掴みどころがない。しかし、この会話中も美帆は膝の上のカメラをじっと見詰めているだけなので、視界にカメラしかなくて、3人の会話の雰囲気が見えないのが残念だ。

 お母さん、美帆、顔上げて。

 わたし、麻友さんが見たい。


 すると、わたしの声が聞こえたという訳ではないのだろうけど、美帆は顔を上げて麻友さんを見た。上目遣いらしく、麻友さんの首から下しか視界にない。しずしずと顔を上げ、麻友の顔がようやくちゃんと見えた。すると、麻友さんがそれに気付いた。


「君も映研の人?」

 麻友さんが改めて美帆と目を合わせる。つまり、わたしと目が合った。目が合って、にこ、ではなくて、ニヤリと笑った。わお、フィルムを見た時も美人だと思ったけど、改めて間近で見ると本当に綺麗な子だ。

「ああー、えと……」

 美帆がもじもじしている。

 下村先輩とぽんすけが、どうした?というような顔で美帆を見るのが視界に入った。

「……あのぉ」

 何かを言い掛けた美帆に麻友さんが小さく首を傾げて、先を促す。


「そんなに長い髪でトイレは大丈夫なんですか?」


 この時代、確かにトイレは和式しかないみたいだった。

 だからって、何聞いてるの、美帆!?




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