第10話 鼻息

 お母さんがおばちゃんにお金を借りてまで手に入れたカメラは、驚いたことにカメラはカメラでも、それは、8ミリカメラだった。


 写真を撮るカメラと形が全然違う。

 全く知らなかったけれど、お母さんは、大学に入ってから、フィルムの撮影にはまってた。写真じゃなくて、映像?って言えばいいのかな。だから映研に入ったらしい。おばちゃんにお金を借りて、ようやくマイカメラを手に入れたらしく舞い上がってる。我が母親ながら何とも可愛らしい。しかし、カメラでこんなにワクワクしちゃう人だったなんて。お母さんのワクワクが伝わってきて、何だかわたしまでワクワクしてしまう。

 今なら、スマホで子供でもいくらでも映画っぽいものが撮れるのに、わたしの知っているお母さんは全然撮影なんかしてなかった。わたしが子供の頃は普通に写真を撮ってたと思うけれど、ビデオとかの映像なんて全く残ってなくて、両親共に映研だったとは信じられない。

 なんか、カメラをいじったり覗いたりしながら、お母さんが軽く興奮しているのを感じていたら、横から男子学生に声を掛けられた。

「岡部さーん、8ミリカメラ買ったんだって?」

「あ、ぽんすけ、そうなのぉ。ほら、これ」

「おお、これ、よく見付けたじゃん!」

「でしょー」

 ぽんすけさんは、小柄で糸目の優しそうな人だった。学部は違うけれどお母さんとは仲良しみたい。

 お母さんが自慢気にカメラを見せる。

「そおかー、もうすぐ書き上がる俺の脚本、岡部さんが撮ってくれる?」

「ええ、わたしでいいのぉ?」

 お母さんの胸がワクワクし始める。

「本当は、主演して欲しかったんだけどねえ」

「やだよ、ぽんすけが今書いてる乗って脚本ってベタな恋愛映画でしょ?わたし、そんなの柄じゃないし、大体、演技が下手なの知ってるで」

「うん、知ってる。本当に下手」

 ぽんすけさんが食い気味にお母さんの演技をディスったので笑ってしまう。

 お母さんは不貞腐れるふりをする。なんか可愛いな、お母さん。

「……美帆」

 あ、下村先輩おとうさんだ。チェックのシャツとチノパン。爽やかだね、お父さん。ほら、お母さんの胸が跳ねた。

「早速、カメラ持ってきたんだ。どう調子は?」

「ああー、まだ、撮ってないから分かんない、です」

 お母さんは、下村先輩と話す時、ぽんすけさんと話す時と違って、軽く緊張して、少しだけ身構える。そうだよね、好きな人の前だもんね。

 自分の母親だというのに、だんだん、この岡部美帆という女の子が可愛く思えて仕方がない。

 しゅうちゃん、ごめん。でも、お母さん、ううん、美帆はとても可愛い子なんだと思えてきたんだ。


「下村先輩っ、聞いて下さいよ、俺、今度の俺の映画、主演女優見つけたんですよ!」

 ぽんすけさんが、下村先輩おとうさん美帆おかあさんの間に割り込んでくる。無粋。

「へえ、どんな子?」

「物凄い、綺麗、なんす!!」

 ぽんすけさんが鼻息荒く断言した。

 何でも同じ講義を取っていた女子学生を口説き落としたらしい。ぽんすけさんって、もしかして、すごいコミュ強者?

「でも、岡部さんの撮影じゃあ、彼女の折角の美貌が残念なことになるかも!」

 ぽんすけさんの悪口にムカついたのか、美帆がぐーでぽんすけさんの肩を殴る。結構、強い。いいのか、下村先輩の前だぞ。

「任せてよぉ、このカメラで誰よりも、その人を綺麗に撮って見せるから!」

 今度は美帆の鼻息が荒い。

「そんなこと言ったって、まだ初心者じゃん、美帆は」

 下村先輩が仕方ないな、という顔で美帆の顔を見て苦笑いした。

「誰だって、最初は初心者なんですよぉ、天才カメラマンも」

 そう言って、美帆がカメラを構えた時だった。


「ここ、映研?」

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