第19話 3ミリは1人だけ

短い春休みが終わり、いよいよ中学校への入学を迎える日の朝。柔らかい日差しが勇一の部屋の窓ガラスを照らし、街の空気は新たな1年の始まりを告げていた。新緑が木々を彩り、満開の桜の花びらが舞い踊る春の街は、キラキラと輝き、全てが希望に満ち溢れているように見える。


しかし、そのすべてが勇一にとっては苦痛だった。新生活、新たな希望、それぞれの人々が抱く期待。彼はそれを心から喜ぶことができなかった。頭を丸刈りにしたことへの違和感は日ごとに勇一の心を支配していき、中学校入学を前に、彼の心は後悔と戸惑いでいっぱいだった。


その実感は、初めて制帽をかぶった瞬間に一段と湧き上がってきた。制服採寸の際におばさんが言っていたように、髪がなくなったことでキツかった帽子のサイズがピッタリと合うようになっていたことに、強烈な虚しさを感じる。


学校へ向かう道中も、彼の心は叫び続けていた。頭皮が直接帽子の生地に触れる感触は髪の存在を却って思い出させ、心に突き刺さるような感情を呼び起こす。なぜ自分はこんな目に遭わなければならないのだろう、抑えきれない嫌悪感と共に、自分の前に立ちはだかる丸刈り校則という壁の高さを強く感じていた。


それでも彼は足を進める。教室の扉を開けた勇一は、一斉に頭を上げた友人たちの均一な丸刈りの頭を見て、一瞬息が止まった。その光景は彼にとって見慣れないものであり、同時に自分もその一部であるという現実が突き付けられた瞬間でもあった。


思わず自分の頭を触った彼は、周りの子たちが卒業式の2週間前ごろまでに6ミリの長さで刈った頭と比べ、卒業式の日に3ミリで刈った自分の髪が、目立つほど短いことに気づいてしまう。その瞬間、彼の頬には熱がこみ上げ、恥ずかしさと、自分が何をしてしまったのかという後悔が心を満たしていった。


入学式の冒頭、校長が体育館の壇上に立ち、新入生に向かって話し始めた。「皆さん、入学おめでとう。そして男子の皆さん、勇気を持って丸刈りにしてくれましたね」。校長が「丸刈り」という言葉を口に出した瞬間、勇一の心は一瞬凍りついた。


「丸刈りとはただ髪を刈るだけのことではありません。それはあなたたちが学び、成長し、そして自己を見つめるための一つの方法です。一人ひとりがそれぞれ自己を見つめ、自己を問い続けること。それが、我々西中の教育の目指すところです」


校長はさらに言葉を続けた。「皆さんが丸刈りにしたことで、あなたたちは西中の歴史と伝統の一部となったのです。その自覚を持って、これからの3年間、学校生活を全うしてください。そして自分自身を、自分たちの未来を、しっかりと見つめてください」


校長のスピーチが終わると、勇一の頭には何か重いものが降りかかる感覚があった。勇一は、たまたまその校区に住んでいただけで、伝統の一部になりたいなどとは一度も思ったことがない。それなのに、自分の髪を切らされ、このような嫌な思いをさせられることに、理不尽さを感じた。彼の中には抑えきれない憤りと共に、混乱と虚無感が広がっていった。

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