第18話 尊文を刈る妄想

クラス決めテストの2日後。勇一は塾の教室で、テストの結果、尊文と同じクラスになってしまったことに不安と戸惑いを感じていた。小学校時代からの尊文の友人である西中校区の男子たちは、尊文と楽しそうに話し合い、中学校が別でも塾で再び同じクラスになれたことを喜んでいた。


しかし勇一の心は、これからずっと尊文に丸刈りをバカにされ続けるのではないかという恐怖に襲われていた。そして、勇一と同じく校則で丸刈りを強要されながら、それを免れた尊文と普通に会話できている友人たちを羨ましく思った。勇一は、なぜ自分だけが、丸刈りであることに対しての引け目や劣等感を抱くのだろうと考えた。しかし今の勇一には、その答えを導き出すことは困難に思えた。


塾での尊文は、わざと勇一の目につくように、自分が髪を切っていないことを自慢するような行動を取ってきた。ある日には、「暑いなー」と大げさに言いながら、まるで真夏のように下敷きで顔を扇いでその前髪をわざと揺らした。そして「俺も坊主にしようかな?」と皮肉っぽく言い、周囲の友人たちを笑わせていた。


そんな日々の中、勇一はいつしか、夜ごとに尊文を無理矢理丸刈りにする妄想に取り憑かれるようになっていた。寝室の暗闇の中で、勇一は目を閉じながら思い浮かべる。そこには、塾での尊文の笑顔があり、髪の毛が風に揺れている姿がある。


「おい、何するんだよ! それは…バリカンか? ちょっと待て、勇一! ちょっと待っ...」


勇一の目の前で、尊文が目を見開いて叫んでいる。他のクラスメイトたちは驚きと恐怖で固まっていた。そんな彼らの声を無視し、勇一はバリカンを掴んだまま無言で前へと進む。やがてそのバリカンが倒れ込む尊文の長い髪を頭の真ん中から刈り落とすと、悲痛な表情で叫び声を上げる尊文の声は、刃が髪を切る音に掻き消されていく。


尊文の泣き叫ぶ顔、混乱する様子、そして最後には自分と同じ青々とした丸刈り頭になった姿。尊文が自分と同じ経験をすることで、初めて自分の痛みを理解してくれるだろうという願望が、勇一の心を支配していく。そのイメージは徐々に現実と錯覚するほど鮮明になっていき、それが勇一の唯一の慰めとなっていた。


「なんでこんなこと...」妄想の中で丸刈りにされた尊文は、うっすら涙を浮かべながら、恥ずかしさに顔を赤く染めていた。だがしかし、その妄想から現実へと引き戻された瞬間、勇一の心は再び運命の厳しさに直面し、深い虚無感に包まれるのだった。


寝室の薄暗い明かりの下、勇一は思考を整理しようとした。彼の手は自然と頭へと伸び、丸刈りの前頭部をゆっくりと撫でる。それは冷たく、ザラザラとした感触で、この新しい自分を、いや、押し付けられた新しい自分を、確認するかのようだった。


どんなに願っても、尊文たちと同じように髪を伸ばすことはできない。その事実が、まるで自分の頭を覆うように彼の心をさいなんでいた。丸刈りの自分と長髪の尊文、その違いは髪の長さだけでなく、何かもっと大きな意味を持っているように感じられた。そんな虚無感を抱きながら、勇一はただベッドの中で、顔を歪ませながら頭を撫で続けていた。

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