第13話 坊主にしてください

結局、肩透かしとも思えるほど何事もなく卒業式を終えた勇一は、「先に帰るよ。また遊ぼうね」という光輝との短い別れのあいさつの後、1人校舎を後にする。


家路を歩く勇一は、ゆっくりと指で自分の髪を梳かしながら、教師やクラスメイトたちが彼の頭について最後まで何も触れなかったのが、彼を容認しているからではなく、彼を避けていたからだという確信を持っていた。


勇一の行為は、他の誰もが順守している規則に逆らった。無言の圧力、それが彼を世界から遠ざけていた。周囲の沈黙が彼には重くのしかかり、無言の非難として胸を圧迫していた。


自分が何をしてしまったのか、その重さを改めて感じた勇一は、深く反省した。そして、彼はとうとう決意を固めた。自分の頑なさを捨て、他の皆と同じ道を歩むことを、−−自分の髪を、自らの意志で丸刈りにすることを決心した。


勇一の目からは、もはや迷いや不安は消えていた。彼は次に何をすべきかを理解していた。勇一は深く息を吸い込み、無言で空を見上げた。


家に着いた勇一は、荷物を玄関に投げ出すと廊下を素早く駆け抜け、リビングの自分の引き出しから財布と自転車の鍵を取り出す。そしてドアを開け、制服姿のまま再び外へと飛び出していった。彼の鼓動は荒く、息もはっきりと速かった。


床屋へと自転車を漕ぐ道すがら、彼の頭の中は空っぽだった。そこには、今朝まで抱えていた悩みや迷いが一掃され、すっきりとした感情だけが残っていた。


きのうはどうしても開けることができなかった重たい店の扉を勇一が開けると、一瞬店内に静寂が広がった。続いて驚きの息が漏れる。それは店主のものだった。


「勇一君、それで卒業式に出たのか?」店主の声は驚きと混乱に満ちていた。


実は、勇一はこの店主が少し苦手であった。それは、小学校高学年に上がった頃から、散髪に来るたびに、勇一の丸刈りの運命をからかうようなセリフを何度も何度も繰り返されたからだ。


最初は「おお、伸びてきたな。でも、再来年にはこの髪も丸刈りだな」という言葉だった。勇一は不快に思った。なぜなら勇一は、自分の入学までには丸刈りの校則がなくなって、その運命から逃れられるわずかな可能性を信じていたからだ。


しかしその後も、店主の言葉は変わらなかった。「勇一君は西中だろ、慣れるために今から少し短めにしておこうか?」「どうせ坊主になるんだから、今の髪の毛を楽しんでおけよ」「中学に上がるときは、私が断髪式をしてあげるからね」という風に、毎回同じように言われる。勇一は、丸刈りの現実が徐々に迫っていることを認識させざるをえないこのやり取りが、とても嫌だった。


--その頭と制服で卒業式に出たのか、という意味の店主の問いに、勇一は力強く「はい」と答えた。その声には、前日に比べて明らかに変わった彼の決意と成長が表れていた。その返事を聞いて、店主はひとまず驚きを抑え、しっかりと彼を見つめる。


店主の視線が勇一の長い髪に移ると、その視線は彼の未来への覚悟を見つめ、次の言葉を待っているようだった。勇一はその視線に応え、自信を込めて言った。


「坊主にしてください」

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