第7話 光輝の転校

勇一は、教室の後ろの壁に飾られた版画を眺めていた。それらは、それぞれの生徒がこれから向かう中学生活の現実を、鮮やかに描き出していた。男子の髪型は、残酷にも長髪と丸刈りに分けられており、それに気づいた勇一は、堪らなくなって掲示から目をそらす。完成させることのできなかった自分の版画がそこにないことにもまた、この世界での居場所のなさを感じていた。


「おいおい、見てみろよ、大地の頭、すごいな!」


野中進学予定者たちの湧き立つ声が、朝の教室の空気を揺らす。卒業式まで2週間を切ると、西中進学予定者は次々と、頭を丸刈りにして登校してきた。


1人が声を上げると、すぐに他の者たちが近づいてきて、手を伸ばしてその頭を撫でる。頭皮が見えるほど短く刈られたその頭は、彼らにとって新鮮な驚きの源だった。


「うわ、気持ちいい」別の者が笑いながら言う。その言葉に皆が大笑いし、大地も苦笑しながら頭を下げて見せる。それを見ていた他の西中進学予定の男子たちの顔は引きつり、卒業式が近づいている現実を改めて感じさせた。


「おい、2組の俊樹もやったらしいぜ」


「本当? 見に行こうよ」


勇一はそれらの声を聞くたびに、心がギュッと締め付けられる感じがした。毎朝の盛り上がりが、彼には次第につらくなり、毎日が恐怖の連続となった。心の中で絶えずカウントダウンが進行し、彼の不安は頂点に達していた。


どうにかして時計を止めたい、という思いでいっぱいだったが、現実は彼に容赦なく迫ってきた。その現実から逃れられない勇一の心情は、版画に描かれたそれぞれの未来と響き合う形で、彼自身の未来に対する不安と恐怖を深めていた。


「えっ、転校?」


勇一の声は驚きに満ちていた。卒業式まであと1週間となったある土曜日の放課後、勇一は光輝と帰り道を歩いていた。親しげに並んで歩く彼らの間には、変わらぬ友情が流れていた。だがその平穏な雰囲気は、「実はさ、僕、中学から転校するんだよ」という光輝の告白で、突如として壊れる。その言葉は勇一にとって予想外すぎて、彼は一瞬何を言われたのかを理解できなかった。


本当かと尋ねる勇一に、光輝はうつむきながら無言でうなずく。彼の表情は悲しげで、その目には少しの寂しさが滲んでいた。「来週、みんなに発表するつもりだ」彼の声は微かに震えていた。


光輝の家は長い間、翔陽しょうよう団地に存在していた。しかし、来年の夏、団地が取り壊しの対象となることが知らされたそうだ。親は光輝の中学入学と、その3歳上の兄の高校入学のタイミングを考え、この春新たに桜野中の校区内にマンションを購入することを決めたのだという。


「野中か。じゃあ、坊主にしなくていいんだね」


勇一が苦笑いを浮かべて言う。その声は明らかに悲しみに満ちていて、笑顔の裏に隠された苦痛が見て取れた。彼の目は少しうるんでいて、その視線は遠くを見つめていた。


光輝もまた、少し眉をひそめて頷く。その表情は何とも言えない複雑さを帯びていた。光輝は、これからの中学生活で一緒にいられなくなる友人への寂しさと、彼を残して自分だけ丸刈りを免れることへの申し訳なさが入り交じった、複雑な感情を抱いていた。

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