第3話 ハンサムだから大丈夫

ある休み時間、勇一は、西中に進学する2人のクラスメイトたちが、前髪をかき上げながら話している様子を目にした。彼らは、中学に入って丸刈りにされたらどうなるかを話し合っているようだった。


「坊主になったら、俺たちどんな顔になるかな?」


クラスメイトの1人がため息交じりに口にする。


「あー、さすがにヤバいでしょ。ほら見てよ、俺の場合デコが広いから、ツルツルの頭は似合わないんだよなあ」


勇一はそんな彼らの会話を耳にし、教室の片隅で、自分がもうすぐ校則で丸刈りにされることへの苦悩を感じていた。しばらくの会話の後、クラスメイトの1人が、近くにいた光輝みつきに声をかける。


「光輝は絶対似合いそうだよな」


2人の話を聞くともなくその場にいた光輝は、話を振られ、「そうかな?」などと言いながら2人を真似て前髪をかき上げ、見せかけの丸刈りを披露する。勇一も、光輝が丸刈りになったらどんな顔になるのかを想像していた。


勇一は、自分の容姿にある程度の自信を持ちながらも、クラスで一番の美形は光輝であることを否定できなかった。バスケ部で活躍する光輝のすらりと伸びた手足と整った顔立ち、髪型にもこだわったファッションセンスは、多くの男子生徒からもあこがれと注目を集めていた。そんな光輝が、丸刈りになることで一気に地味な姿になるのを密かに楽しみにしていたのは、勇一だけではなかった。


「光輝が丸刈りだなんて、想像もつかないよね。でも、正直言ってちょっと楽しみだな」


2人はクスクスと笑いながら、光輝が丸刈りになる様子を想像して楽しんでいた。しかし光輝は一切表情を曇らせることなく、こう続けた。


「まあ、丸刈りだろうと何だろうと、僕は平気だよ。そんなことで悲しむなんて僕じゃないさ。それに、これから新しい中学生活が始まるんだし、髪型なんて些細なことだよ」


彼の目は確信に満ちており、顔には微笑みすら浮かんでいた。


「そうか。光輝、すごいな。お前なら丸刈りになってもカッコいいんだろうな」


「そうそう。俺らなんて顔がよくないから、丸刈りになったら絶対モテなくなるもん」


勇一は、光輝がこのように容姿を褒められるときにする、かすかな苦笑いを見逃さなかった。


「まあ、そう言ってもらえるのはうれしいけど、僕だって丸刈りに慣れないとキツいかもしれないよ」


2人の言葉に同情しながらも、自身が恵まれた容姿であることは否定しない光輝のその態度に、羨望が隠せない様子の友人はこう続ける。


「でも、俺たちよりはマシだろうよ。ハンサムパワーは丸刈りでも健在だろうし」


勇一は、クラスメイトのその言葉に、少し心が軽くなった気がした。しかしそれも刹那、勇一の心に、ある疑念が湧き上がってきた。


「ハンサムだから大丈夫」と言われ、丸刈りへの抵抗感を口にしない光輝。それに対し、丸刈りへの不安を拭いきれない自分は、もしかすると自認しているほど美しい容姿ではないのではないか--。


勇一は、丸刈りへの不安が、自身のアイデンティティである容姿への自信を揺るがし始めていることを感じ、さらなる苦悩に苛まれるのだった。

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