第36話 何をもって人に成るか


「よう、大人しくしてるか」


「くか―…………」


「寝てるよこいつ」


 ぼぼぼ、とジェット噴射の音が響く中、美女に擬態したキメラはぐうぐうと眠っていた。


 抵抗することも面倒になったのか、裸体を晒し拘束されているとはいえ大の字で隠さなければならないところを丸々見せつけるかのようにしているのは何故なのか。


 それはそうとして、ケンは食い荒らされた食料の貯蓄を取り戻すための探索から戻ってきた。


 何年もため込んでいた食料は取り戻しきれなかったが、そこそこは集められたため当分の食事は持つはずである。


 その元凶は自分が悪くないと思い込んでいるのか他人の、それも天敵と言って過言ではない者の部屋でぐっすり涎を垂らして眠っている。


「くつろぎ過ぎだ」


「がう?」


 軽く脇腹を蹴った程度では傷つきもしない。ご、という岩と岩をぶつけたような音が鳴るだけでキメラが目を覚ますくらいの衝撃にしかならなかった。


 脇腹という箇所は弱点にもなるはずなのだが筋肉の鎧のせいで傷つくこともなかった。


「ぐるるる…………」


「さっきまで寝てたくせに即威嚇かよ。親の顔が見たいもんだ」


 ケンが返ってきたことの気づくや否や、歯をむいて喉を鳴らし睨みつけてくる。四肢は拘束されたままでも威勢だけはとてもいい。


 人間に擬態できるということは他の生物にも擬態は可能であるはずなのだが、未だにこの拘束を解けていないということには何か条件があるのかとケンは考える。


「キメラという怪物の体裁は今まで保っていたはずなのだが、こうも変化できるということは不定形の生物だったりするのか?」


「がう!がうがう!」


「分からん、だがお前は人の言葉を喋られないのか?理解できるのに」


「あう、がぁ!」


「ふーむ、確かに日乃本語は様々な分類から取り入れられているから複雑と言えば複雑…………教育が出来たらいいんだが」


「がるる、がう!ぺっ!」


「だから毒のつばを吐くな」


 未だに抵抗を続けるキメラに辟易しながらも、捕まえた以上は何かしなければならないと考える。というか前に取引を持ちかけたことを忘れていないのだろうか。


 とりあえず、生きたキメラのサンプルを取れないかと工房に仕舞ってある注射器を持って来て警告も無しにぶっ刺そうとした。しかし、簡単には肌を貫くことは出来ず針が折れ曲がってしまった。


「オリハルコン製の針でも通らないか。あれだけの巨体が圧縮されたら硬くなるのも当然か」


「がっふっふ」


「……………………」


 針が通らなかったころでやりたかったことが出来なかったのを察したのかけらけらと嘲るような笑いを見せる。無駄に美人なのでどのような表情も絵になるというのが腹立たしく感じる。


 流石に細い針では通らなかったということなので、いつもの剣を持ってくる。


「がうっ!?」


「挑発さえなければもっと穏便な手で済ませたのにな」


 一般人では目でとらえることが出来ない速度で剣を振り腕の一部をブロック状に斬り落とす。


 身体の一部が切り落とされたというのに苦痛の声は上がらなかった。そして、ぼとっと落ちた肉の塊は地面についた瞬間に黒くなり灰へと変わった。


 そして、切り落とされた部分は傷を埋めるように肉が盛り上がり、何事もなかったかのように修復された。


「やはり大抵の損傷はすぐに修復されて、切り離されたところは即座に使い物になら無くなる、。改めて見てもお前がクソキメラってことが分かるな」


「むふー」


「何で偉そうな顔をしてるんだよ。お前に私は殺せないってか?お互い様だろうに」


「ぐるるる………」


「唸りながら悪い顔するなよ。その姿も相まってみっともないというか」


 何度でも言うが、たとえ顔が整い悪い顔も美しく見えたとしても全裸で大の字で拘束されているものだから格好がつかない。


 いくら見苦しいとはいえ、相手はモンスター。人間の道理を説いたところで理解するかどうかも怪しい。


 かといって貴重な情報を得るために使えるのは間違いなく、人の道に進むことができる可能性は否定することはできない。


 中々死なないのなら人の言葉を教えて飼い殺しにするのもありかと思い始めた。地上でも似たようなものが居るのなら、それよりも凶暴なのをどのように従えさせたらいいかという良いケースとなるかもしれない。


 人がモンスターとなる可能性を示唆されていても、その逆は滅多に起こらないだろう。知能が非常に高いモンスターというのはこのキメラを除けば大規模なダンジョンのボス部屋のモンスターくらいしか存在しない。


「ちょっと待ってろよ」


 べちっと採取してきた何の生物か分からない生肉をキメラの顔の上にのせて再び工房へ足を運ぶ。


 何故、生肉を顔に乗せられたのか分からず困惑するキメラだったが、もそもそと口に当たる部分から食し始める。


 その間に再び工房へ足を運び、設置されているパソコンの前にある椅子に腰を掛ける。


 パソコンの中には様々なデータが入っている。様々な機器の設計図やモンスターのデータ、かつてインターネットで残っていたデータの殆どがこの中に詰まっている。


 容量はどうしたと言われかねないが、そこは彼の超科学の手によって納め切ったとしか言うことがない。


 その中からとあるデータを抽出し、プリンターから文字や絵が印刷された紙が何枚も出てくる。


 それらの端に針金をして折り曲げホッチキス代わりに固定。紙の束を持ってキメラの元へ向かう。


「もっしゃもっしゃ」


「しっかりと食べるんだな」


「げふぅ」


「品を求めるのは酷か?」


 しれっと生肉を食べきり胃の中の空気を吐き出したキメラに呆れたような顔を見せる。


 見た目はいくら取り繕っても所詮は野生動物。自分の姿を誰かに見られても困ることはないのだ。


 そんな傍若無人で抵抗するよりも様子見をしたらいいという感じのキメラの横に彼は座る。


「まあなんだ、俺を殺したければ人間のことをもっと知れ。特に言葉」


「がう?」


「そういう訳で読み聞かせでもしてやろう」


 彼が持ちだしたのは絵本をコピーしたものである。言葉が分かるのであればあとは発声練習と文字の理解さえすれば知能面でもほぼ完全な人間に寄り添うことが出来るはずと彼は考えた。


 見た目だけは大丈夫なので、それ以外を叩き込めば何とかなるのかもしれないとモンスターの生態に詳しくないながらも考えたのだ。


「お前が人間をどう思ってるかは知らん。だが、人間を知ることで新たな境地を得られるかもしれんぞ」


「??????」


 キメラの頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが何となくわかる。


 それでも気にせずケンは寝転がっているキメラに絵を見せつつ内容を読み上げる。


「では、まずこれから始めようか。桃次郎」


「がう?がうう?」


 突然始まった読み聞かせに困惑しながらも、拘束から脱出するための手段を考える時間稼ぎは出来るだろうと話半分で聞くつもりだった。


 ここで、完全に聞く気が無ければこの後の展開は大きく変わっただろう。


 ただ人を喰い散らかす獣と化す未来は十分にあり得た。


 だが、ここで災いしたのが知能の高さである。


 ダンジョンから産まれた時に知能が高く、そして強くあれと決められて産まれたモンスターは地上の知識をある程度持って誕生する。


 それらは基本的に人間が強くなるための栄養ということと食い殺さなければいけない下等種族ということを前面に出すかのように半ば無理矢理知識を付けられたのだ。


 だから今までは地上の人間はただの食料と思い込んでいた賢い野生動物でいたのだ。


 本来なら浅い層と中層だけでなく深層のモンスターも地上侵略に参戦してあっという間に終わらせるはずだった。


 それがどうだ、世界各地に出来たダンジョンの中で深層は数々の異常者や秘密組織によって制圧された上に、多少の成果は見せたものの浅い層から溢れ出たモンスターも人間の尽力により駆逐されてしまったではないか。


 その結果、地上侵略の使命は残った物のいつの間にか創造主も駆逐されてダンジョンに生かされる日々。


 故に地上に出ることすら出来ず新たな肉体、新たな魂として転生を続けるダンジョンのモンスター達の刺激はたまにやってくる人間のみだった。


 幾度と転生を続けると記憶も魂も摩耗して、何をすればいいのかを忘れていく。そして本能のままに動くようになっていく。


 キメラはどちらかというと長く生き過ぎて本来やるべきことへの疑問が勝っているといった、行ってしまえば反乱分子になりかねないモノであった。


 地上に恨みを持つにしては物語を読み上げてる男の方に怨みはあるし、地上の道具が揃うこの空間の方が興味ある。


 文明に触れてしまった以上、ゴミみたいな今より文明的生活を望むのは『強欲』なのだろうか?


 いつの間にか物語一つに取り込まれるキメラがそれに気づくまであと僅か。

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