第35話 巷のニュース


『やはり規制が必要か?探索者の募集要項の改善案』


『純光教、教祖来日!目的は布教か?」


『値上がりするダンジョン市場。一方で海外で安くなる?』


『「Over・V」映画化決定!』


 日夜日乃本はニュースでにぎわい続けている。世間的に一番注目されているのはもちろんダンジョンにまつわる話。


 国産のダンジョン資源は少し入手が困難になったことで価格が上がり、全体的な物価上昇が否めない。


 やはり200周年式典の影響は非常に大きかった。探索者が大量に死ぬ映像が出回るわ、そのせいで引退者が出るわ、新たな探索者の求人率がやや下がるわ、悪質な探索者グループが増えるわ散々な目にあっている。


 もちろん探索者協会は動いており犯罪の温床になりかねないところには目をつけている。


 なってしまったものは仕方なく『処分』している。


 ダンジョンという最高級の炭鉱に働く人間が居なくなれば経済は滞るもの。政府もこれはいけないと危機感を覚え探索者に融通を聞かせる制度を立てようとしている。


 はっきり言って効果は薄い。地方の一部が上京してくるくらいで総合的な戦力向上にはならない。 


「はあ、俺も都会に行けたらなぁ」


 アパートに一人暮らしの公務員の男がベッドで寝転んでテレビのチャンネルを変え続けていた。


 端末のSNSから情報を得ることは可能だが、向こうから勝手にしゃべってくれるテレビの方が限定的とはいえ情報を集めるのはもっと簡単だ。


 仕事で心が疲れたダンジョン担当の公務員はそのままゴロゴロと寝そべる。


『やはり、探索者協会内の規制が大きくなっているようですね』


『今までは武器や防具が充実していたため死者数は減っていたとされていましたが、モンスターの強さが再認識されたということでよろしいのでしょうか?』


『そうですね、特に深層のモンスターは200周年式典の惨劇で恐ろしいものだと知れ渡りました。このことは海外でも大きく話題に取り上げられています」


 コメンテーターが喋り終わると円グラフが表示される。円グラフの上の方には『ダンジョンは危険だと思いますか?』という文字。下の方には様々な国名が書かれている。


 その円グラフには『はい』の比率が非常に大きくなっており、『いいえ』の方が圧倒的に負けている。


 さらにその下には様々な国から200周年式典についてのコメントが寄せられている。


『こんな地獄だなんて想像したくなかった・アガリカ在住』

『我が地にもこのようなものがあるとは思いたくない・ガンダ在住』

『大きなダンジョンには寄りたくない・欧西在住』


 このようにネガティブなものばかり並んでいる。


 公務員として小さなダンジョンを討伐しつつ配信をやっているが、給料はそこまで高くないしダンジョン自体も小さいため弱いモンスターしか湧かないので人目につくような配信もできない。


 こうしてダラダラする為の金稼ぎという程度でイマイチやる気が起きないのだ。


 とは言っても、公務としていずれモンスターが溢れるのを防ぐ為に旨みのないダンジョンを潰すことは命を張った仕事である。


 モンスターの攻略法や貸し出しの装備の質が上がったことで生還率は飛躍的に高くなったものの、退職者は絶えない。


「森田のやつもやめたし、俺も辞めようかなぁ」


 口では言うが、この男としては適度に身体を動かすだけでダンジョンは何とかなるので楽な仕事と認識している。


 ここ最近でも怪我はしていないし、罠を踏んでもすぐに対処はできる。


『続きまして、「純光教」の教祖が来日すると発表がありました。巡礼として様々な土地への慰労とダンジョンへの探索をするとの事です』


『何故このようなことを決めたのかは詳しく分かっていませんが、「純光教」は入るものも出るものも拒まず妨げずと言った宗教ですよね』


『理念は良いと聞くんですけどね、信者と教祖が不気味というか』


『現地でも教祖が行う行為の中に「魔法」が含まれているとされており、公的な記録に残っている中で最も魔力を早く扱えた人間として記録に残っています』


『何度も世代交代しているんですが、その衣装は全く変わっていないというのも気になります。伝統なのかもしれませんが、未だに明かされていません』


『来日するということは何か理由があるのでしょう。日乃本にも信者はいますので注目も集められています』


『続きまして、人気アニメ「Over・V」が映画化。気になるアレはどうなる?VTRをどうぞ』


 あまり興味がない話をただただ延々と聞き続けながらぼーっと、ダラダラと過ごす毎日。


 公務員である以上、自営業のような探索者の様に自由な時間に行動するわけにもいかない。


 明日の仕事もあるし、仕事にも行きたくない。それでも生きるためには働いて金を稼いで住処を確保し、食料を得て、環境を整えなければならないのだ。


 働くという時点でやる気が更に落ちてしまうが生きるためには仕方がない。


「はあ、水飲も」


 あらかじめ買って近くに置いてあった水の入ったペットボトルに手を伸ばし。


「あっ」


 掴むのを失敗して倒してしまった。幸いというべきか、ふたを開けていなかったため中身はこぼれておらず大惨事は免れた。


「…………もういいや」


 公務員の男は諦めた。もはや指一本すら動かすことが億劫になってしまった。


『もうやだ、ねむい。なんではたらくの?』


「ご飯を食べないといけないからさ」


『それもめんどくさいよー』


「生きるためには、仕方ないんだよ」


 疲れのせいで脳内に響く声に答えてしまう。激務というほどではないが、怠惰な知性を持ちダンジョンのことを何でも答えてくれるという自分の脳ながら便利な力だなと思いつつ、いつの間にか疑問にも思わなくなってしまった。


なぜか・・・お互いにぐうたらな性格という共通の項目があるため、イマジナリーフレンドだとしても寂しい1人暮らしのお供として暮らしている。


 完全に限界化しているなどと言ってはいけない。


 よく見ると部屋は汚く、ゴミも散乱しており片づけを怠っていることが目に見えて分かる。ビールの空き缶も袋詰めで転がっており、ゴミ捨てすらサボっていることもよく分る。


 あれもこれも全てダンジョンが悪い。適当にデスクワークで働いてのんびりするはずだった人生計画が、無駄に身体能力が高いということでダンジョンへの人員として回されてしまったのだ。


 やりたくもないのに血を見ることになり、かといって誰かに見られるわけでもなく、せめてもの救いである配信の許可は下りたものの人が寄り付くこともなく。


 今仕事を辞めたところで安定した給料を得るには都会に出なければならない。


 その時に家の確保や探索者協会への個人的な登録、他にもいろいろと金がかかったりするため計算も面倒になり、出ることすら全く考えていないのだ。


「はあ、楽して稼ぎたい」


『でも家から出たくない』


「仕事したくない」


『使命果たすのめんどくさい』


「いい方法ないかなぁ?」


『誰かに任せるしかないかなぁ?』


 何もかもが他人任せになっている心境で転がり続ける。


 ニュースでアニメの話をしていても、食指が動く訳でもなく。


『速報が入りました。純光教の公式発表で日乃本に現存するダンジョンの中でも深層へ教祖が潜るとのことです』


『理由として、200周年式典の犠牲者を弔うためとなっていますが、どうでしょうか?』


『純光教はダンジョン攻略を主に置かず医療行為を中心とした行動で知られています。ですが、教祖という権力者が中へ入るということは許可されているのでしょうか?』


『国際的な注目を集める中、日乃本の探索者協会はどのような判断を下すのかが注目です』


 自分にあまり関わりのない宗教のことを上げられても興味を持つことは無かった。


 怠惰な男はことを起こす気力もない。今日も一日、ダラダラと頭の中に住まうイマジナリーフレンドと過ごすのであった。


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