第33話 呼ばれている


「はーい、恵右ですお腹すきました」



:初手空腹助かる

:いつも腹空かせてるな

:今日は何食べるの?



「えっと、今日はただ肉を食べるんじゃなくて」


 ごそごそと端末を一度置き、雁木恵右はリュックサックの中をあさる。



:なんだなんだ?

:瞬殺まだー?

:何漁ってるんだ



「からしで味変してみます」



:シンプルだった

:定番では?

:もっとこう、なかったのか?



「安心してください。調味料はたくさんあります」


 リュックサックをひっくり返すとざらーッという音と共に大量の調味料が姿を現す。


 どうやら今身に着けている装備以外で持ってきたのはこればっかりのようだ。


 最近の恵右の配信は似たようなものが続いていた。一撃必殺でモンスターを仕留めては食べ、仕留めては食べの繰り返しで、悪く言えば飽きが来そうなものだった。


 これはいけないと事務所は判断した。視聴者が離れていっては広告収入が少なくなる、それは直接的な収益につながるためモンスターだけを狩るだけではいけないのだ。


 それに、探索者という人材を常に集めなければならないため広告塔として見られ続けなければいけない。


 そういうことでテコ入れが入った結果、調味料で何が合うか少量ずつ試していくものとなった。


「では、行きましょうか」



:片付けるのめんどくさそう

:なぜ全部出したし

:入れ方雑w

:探すの大変になりそう



 ばたばたとリュックサックの中に収納し終わるとそのまま背負って歩き出す。


 端末で前を映しながら何か現れないか探しつつ、カンカンと小さな金づちで壁を叩きモンスターをおびき出そうとする。


 これはモンスターだけを狙う手段として流通しており、大きな音がした方向へおびき出される習性がある。


 特に浅い層ではこの傾向があり、知能が低ければ低いほどこの傾向は強くなっているとされている。


 特に、上位陣が日乃本から多く消えたのが痛かった。純粋に人手が減ったことで中層の資源の回収率が減ってしまったのだ。


 たかが100人、されど100人。世界の総人口や毎年の死者数から考えたらちょっとした数値には見えるだろう。それでもその100人が立てた功績と利益は少なくない。


 日乃本の経済の一部を回しているくらいの影響力はあったのだ。


 そんな彼らが瓦解したことにより一部業界が店を畳むに至る。その補填として少しでも人を集めたいのだ。


 そんな事情は特に気にせず恵右はスタスタとダンジョンを進んでいく。


 少し進んだところでバサバサと羽ばたく音が聞こえる。ダンジョンの通路は広いとはいえ大型なのはモンスターハウスのような大部屋やボス部屋と言われるダンジョン最深部にある場所くらいしかいない。深層はやや特殊で別ではあるが。


「この音は蝙蝠ですね。肉はゴブリンに比べたら味はいいですけど噛み応えは悪いんですよね」



:それまえも言ってたぞ

:普通ゴブリン噛まないからw

:この前焼いて食べてみたけどクッソ不味かったぞ

:焼いたからでは?

:焼かなくても不味い定期


 コメント欄で何か言ってても今は無視。お腹が空いている時にカモならぬ蝙蝠が飛んできたのだから。


 いつものレイピアで的確に頭を一突きする。しかし、相手は単独ではなく集団、13匹で襲い掛かってきたのだ。


 1匹が殺されようと他のモノでカバーすればいいという集団戦法を行う厄介者だった。


 関係ない。奴らのカバーを上回る速度で殺せばいい。


 すぐに腕を引き更に一突き、もう一突きと1秒で2回の攻撃を放つ。


 2匹、3匹と仕留めるがそれでもまだ全滅には至らない。


「連続よりも、一度に、同時に!」


 近くまでやってきた蝙蝠をレイピアで払いのけつつ後ろへと下がる。


 バサバサと不規則に、されど統率されたような動きで蝙蝠は彼女を追いかける。


「…………今っ!」


 高速の2撃。こちらも1秒に2度放たれた突きだが先ほどの1匹のみを確実に仕留めるものとは違った。


 可能な限りレイピアを突き出せるギリギリのラインまでおびき寄せ、頭部の並びが一直線上になった瞬間を狙った音速級の、現時点で恵右の最高の攻撃が放たれた。


 レイピアに脳を貫かれ、その後ろにいた蝙蝠も脳を刺さされ、1突きで3匹、合計6匹を同時に仕留めたのだ。



:すげー!

:マジの神業キター!

:頭を連続で突いただと!?

:どんな視力してるんだよw



 一瞬、呆気に取られたコメント欄が一気に流れ出す。この時でも端末を持ちながら蝙蝠を映していたのでその光景は視聴者にしっかり届けられた。


 仲間が同時にやられたことで、残った1匹は不利を悟り急いで逃げ出した。


「これだけ集まればいいでしょう。え、さっきの?狙ってやろうとしたら出来ました」



天才かよ

言い方が無自覚のそれ

これは強者



 しれっと言い放った後は蝙蝠の解体作業に移る。皮を剥ぎ、血抜きをある程度し、腑を取ったら彼女に取っての食料は完成である。


 血抜き自体も簡単に済ませたものなので肉には血がまだ残っているが気にすることはない。


 9匹を解体して持参してきたシートに乗せ、そこに調味料をドンっと置く。


「では、宣言通りからしで食べます」



:そこは守るんだ

:どっちも一緒じゃね?

:漬物にしたら変わるんじゃね?

:それまでに待てるわけないだろ!



 何故か正座して蝙蝠の生肉にからしをかける。そしてそのまま齧り付いた。


 もぐもぐと噛み締め、からしも口の中で細かくなっていく肉に絡めながら舌を動かし味わっていく。


「ふーむ、やっぱり調味料を付けると違いますね。なんかこう、あれですよ。スイカに砂糖つけるみたいな」



:それをいうにはスイカに塩

:真面目に間違えてて草

:いつもの真顔で間違えてるの面白い


 盛大に間違えたが全く気にしていない。配信になると緊張して言葉遣いまで何故か丁寧になっている。


 そこがいいのか、常に丁寧になる彼女を評価され固定の視聴者がついている。


 もぐもぐと表情をあまり変えず、しかし美味しそうにしていると仕草で分かる。あざといと言われるかもしれないが、天然で空腹と低感情をしているためあまりキャラのブレがない。


「もぐもぐ…………ん?」


 蝙蝠の肉を噛んでいたら、何かを感じた。


「誰か呼んでる?」



:何も聞こえなかったけど

:気のせいじゃない?



 どう見ても何もない方向を向き、そう呟いた。


 彼女の目の前に広がるのはただの通路のみ。その先に誰かが居たとしても目視で見つけることは出来なかった。


 それでも何かが彼女に囁いている気がする。あの時の悪夢の様な声ではないが魅力的な何かが恵右に対して誘いをかけている気がする。


「…………ちょっと行ってみます」


 どうにも気になる彼女は立ち上がり、リュックサックの横についているポケットから袋を取り出し蝙蝠の肉をしまう。


 その袋を振り回しながら血の匂いを拡散させ、あえてモンスターをおびき出しつつ彼女は進む。


 その原動力は基本的に食欲だが、興味を持った者には近づいてしまうという若者らしい視点も持ち合わせていた。


 上京して少したってもまだ10代の恵右は、まだダンジョンの魅力の奴隷になってはいなかった。


 それでもダンジョンに潜ることは自分の欲だと信じていた。


 お腹が空いたから食べ物を取るために、お金で新しい料理を買うために。


 そこに斬っても切り離せなくなってしまったダンジョンという存在。世界経済にそこから産出される資源に支配されてしまったとほとんどが気づかず、例え警鐘しても時間が経ちすぎて見向きもされなかった。


 そして、世代交代をした人類はいつの間にかその身に魔力を宿していた。


 囁かれていると思っていた恵右は、気づけば中層から深層へ至る階段の入口に居た。


「ここは、ということは、あれ、私いつの間に中層に?」



:黙々と歩いてたよ

:途中から端末降ってて酔いそうだった

:それでもモンスターは瞬殺だったよ

:∞に殺しつくしてた

:後で回収するの?



 ここまで完全に無意識だった彼女は自分が浅い層から中層に居たことに困惑した。


 たまに暴走して記憶が飛ぶことはあったが、この感覚は久しぶりだった。


 後ろを見たら点々とモンスターの死体が転がっていた。どれも目玉から脳を一突きにされての即死だった。


「もったいない…………あとで拾うとして」


 それだけ言って、協会から無断で侵入しないように設置された扉を見続ける。


 この先には深層へつながる通路がある。だが、そこは間違いなく危険地帯だと口が酸っぱくなり耳に胼胝ができるほど教えられた。


 それでも、未知の食材が眠っているのは間違いない。だって先輩の坂神あかねがそこで食べたシチューとリンゴが美味しかったと語っていたのだから。


「いつか、攻略したいな」


 この時のコメント欄は滅茶苦茶必死に止めていた。何故なら全員が200周年式典の惨劇を見ていたのだから。


 それでもいつかこの欲求は止められなくなるだろう。


「ごめんなさい、変なこと言っちゃって。配信もこれくらいにして、食材拾って帰ろうかな。みんな見てくれてありがとう!次も見てね!」


 今は惜しいが、配信を終了して今回は帰ることにする。


 これは予感だが、いずれここに来る気がする。自分はこの深層に呼ばれたような、何かに呼応するような胸の高鳴りが隠せなくなってきた。


 何故かにやつき、どうしてか再び腹が減る。


『そうだ、いずれここへ還るのだ」


 声が聞こえた気がした。しかし、周りを見ても扉とモンスターの死体しかない。


 気のせいだったと彼女は思い、そのまま帰路につく。


 聞こえた声は自分の口から発せられたことと、いつの間にかダンジョンに安心感を持っていたとは気づかずに。

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