第31話 ヒトというカラダ


―――がんばれ!二足歩行!


――うーん、縦に長いとバランスが崩れちゃうね。


 てくてくと歩いていたかと思いきや、ズルっと足が後ろに滑りぺしゃっと後ろに倒れるという擬音が詰まったような行動をとっている。


 その姿はまさしく美女というべきなのだが、ダンジョン深層という魔境において全裸というあまりにも無防備な格好をしている。


―ええい、何故こうも体の上の重心がずれるのだ!


 一つの身体ではあるが、その頭には三つの人格が宿っている。一つは励まし、一つは観察し、もう一つは動きがままならぬことにいら立っている。


―どうも上半身の揺れが全体に響くのだ。何がいけない?


――分からないなぁ。この感覚だと足の裏も滑るってかんじ?


―――やっぱり肉球が無かったから滑るのかな?蛇みたいに這ってみようよ。


――それをやるにしては滑らかさが足りないよ。蛇の鱗つけないと。


―ダメだ。あくまで人間としての体を保たなければ脱出は出来ないはずだ。


 そう、人の見た目をしているがれっきとしたキメラというモンスターなのだ。皮、内臓などを人間の身体として元々の巨体を凝縮させた強靭な肉体を保持しているため、人間などという弱小種族よりも強いのだ。


 強いからと言っても人間の体の操作に慣れた訳ではない。


 ある程度歩けて他のモンスターもその手で引き裂けるようになったが、このように動作に不具合が生じることがある。


――やっぱりあれかな。体積が小さくなったけど体重は変わらないからバランスがおかしくなってるんだ。


 キメラの元々の体重は8t、体長も3mほどあったものが人間一人分まで小さくなっていると考えていると尋常じゃない密度となっている。


―慣れない姿だと、フラフラするのはあたり前か。


 乳房以外の脂肪分は殆ど無く、筋肉で凝縮され太い足や内臓を守るための腹筋は殆どの攻撃は効かないだろう。


 その四肢に、胴体に、頭に合計8t分の骨と筋肉、あと少しの内臓が入っているという超重量級の身体なのだ。


―――四つん這いになってる時が一番安定するけど、ちょっと前のめりになってるんだよね。


 ちなみに乳房の重さは両方合わせて1tある。


―だが、俺は着実に前へ進んでいる。その証拠に餌場までやってこられたのだからな!


――まあ、草が生えてるだけだよね。


―――たまに緑色の小人も湧くよ。


 そんなキメラが寄ってきたのは植物の群生地。よくモンスターが立ち寄る場所の一つであり、水源もあり定期的に食料も湧くのでキャンプにはうってつけなのだ。


 そう、血に濡れた肉を喰らい新たなステージへ上るためのブートキャンプである。


――奴にさえ出会えなければ順調に出る準備が出来るはずだよ。


―――奴はまだこの近くにはいない。逃げるまでの時間もあるし。


―ふん!いずれ奴すら喰らい俺の血肉に変えてやる!


 いつも瞬殺してくる忌々しい雄を思い出しながら水源へ飛び込む。


 身体の汚れを落とすために飛び込むことはたまにあった。しかし、人間の身体で飛び込むということは今回が初めてだった。


―――冷たい!


―今までは毛があったからな。いや、お前は元から毛は生えてないか。


――あー!有毛種のマウントだー!


―貴様も有毛種だろうが!


 ザパッと美しく水面へ上がる姿はまさに絵になるだろう。その脳内で醜い喧嘩をしていることを知らなければだが。


 だが、キメラに突然の異変が襲い掛かる。


―む、むむむ?浮きにくいぞ?


――それどころか沈んでるような。


―――間違いなく沈んでるね?


 先ほど浮き上がったのは一度水底へ沈み、跳躍して上がったからである。そこで浮こうと足をばたつかせたが、徐々に沈んでいく。


 乳房以外に脂肪がついていない筋肉の塊のような身体のせいで、浮くことが出来ず沈んでいくのだ。


 そう思っていた。


――ふーん、乳で人って浮くんだ。


―雄だと完全に沈み切っていたな。


―――水中で呼吸出来て良かったね。


 水面で乳房だけ浮いてるという奇妙な場面が作り出され、完全に沈むということは無かった。


 ついでに水中でも呼吸が出来るというキメラという大量の種族を身に取り込み使えるという能力で窒息することもなかった。


 かといってこのまま変なポーズで浮き続けるわけにもいかない。自慢の筋力を用いたバタ足で再び水面へ浮上、水浴びを終えようと岸へ上がる。


 ぶるぶると全身を振るわせて水滴を落とそうとしたが、長く伸びた髪の水分は中々乾かない。


――毛が長いってのも問題なのかねぇ


―発熱したら乾くだろ。


 ぶんぶんと歌舞伎の様に腰よりも長く伸びていた金髪を振り回す。元々の体毛が金色なので人間体で生えている全ての毛も金色なのだ。


 ブンブンと振り回しながら体を震わせ尋常ではない熱量を放つ。水が蒸発する温度へ簡単に到達し、近くにある水分は蒸発する。


 身体の周りについていた水滴は全てなくなり、すっきりホカホカの状態となり振り回していた髪を治す。


―この手に限る。


―――ねえ、嫌な予感しない?


――何でだろうねぇ、ヤバい気がする。


―む、まさか奴か!


 キメラの勘は鋭い。ダンジョンという広大な迷宮を地図も無しに渡り歩き続けているが、危険と思うものにも鋭いのだ。


 だからこそ挑み甲斐がある。何度死ぬような目をあっても挑み続けて僅かでも弱点を見つけ出すのだ!なお成果。


 だが、今はその時ではない。


―負け惜しみではないが、奴と今は会う訳にはいかん。


――まだ弱いところを見せたらダメだからね。


―――ご飯、食べられそうになかったね。


―言うな!俺だって腹は空いてるんだ!


 キメラは仕方なしにその場から離れようと駆け出す。


ずるべっしゃぁ!


 乾いているせいか、水にぬれているのとは別のベクトルで滑りやすくなっており顔面から思いっきりこけた。


―またか!なんなんだこの足は!


――人間の足って不便だね。


―――早くしないと来るよ!


 バタバタと今度こそ転ばないようにキメラは駆けだした。先ほどは転んでしまったが、当初から考えると比べ物にならない速度と前傾姿勢で加速し続けている。


 二本足での壁走りまで対応しカーブすら余裕で駆け抜けられるようになっている。


 やはり才能はあったのだ。天下無双のモンスターとなれる素質を有しているのだ。普通に相手が悪すぎるだけだったんだと三つの人格は同時に思った。


―いずれ、地上の人間を余すことなく喰ってやる。その後がお前の最期だ!


―――すごい死にそうな捨て台詞だね。


――言ってやるな。私もそう思ってるんだから。


 物凄いフラグにしか聞こえないセリフだけを残して駆け抜ける。


 日の当たる外を目指して、明るく鉄の匂いで湿気た未来を夢想して。


 いつか成るのだと夢見て駆ける。


 星の守護者はあの男だけではないとはつゆ知らず。されど、決してあきらめない『強欲』さはこのキメラだけのもの。


―たとえ何度死のうとも使命は達成する!


―――多分、創造主は死んでるかもしれないけど。


――私たちの本能であり存在意義だからねー


 この怪物は諦めない。

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