第28話 専門GUY


「恐らく、これが例の…………」


 ケンは自室でベッドに寝そべりながらあかねの配信を見ていた。


 変わり者と称され配信を始めさせるための訓練としてあかねと一緒に配信に出ていた雁木恵右を観察していた。


 とりあえずあかねのチャレンジ精神は褒めておくとして、配信スタイル的に彼女にゲテモノはやめておいた方が良いとは思った。


 そして雁木恵右についてだが。


「全然分からん」


 食に関する執着は異常ということ、眼球から脳に一突きする一撃必殺が得意ということだけしか分からない。


 戦闘面の総評では技術は一点に特化しているのと動きが相当速いことは分かった。


 身体能力は平均以上どころではないと判断した。一見、かなり戦えるという風を装っているが赤灰オオカミと呼ばれたモンスターの眼を狙い脳をかき回そうとする姿勢は並大抵で得られるものではない。


 四足歩行の獣の利点は相手よりも低い視点から攻撃できること。上から視点を見下ろす人間からしたら中途半端な位置に居つつ、簡単に死角へ潜り込めることが利点なのだ。


 それを簡単に潰し、なおかつ同じ目線の高さどころかそれよりも低い姿勢で急襲したのだ。


 そこから目を狙い脳をかき乱す。それをするにはさらに下の方から狙わなければならない。的確な技量を求められる以上、相当手馴れていなければ出来る芸当ではない。


「モンスターの魂が吸収されるっていってもなぁ。魔力すら分からん俺でどう判別つけろと言うんだ?」


 一番危惧していること、モンスターの魂と力を持った人間がモンスターとして地上を制すること。


 それに関しては地上の連中がどうにかしてくれるとは思うが、世界中の人間がそうなってしまったらおしまいである。


 そして、ケンは魔力とかそういった超常現象に関わることが出来ない。精々、他者から教わり科学技術として再現できるかどうかと言ったところである。


 それ故に行動だけでは見抜ける、と言ったことは出来ないのだ。


 雰囲気とか言動など、直接会えば分かるかもしれないが確定できるとは言えない。


 それに、自分も含めて元から奇想天外な人間と言えるかどうかすら怪しいどころか最初から地球産の人外な者だっているから始末に負えない。


「そういえば生肉は魔力を含むんだったか。下手したら魂を吸収しないかこれ」


 断片的に受け取った情報から推測しかできない。その推測も、その道のプロからしたらお粗末なものになってしまう。


「そもそも、どうやって魂吸収するんだよ。肉体全体の魔力が魂と言いたいのか?」


 それも不思議なものを科学という現実的なものに当てはめようとしているためそもそもの相性が悪い。自分で直接触れられないし感じられないものを理解しろというのが酷なのだ。


 それを踏まえて監視装置は完成に近づきつつあることが彼がもつ地上の科学を超えた超科学と言う異常性を示している。


「まあ大丈夫か。なんやかんやで協会とやらも注目はしてるはずだし、俺がそこまで気にすることはないだろ」


 そういう訳で放置することにした。


 地上で何かあれば『天文台』や『教祖』が動くだろう。このダンジョンの最終防衛ラインそのものとなっているこの男が出るというのはお門違いというもの。


 今日も足りない素材を集めようと端末の電源を切りポケットへ仕舞う。


 実は充電器の方が寿命が近くなってきているようなのだ。自動で何もしなくても魔力により充電できるという点で不思議要素満載なのだが、実質永久機関を作り出しているケンの偉業に比べたらそこまで目立つことはない。


 こちらも設計や素材を調べて再現しようとはしている。重要な部分を弄らないようにしながら一度オーバーホールに近い事をしたので構造は把握した。


 それも作らないといけないため素材集めは入念にしているのだ。


 なお、その素材も深層よりも浅い場所でしか取れないためさらに時間がかかるのは言うまでもない。













「へぇ、あの子が件の…………」


 ビル最上階より一つ下、その階層からその女性は眺めていた。


 その視線にあるのはダンジョンから帰還して帰っていく二組の若い女性。遠くからでは顔も見えない筈なのだが、見下ろす女性の眼にはしっかりと捉えられていた。


「『大罪』候補、地方の中でも突出した成果を見せてるらしいけど、実力は本物みたいね」


 彼女も坂神あかねの配信を見ていた。探索者という職業は魔力が常に放出されるダンジョンへ潜りモンスターを狩り続けるため、影響を非常に受けやすい。


 そのため監視の目は必要になる。


 だが、一人で監視となると飽きる…………のではなく人が増えていく以上は目が行き届かなくなる。


 そのための探索者協会。電子的なネットワークだけでなく人々の繋がりを利用した情報伝達も駆使して人を集め、情報を集め、そして自分に都合の良い人員を集めた。


 自分の都合の良い駒として動くように、されど雲行きが怪しくなれば簡単に切り捨てられるように。


 『とある一人』を除けばこの女は全ての人間などどうでもいい。こうして探索者協会の会長という退屈な椅子に座り続けているのも『とある一人』が頼んだから渋々やっているだけである。


 前回に行った200周年式典も人々をダンジョンから遠ざけるための施策、つまり少なくない犠牲が出ると分かっていながら反対するそぶりを見せつつも水面下で幹部達が強引にでも十呼応させるように煽っていたのだ。


 とはいえ対軍トラップが発動し、生還者3名という歴史的な大敗と信用を相当損なうほどの蛮行をしてしまうなど思いもしなかったが。


 やはり人類は愚か、そう思わざるを得ないくらいには元々彼女の中では低い評価をさらに下げることとなる。


「やっぱり駄目ね。新人類ニュータイプなら食指は動くかとおもったのだけれど、なにも思う所がないわ」


 そして窓から離れて自分の椅子へ座った。


 役職に固執するつもりはないし、何ならもっとサボって『とある一人』の元へ駆け付けたい。


 それはまるで恋する乙女のように、思い出すだけでも美しき美貌は輝きを増していく。


「思い耽るのはいいですが、仕事はしてもらいます」


 その空気をぶち壊すが如く、初老の白髪混じりの男性が彼女の前に置いてあるパソコンにUSBをぶっ挿す。


 そして画面を見ずに勝手にマウスを操作して片付けなければならない書類を映し出させる。


「貴方、空気読めないって言われない?」


「最低限の仕事はさせるように言われてますので」


 ぷぅ、と頬を膨らませて抗議する彼女を一顧だにせず目で仕事をしろと訴える。


「もう、仕事仕事うんざりよ。貴方も私に代々遣えるなんて面倒な事してるわよね。首にしたら楽になるかしら?」


「それはどちらの意味で?」


「さぁ?でも貴方なら分かるでしょ?」


 にこやかに微笑みながら机に肘を置き両手を組む。行動の一つ一つが優雅である筈なのに尋常ではない圧を初老の男は感じていた。


 いつになっても、この圧には慣れることはない。たかが人間と人外の差という事実を不意に突きつけられては背中に冷や汗が流れ出るのも無理はない。


 半世紀を生き抜いた初老の男に対し、目の前の20代後半に見える女性は最低でも200年は存在している化け物なのだ。


「まあ、便利だから死なせるわけにいかないのだけれどね。親戚を殺すなんて嫌われちゃうわ」


 気まぐれではあるが最後の一線は引いているようで、彼女の中では冗談で済ませている。


 その指一つで首の1つや千など飛ばすのは容易いことなのに。


「仕方ないわね、さっさと終わらせて帰りたいわ」


「誰もが思うことですな」


「全く、探索者という命さえかけたら誰にでもなれる職が出たから就職率は良くなっても、何故か治安が悪くなりつつあるのよねぇ」


「様々な理由で奴隷扱い、無理矢理潜らせて素材を取らせた上で上前を跳ねたら動かずとも儲けが出ます。そう言ったグループが湧くのは当然かと」


「ねえ、式典の惨劇を忘れてるのかしら?」


「自分さえ良ければいいのです。力を得なくとも魂が最初から獣の者だって居ます」


「それって私の事かしら?」


「不特定多数の人類を指しています」


 ふとした事でも圧をかけられる。面倒ではあるが流しさえすれば問題はない。


 先先代は彼女の不興を買い狂わされた。それを肝に銘じて初老の男は今日も機嫌を取りながら『とある一人』から頼まれた舵取りを緩やかでも進めていく。


「(全く、この怪物を堕としたという『彼』は何者なのか常々気になる。その息子はマシな方だが、会長の機嫌を取れる唯一の鍵だから無碍にはできない…………旧人類オールドタイプとはこうも恐ろしいとは)」


 今日も少し胃を痛めつつも『とある一人』に頼まれた舵取りを一族総出で取ろうとする。


 果たして舵を取っているのは会長か初老の男の一族か、それとも『とある一人』なのか。


 それは『とある一人』にすら分からない。だって彼女はとても、とても気まぐれなのだから。

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