間接から始まる

そうざ

Starting with Indirect

「ちょっと後悔してるんだぁ」

 そう言って、女はベッドで煙草に火を点けた。

 子供時代の話になり、女は運動会でのエピソードを語り始めた。

 校庭にブルーシートを敷き、各々おのおの家族と一緒に昼食を摂っている時だった。直ぐ隣に居たクラスメートの男の子が、間違えて女の紙コップを手に取って口を付けてしまった。

「それ、私の……」

 女の指摘に、男の子は狼狽えた様子だった。このやり取りを見ていた周囲の子供達が嬉々として囃し立てた。

「間接キ〜ス! 間接キ〜ス!」

 気の強かった女は負けじと言い返したが、当の男の子は真っ赤になって俯いていたという。

「気付かない振りをした方が良かったかな~って」

 近年のパンデミックを体験した後ならば、先ず先に感染の事が頭を過るかも知れないが、いつの時代も子供は過剰なくらい間接キスに反応するものだ。

 隣に横たわった男は、女の口から煙草を摘んで銜えた。

「インドではボトルに口を付けずに飲むって聞いたよ」

「どうするの?」

「こうやって」

 男がペットボトルを宙から口に注ぐ仕草をする。

「そう言えば、虫歯は親との間接キスで伝染るらしいわね」

「そうなの?」

「スプーンとか同じ食器でア〜ンなんてやると、親の虫歯菌が子供の口に」

「へぇ〜」

「将来、気を付けなくちゃね」

「……そうだな。だけど、キスで免疫力が上がるって研究もあるらしいよ」

「本当ぉ? 何かガセっぽ――」

 男は女の言葉を唇で遮り、にやりと呟いた。

「バイ菌を交換し合って抗体を作る。一石二鳥だ」

 直ぐに二回戦が始まった。


「さっきの話だけどさ――」

 男がベッドまで持って来た缶ビールを一口飲んで言った。

「男の子の名前って憶えてる?」

「忘れちゃった。あんまり接点がない子だったし」

 女は男のビールを横取りし、喉を鳴らした。

「そっくりな話を思い出してさ」

「そんなに似てるの?」

「うん、中学の同窓会で聞いたんだったか……仲次ナカツギっていう転入生が居てさ」

 運動会でたまさか片想いの少女と隣り合った仲次少年は、間接キスの誘惑に勝てず、衝動的にコップに手を伸ばしてしまった――思い出すのも恥ずかしいという打ち明け話だった。

「ナカツギって……高校時代のカレと同じ苗字だわ」

「妙な偶然が続くねぇ」

「私と別れた後、中達ナカダチさんって女性と付き合い始めたって聞いて、思わず笑っちゃった」

「えっ……?!」

「なぁに?」

「俺が大学時代に付き合ってた人の苗字……ナカダチ!!」

 驚きを隠せない。マッチングアプリで知り合ったばかりだというのに、運命すら感じてしまう二人だった。

「俺達、元カレと元カノが取り持つ縁って事か」

「間接的にね」

「じゃあ、俺達の行為って……」

「行為?」

「間接ファッ――」

「皆まで言わないの」

 枕元に吸い殻と空き缶が仲好く並んでいる。

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間接から始まる そうざ @so-za

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