第29話 八神家

「……さて次は航平君の番なわけやが」


 と言う門松の言葉に頭を掻くしかない航平。

 桃太郎が金太郎の子孫で実は鬼と言うカミングアウト。

 挙げ句に、目の前にいる少女がその末裔と言う飛んでも話を聞かされたばかりで、自分達の自己紹介をと言われても困ってしまうのが当然だろう。


「そうは言われても僕はごく平凡な一般人ですし、父さんについても詳しいことは……」

「うん。

 そこが問題なんやわ。

 下手すると、この場の誰よりも実の息子の航平君が、斗真っちがどういう人間かを知らんやろう?

 そこも含めて説明させてもらう」


 そんな航平へと助け船を出す門松。

 最も羽黒家寄りの門松としては、下手に北嶽一族に航平が絆されても困ると言う事情もあるのだが……。


「まず、斗真っちとワイを始めとする霊能力者業界との出会いについてやな。

 ワイがまだ学生やった頃の話や。

 ある日、日本中の妖気とか瘴気とか言われる、良くない気が1ヶ所に集束しだした。

 あん時は、まるで恐怖の大王が降ってきたみたいな大騒動やったで。

 当然、日本中の霊能力者がそれをどうにかしようと、大集合。

 ワイらのような当時学生やった者も含めてっちゅう辺りに本気度が分かるやろ?」


 今時、学徒動員のような事態があったと、飛んでもないことを口にする門松。


「そうして日本中からかき集められた霊能力者が向かった先にいたんが、真っ黒なライオンや。

 それを見た瞬間、ワイは死んだと思ったわ。

 実際、その咆哮を聞いた連中の大半が気絶。

 所謂、名門名家以外の人間で、気を失わなかったのはワイを含めて数人。

 数百人の霊能力者が咆哮1つで無力化されたんや。

 そんなワイらの前に現れたんが、八神斗真やった。

 黒ライオンをあやしながら現れた斗真っちは、最初に自分が異世界の神の力を持つ異世界帰りであること。

 次いで、自分の目的である神隠し対策について語り、そのための資金や人手を出すように要請した。

 ……正直、脅しにしか聞こえんかったがな」

「……」


 遠い目をする門松と、父親のやんちゃに居たたまれない表情になる航平。

 斗真の言い分との差が激しすぎた。


「そん時に、その案件を引き受けたんが羽黒一族。

 そんで羽黒一族の後見の元、学生とベンチャー企業運営の二足のわらじで、頑張った結果が今日に繋がっとる。

 他にも色々とやらかしとるがな」


 一服ついた様子の門松に、若干嫌そうな顔の北嶽桃花。

 その顔を見て、


『ああ。

 門松さんとしては、彼女達にとって都合の良い改変をされるのが嫌だったんだ』


 と悟る。

 当然、今の話を聞けば、父親に協力したのは羽黒一族であり、今更、他の霊能力者一族が手を出してくるのはお門違いと思える。

 だから、北嶽一族の直系を前にそういう話に持ち込んだのだろうと。

 しかし、


「待ってください。

 羽黒家が八神斗真さんの後見役だったと言うのは確かですが、その役割は霊能力者達との窓口程度だったと伺っています。

 資金提供や人材の派遣については、他の家からもかなりの協力がなされていますよ!」

「う! まあ、それも確かな話やな……」


 江手野少年が実際の状況を報告して修正を入れる。

 斗真が羽黒真幸を選んだことで、ただでさえ大きく利益を得ている羽黒一族が、情報操作で次代も結び付こうと言うのは看過できない。

 しかし、


「と、八神の御当主様は羽黒一族への牽制で、私を嫁に選んでくれたと言うわけでございます」

「だから、お嬢は先走らんといて言うてるやん!」


 江手野から門松への牽制を台無しにする桃花。

 折角、斗真が航平の自由意思に委ねる舞台を整えたのに、その航平から不快を買っては、マイナスでしかない。


「「桃花様を選んでくだされば私達も付いてきてとってもお得です!」」

「黙っとれ! 仔犬ども!」


 挙げ句に追従してアホなことを宣う狗神家の姉妹に、江手野少年は分家の分家と言う地位をかなぐり捨てて、文句を言う。

 まだ出会って間もない間柄と言うには、役割分担がはっきりした4人組である。

 江手野少年にとっては不本意であろうが……。


「まあ、斗真っちは別に航平君に許嫁を用意しようとかそういう思惑はないで?

 北嶽の嬢ちゃん達が最初に来たんは、現当主が斗真っちと親しいからや。

 今の当主、北嶽桃滋郎きただけとうじろうは、大学時代に斗真っちの弟分やったからな。

 斗真っちも頼みやすかったんちゃうか?」


 これ幸いとばかりに方向修正を謀る門松。

 脳筋で下手な駆け引きをしない分、恋愛事は北嶽に優位。

 故にこれ以上のアドバンテージを与えたくないのだ。


「はい。

 そのような印象を見受けました。

 お嬢様が粗相をしないようにと、強めの権限を任されたのも証拠になりますかと!」

「江手野?!」


 そんな門松の思惑を知ってか知らずか、肯定する従者に焦る桃花。

 彼女にとっては味方に裏切られたような気分だったのだろう。


「そやろな。

 さて、ワイはそろそろ帰らしてもらうわ。

 今度はうちの娘も紹介するさかい、良うしたってな」

「……はい?」


 状況が落ち着きそうだと踏んだ門松がソファーから立ち上がり、それに驚いた航平が疑問を投げる。


「……ああ。

 ここはリンカートグループ会長宅の別邸やで?

 つまり、航平君の家や。

 良いように使ったってくれ」

「聞いていないんですけど!」

「……そう言われてもな。

 ワイは斗真っちに、本宅は狭いからこっちへ連れていってくれと言われただけやし。

 ……もしかして、此処来るんは初めてかいな?」


 ……コクリ。


 恐る恐る訊ねる門松の問い掛けに静かに頷く航平。


「あんのバ会長は!

 ちょいと電話するから待っとき!」


 そう言って懐からスマホを取り出す門松。

 手持ち無沙汰となった航平に、4人の哀れみを含んだ視線が突き刺さる。

 あのいい加減親父を父に持つことへの憐憫だろうと、気付かない振りに徹する航平であった……。

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