第17話 社長室へ

「それにしても、何で未だに霊力を自覚できないのかしら?」

「それは僕が知りたいよ!」


 書類を受け取った斗真が去った後、追加でボコボコに殴打されてダウンした航平を前にして、困った顔をする真幸の言葉。

 その言葉とほぼ同時に、トレーニングルームに設定されている即完全回復で復活した航平が突っ込みをぶつける。

 朝から、ひたすら命の危機を感じ続けていた身としては、真幸ほどにのんびりと呟けない。

 しかし、


「そうね……。

 そろそろお昼だし、午後からは少し別のアプローチを考えてみようかしら?」


 突っ込みを入れた相手は、未だに呑気な口調を改める気配がなかった。


「それじゃあ、ログアウトしましょ?」

「……分かった」


 挙げ句、普通にログアウトの提案である。

 しかし、それに下手な注文を付けると危険なのは、長年息子をやって来た身として、よく分かっているので、素直に従う航平。

 速やかに、頭の中でログアウトを願うと、


「ログアウト要請を確認。

 ……ログアウト手続きを行いました。

 ログアウト直後は、急な運動を控え身体を慣らしてから、日常生活に戻ることを推奨いたします。

 またのご利用をお待ちしております」


 普段のアシハラからのログアウト同様に、ログアウト手続きが終わり、アバター"コウ"から高校生八神航平に戻り、人が収まるサイズのポッドから外に出る。


「……お疲れ様。

 航平君。

 大丈夫かい?」

「はい。……多分」


 外へ出てきた航平に気付いた叔父が声を掛けてくれたので、大丈夫と答えた。

 自信無くではあるが……。


「……ならいいけど。

 さて、飯でも食いに行こうか。

 義姉さんも支度を整えたら、他の女性社員と食堂へ向かうそうだよ」

「じゃあ、食堂で合流ですね……」


 ダイブポッドの設置部屋は男女で別れており、意外と距離があるとのことだから、会うなら食堂だろうと推察する航平。

 先ほどまで、あれほど叩きのめされただけに、実の母親に会うのがやや気の重い航平だったが、


「いや、航平君は僕と社長室で食べることになっている」

「はい? はい?!」


 雅文叔父の言葉は航平の予想に反するものであった……。





「戦闘ログを見せてもらったけど、散々だったね」

「……はい」


 いきなり、リンカート社の社長と言う大物との食事会に招かれて、驚きっぱなしの航平だが、特に反論する言葉もなく、叔父に従うことになった。

 そんな2人はエレベーター横の階段を登って4階にある一番奥の部屋へ。

 その途中で雅文が振ったのは、航平と真幸の戦闘ログ? を見た感想であった。


「このままだと、航平君も辛いだろうし、霊力について社内で一番詳しい人物に助言を乞おうと思ってね」


 次いで、何故社長室へ向かうのかを説明する雅文。

 どうやら、助言を乞う相手がその社長と言うことらしかった。

 しかし、


「けど、急にお邪魔しても大丈夫ですか?

 社長って忙しいんじゃ……」


 だからと言って、いきなりリンカート社の代表に会うことになれば、航平の及び腰も当然だろう。

 だが、


「大丈夫。

 先に根回ししてあるから」


 と、叔父の返答は軽い。

 航平には、そもそも社長の上に立つ会長が、自身の父親であるとの認識も薄い航平だが、目の前の叔父でもこのリンカート社においては上位の役職持ちなのだ。

 

 コンコン。


 軽い調子の叔父が重厚な扉をノックする。


「どうぞ」

「失礼します。

 八神航平君を連れて参りました」


 ノックへの返答を受けた雅文が、航平を促して室内へ入ると、


「待っとったで!

 わいがリンカート社代表取締役社長の門松宗太郎かどまつそうたろうや!

 気軽にお義父さんって呼んでくれてええで」

「何でだよ!」


 いきなりの強烈なジョブで、緊張を吹っ飛ばされることになった。


「なんや、自分。

 婚約者の父親に会いん来たんちゃうんかいな?」

「門松先輩。

 その話は、随分昔に流れたと伺っていますが?」


 突拍子もない言葉を続ける門松社長に、見かねた様子の雅文叔父が掣肘を掛ける。


「なんや、ほんの少し目を瞑ってくれてもええやないか。

 相変わらず、雅文っちは真面目やな……」

「此処で、そんなことをした日には自分の命が危ないのでね!

 航平君。

 君のご両親が結婚する時に、この人の息子と真幸義姉さんの娘を婚約させると言う話があったんだよ。

 だけど、運悪く先輩の子供には立て続けに娘が3人でね。

 話が流れた。

 まさか、羽黒家に男子が産まれるとも予想されていなかったしね」

「……」


 叔父の説明がもたらす情報の多さに、付いていけない航平。


「自分、はしょりすぎやで?

 斗真やん達は、息子を一般人として育てた言うとったやろうに、順に話したりぃや……。

 まず、わいはな。

 狐系の妖怪の血筋や。

 ちゅうても、九尾とかみたいなメジャー処やないで?

 十把一絡げの妖狐の血筋と言われとる。

 そこそこ霊力を持っていた一族で、昔の当主が始祖顕現で狐になったから、多分狐の系譜ってだけや」


 雅文を嗜めた門松社長が、自己紹介のような語りを始める。

 ……彼らの業界では本当に自己紹介であるが。


「そんな家柄や、普通なら羽黒のお姫様となんか関わる機会もないんやがな……。

 まあ、ちょっとばかしわいは頭が良かった。

 あれこれと霊力についての発見をして、それが旧家名家のお大尽方に認められてもうた」

「お姫様?」


 今時、馴染みのない言葉に反応する航平だが、大人達は平然と受け入れているようで、


「真幸はんのことや。

 仮にも由緒正しい神獣八咫烏の血筋やで?

 加えて、強大な霊力持ち。

 裏社会じゃ、完璧にお姫様扱いや。

 そんなお姫様と平民レベルのわいやがな?

 八咫烏血統の血筋に、わいの教育や指導が加われば?

 ちゅうことで、婚約が結ばれた」

「え?!」


 その上で、さらに強烈な爆弾発言が飛び出る。


「びっくりやろ?

 まあ、同い年で同級生やったってのも大きいんやがな……。

 だが、わいはな。

 禁忌に触れてもうた。

 始祖とは何かっちゅうな」

「禁忌?」


 これも一般生活ではあまり聞かない言葉。


「航平君には馴染みがないから、分からないやろうが、例えばな?

 八咫烏のお姫様が、わいに嫁いだとしたら産まれてくる子供はどちらの始祖の力になるぅ思う?」

「え?」


 一般人には分かり得ない質問に戸惑う航平だが、門松も正しい答えを求めてはいない。


「正解は狐や。

 力の強さなら八咫烏やのにな。

 だが、わいが婿に入ればおそらく子供は八咫烏の力を持つ。

 それは各家柄の家系図や古文書から分かっている情報や。

 同じ血の割合やに不思議やろ?

 昔から、そのこと対する議論は何度も起こっとる。

 その結論は、家に意味があるっちゅうけったいな内容や」

「……」

「そんな屁理屈にしか聞こえんかったからな。

 わいはより多くの資料を漁った。

 結果、推論として、幼いうちからの教育で力の形を無意識に刷り込まれとるっちゅう結論が出た。

 やから、それを自分の親類や羽黒に伝えたんやがな。

 婚約は破棄、加えて命を狙われる羽目んなったわ」


 自嘲の顔を浮かべる門松。

 その様子から、誇張ではないと悟る航平。


「当然やな。

 自分達のアイデンティティーを真っ向から否定されて怒らん連中もいない。

 下手に真幸はんとの間に子供が出来て、証明されても困る。

 そんなわいを助けてくれたのが、大学の後輩であり、わい以上のアンタッチャブルであるリンカート社の会長八神斗真や」

「……」

「正直、ほんまに助かったで?

 命が危ないのもあったし、社会的にも抹殺されかかっとったからな。

 だが、いくら斗真でも完全には旧家名家を抑えきれんかった。

 羽黒家の力を借りんとな?

 そこで行われたんが、子供同士をくっ付ける約束を手形に、わいの研究成果を羽黒家に提供するっちゅう契約や」


 今時、政略結婚かと呆れ気味の航平だが、


「まあ、それも斗真の掌ん上やったやろうな。

 羽黒家には、不思議と男が産まれん。

 やから、羽黒の娘と門松の息子って文言にしておいた。

 じゃが、わいの子供が3人とも娘やからと、契約を解除してくれたわけや。

 その直後やで?

 真幸はんが男の子を妊娠したんわ」

「それが僕ですか?」

「そうや。

 斗真は、バカな先輩1人ために旧家名家を手玉にとって、翻弄しよった。

 自分の親父はすごいやっちゃで!」


 そう言って、晴れやかに笑う門松社長だが、普段のダメ親父っぷりをみている身としては、いまいち同意できない航平であった。

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